文字数 1,914文字

 ピンポン、ピンポン! ドンドンドンドン!
「ちょっと、誠! 開けてよぉ~!」
 ……うるせえ。頭を抱えながら時計を見ると、朝五時。ふざけんな。
のそのそと起き上がると、俺はドアを勢いよく開けた。
「うわぁっと!」
「翠、一体なんだよ。こんな朝早くから騒がれたら、近所迷惑だろ」
 俺は自分の頭一個半分小さい、幼馴染兼ストーカーの住吉翠に文句を言う。
「あたし、今日模試なんだって! だから、ね?」
「……俺は占い師じゃないんだぞ?」
「わかってるって! 超能力者、なんでしょ? だから信用してきたんだけど」
「はいはい」
 真剣に相手するのがバカらしくなり、俺は諦めて自分の手を翠の頭へ乗せた。
「……どう? 何か見える?」
「えーと、まず電車に乗り遅れる、その後に乗った電車は遅延。ギリギリで到着したら、受験票を忘れる、筆箱を忘れる、時計を忘れる……こんなもんか」
「はぁ、相変らずあたしは不幸体質だなぁ……。ま、しょうがないけどね」
「これでいいだろ」
「うん!」
 嬉しそうな翠とは正反対に、俺は大きく溜息をついた。
 そう、俺は翠の言う通り、本物の超能力者だ。ただし、『触った人の不幸を予知する』という
だけの能力だが。はっきりいって、こんな能力、あっても役には立たない。
 普段から、もっとマシな能力だったらよかったと思っていた。テレポーテーションやらサイ
コキネシスみたいな、かっこいいカタカナの能力があったら、もっと楽しい人生を送れてただ
ろう。……いや、それはそれで大変か。
 そして、幼馴染の住吉翠。こいつもやっかいな体質だったりする。あらゆる不幸を呼び寄せ
る『超不幸体質』。一歩外に出れば、玄関先で門に手を挟む。石につまずく、烏にフンを落とさ
れる。目的地に行くまで、一時間のところ、こいつが向かうとなるとその三倍……三時間はか
かるというありさまだ。この力のせいで、翠は俺におんぶにだっこだ。俺と一緒にいれば、次
にどんな不幸が起こるかわかるからな。
「ま、ともかく模試、頑張って来いよ。司法浪人も長くなるときついからな」
「誠も今日から新学期でしょ? 今度は何年生の担任なの?」
「中三。今年は忙しくなりそうだ」
「にしても、あのコミュ障だった誠が、今や私立中学の先生とはねぇ……」
 俺は、大学生時代を思い出す。大学二年まで、俺はずっとぼっちだった。それを貫く自分、かっこいい! くらいに正直思っていた、だけどそれは間違いでしかない。一人で生きていくことはできなくはない。だが、それは学生時代までだ。俺はわかっていた。このままじゃいけないことを。しかし確かに俺には厄介な能力――不幸を予知できるという力を持っていたため、人と近づくことが怖かった。でも、俺の大学時代の友人……翠を含む三人の女の子たちのおかげで色々な人間と関わることが多くなり……いつの間にか脱・ぼっち化していたという。全く、ツイてるのか何なのか、自分でもわからん。
「ふぁ……それじゃ、俺もそろそろ準備するか。お前も用意するんだろ?」
「うん。さっき言われた『不幸』が起きないように、準備万端で行くよ」
 翠と玄関先で別れると、俺はさっそく目覚めのコーヒーを淹れることにした。
 コーヒーに口をつけながら、テレビをつける。別に流れている番組にはさほど興味はない。せいぜい天気予報ぐらいだ。占い? そんなものを見たって、運が悪い日は運が悪い。だから、今日、俺の星座が最下位でも気にならない。胡散臭い占いより、俺の不幸予知の方がよっぽど当たる確率が高いんだから。
 コーヒーを飲み終えると、アイロン台とアイロンを出し、電気を入れる。ワイシャツにスプレー式のアイロン糊を付着させると、アイロンで真っ直ぐワイシャツを伸ばす。この瞬間が一番好きだ。学生時代の友達や、同僚はほとんどクリーニング屋でお願いするらしいが、俺はできるだけ自分のことは自分でやりたいと思っていた。ピシッとした温かいワイシャツを着ると、今日つけるネクタイを選ぶ。赤だとちょっと威圧感があるかな。やっぱりさわやかな青が妥当か。えりを立ててネクタイを巻くと慣れた手つきで結ぶ。ネクタイを結んでくれるような彼女は、今のところいない。欲しいと思うけど、何と言っても俺には厄介な能力がある。それに、俺は昔から周りを不幸に巻き込んでしまう。翠の超不幸体質もそうだが、俺にもそういう資質があるみたいだ。
 髪をワックスで軽く整えると、準備完了。カバンの中にはきちんと昨日整理した資料が入っている。新学期、俺の受け持ちの生徒の資料だ。本当は持ち出し禁止ではあったが、最終確認をしておきたかった。全部の資料が入っていることを確認すると、俺はドアを開けて施錠した。

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