文字数 9,120文字

「本当に一時間だけですからね。そうじゃないと、いくら父の力を振りかざしても、私クビになっちゃいますから!」
「ああ、わかってる」
 茜ちゃんは凶器の一つである、トンカチを俺に渡す。血痕が生々しく残っていて、ただ見てるだけでもぞっとする。それをこれから母に見せるのだ。こんな凶器を持った犯人の気持ちを読んでもらうために。
 茜ちゃんに施設の前で待っててもらうと、俺は母親の部屋へと入った。持ってきた花束の持ち手のところに、トンカチの柄を隠す。花を受けると同時に、感情が流れ込むはずだ。母には悪いとはわかっているが、母はもう、俺のことを信用していない。自分が能力者になったことも、俺の責任と言うことになってしまっているのだから。
 三〇五号室。ノックするが返事はない。でも、母は絶対いるはずだ。ドアを開けると、やはりそこにはベッドに座って外の景色を眺めている母の姿があった。
「……お袋」
「誠が来るなんて、珍しいわね」
 俺の顔も見ずに、背中で返事をする母。俺は花束をぎゅっと握りしめると、母の正面に立った。
「お袋に花、持ってきた」
「………何を仕込んでるの」
 俺は思わず目を開いた。母はわかってたのだ。俺が花束に物を仕込んでいることを。俺は溜息をつくと、頭をかいた。
「あんたは周りの人間を不幸にする……また私を不幸にさせる気?」
「いや、違う……違うけど、そうかもしれない」
 曖昧な返事だと、自分でも思う。母を不幸な気持ちにさせたくはないけど。俺のクラスの生徒を守るためなんだ。俺は花束からポリ袋に包まれたトンカチと取りだすと、母に差し出した。
「……私は警察に協力なんかしたくないわ」
「警察じゃない。俺と、俺のクラスの女の子たちのために協力してくれないか? 頼むっ!」
 俺はトンカチを差し出したまま、母に頭を下げた。しばらくすると――。
「……はぁ」
 溜息とともに、手が軽くなるのがわかる。母が、トンカチを受け取ったのだ。だが……。
「きゃあああっ!」
「お、お袋っ?」
 トンカチを床に投げ捨て、身体を震わせる母を、思わず支える。すると今度は触れた母の肩から俺に不幸のビジョンが流れ込む。これは、今母が感じた犯人の感情だ。それがあまりにも強烈で、母を苦しめている。
 トンカチを持つ男の姿が見える。口元を引きつらせ、トンカチに触れる。その瞬間、信じられないほどの喜びや楽しみ、優越感がわいてくる……。
 こんな気持ちで女の子たちを殺していったというのか?
「嘘、だろ……?」
「誠、あんまり余計なことに首をつっこまないで。私の命も狙われるわ」
「……ありがとう、お袋」
 俺は花束を置くと、トンカチを持って施設を出た。

「……ふう、まさかこれが快楽殺人だなんて」
 茜ちゃんに凶器を返し、自分の部屋に帰ると、俺はソファへしばらく横になった。当然ながら、横になっても眠れない。ほとんど眠れない状態で朝を迎えてしまった。
「……はぁ」
 溜息を落として、顔を洗う。
 だけど、快楽殺人と考えると、すべての事柄がうまくまとまる。十人もの人間を色々な方法で殺害するなんて、常人じゃ考えられない。やっぱり、異常者の犯行なのだろうか。
 茜ちゃんにもその話をしたのだが、とりあえずそういった傾向のある前科者から洗ってみると言っていた。だが、俺には前科者の犯行だとは思えない。なぜなら、これが二度目の犯行だからだ。茜ちゃんもそれには気づいているはずだ。しかし、前科者から洗うのが現場の慣習なのだろう。歯がゆい思いをしているということは、想像にたやすい。
「でも、俺にできることはもうこのくらいだ……」
 もう一度ソファにごろんと横たわり、眠ってしまおうと思ったその時、インターフォンが鳴った。こんなときにインターフォンが鳴るってことは、ヤツしかいないな。
 ドアを開けると思った通り、翠が立っていた。
「えへへ、誠元気ないかなぁと思って、おいしいご飯のデリバリーに来ました!」
「帰れ。お前のメシはまずすぎる」
「ふ~ん、いいんだ? そんなこと言って。葵先輩~! 帰っていいみたいだよ~!」
「えっ? あ、葵先輩?」
 カツカツとヒールが階段を打つ音が止むと、俺の目の前には大きなマシュマロ……もとい、ふわふわのロングヘアーの美女が現れた。
「久しぶりねぇ、誠くん」
「葵先輩こそ! ど、どうしてここに?」
「あたしが頼んだんだって! あたしの料理じゃダメなんでしょ? それならプロにごちそう作ってもらおうって」
「ま、マジっすか?」
「マジっすよ?」
 葵先輩はおどけた口調で微笑む。俺は二人を部屋に招き入れると、さっそくごちそうをつくってもらうことになった。

「今日はありがとうございました! ステーキなんて久しぶりで……」
「また元気がなくなったら作りにきてあげるから、いつでも言ってちょうだいね?」
「あ~っ! 先輩ダメっ! 誠はあたしのっ!」
「お前なぁ……俺はお前と付き合ってる覚えはないって言ってるだろ」
「ちぇっ」
 むくれる翠を見て、葵先輩が笑う。ここに茜ちゃんがいれば、学生時代そのものだ。だけど、そんな楽しい気持ちは携帯の着信ですぐに吹っ飛んだ。
「あ、茜ちゃんからだ。しかもこれは公用の……」
 通話ボタンを急いで押すと、ピリピリした声が聞こえた。
「先輩……また事件が起きました。被害者は先輩の生徒六人。犯行現場は鶯谷にある、売地になっているラブホテルです。今から来ていただけますか?」
 翠と葵先輩は、俺の顔を真剣な眼差しでじっと見つめている。俺はすぐに茜ちゃんに返事した。
「もちろんすぐ行く」
 電話を切ると、翠が口を開いた。
「また事件があったんだね……?」
「ああ」
「許せないわね。BBCのやつら……」
 ギリっと歯ぎしりをする葵先輩に気づき、俺はたずねた。
「何ですか? そのBBCって」
 だけど、ゆがめた顔を一瞬で直し、葵先輩はとぼけたフリをする。
「あら? 私何か言ったかしら?」
「………」
 無言で葵先輩を見つめても、彼女の笑顔は崩れない。相変わらず、鉄壁の守りだ。
「ともかく、お互い忙しくなりそうね? 誠くん。私も少し、調べたいことがあるから、今日は失礼するわ。また会いましょう? 近いうちに……」
「はい」
 先輩の口ぶり。今回のことを知っているような感じだ。
「やっぱり、住む世界が違うってことなんだろな。葵先輩……」
「それより誠! 行かなくてもいいの? 現場!」
「ああ、もちろん行くって。お前は家にいろ」
 俺は部屋に入り、最低限の荷物を鞄に入れると、急いで現場へと向かった。

現場のラブホテルには、やはり多くの生徒の保護者達が来ていた。それに今回は野次馬やマスコミも来ている。
「先輩! お待ちしていました」
「茜ちゃん。まずくないか? マスコミとか……」
「ええ。マスコミはともかく、問題なのは野次馬なんです。今はつぶやきとかSNSで簡単に情報が伝わりますから……今回は現場が現場なので、箝口令なんてあってないようなものです」
「どうするつもり?」
「マスコミには必要最小限の情報だけ与えます。だけど、それ以上は肯定も否定もしない」
「なるほどね」
 そうすればいくら野次馬や噂好きな人間が調べても、確証が得られないってわけか。
 俺は次々に運ばれてくる、袋詰めになった生徒たちの遺体とすれ違った。
「今回の犠牲者は、宇佐野さんに大野さん……川野辺さん……」
 茜ちゃんが俺に被害者が誰か教えてくれているときだった。
「彼に被害者の情報を教える必要はないんじゃないですか? 春日警部補」
「八坂巡査部長……」
 茜ちゃんより一回り違うくらいの、垂れ目の男が、俺をじろりとにらむ。
「氷川先生。単刀直入にお伺いしますが、昨日から今日の昼ごろまで、どちらにいらっしゃったんですか?」
「八坂巡査部長! 先ほど私が言ったじゃないですか。昨日の昼間、氷川さんは私と一緒にいたと!」
「春日警部補は氷川先生の後輩でしょう。信用できないんですよ」
 茜ちゃんがぐっと唇を噛む。重要参考人の後輩というだけで発言権を奪われてしまうのは、かわいそうでもあるがしょうがないことだ。俺は茜ちゃんに変わって、自分でアリバイを証明するため、八坂刑事に向かった。
「昨日の昼は母のいる施設に居ました。多分、看護師さんたちに聞けばわかると思います。夜は帰宅して……午前中に幼馴染の住吉翠と、大学の先輩の南禅寺葵さんが来ました」
「……大学の、ね。しかも南禅寺の……春日警部補、今の話はご存じだったんですか?」
「い、いえ! 初耳です」
 八坂刑事はもう一度俺をじろりとにらむと、警察手帳にメモを取って
俺を離してくれた。
 本物の警察の尋問はやっぱりきつい。俺がホッとしていると、茜ちゃんが頭を下げた。
「すみません、先輩。八坂巡査部長、私のことを信用してくれなくって……」
 茜ちゃんには申し訳ないけど、それはしょうがないことだと思う。学校卒業したばかりの、キャリア組の若い女性警部補。それだけでも思うところはあると思う。それに今回は茜ちゃんの先輩である俺が容疑者だし……。だからといって、俺がかばってやることはできない。それは彼女のためにならないと思うからだ。
「だけど、今回も日枝は被害者にいなかった……しかし、どうして六人はこんなラブホテルなんかに? 十名もの生徒が死んだ事件があったばかりだ。のそのそ殺されに来るなんて、どう考えてもおかしい」
「それも私も同意見ですが……どうやら親御さんが目を放した瞬間に、こっそり家を抜け出したらしいんです」
 なんでそんなことをするんだ? 俺の頭の中は疑問が次々と溢れてくる。
「それで、今回は先輩にお願いがあるんです」
 茜ちゃんは声のトーンを落とすと、俺にささやいた。
「残ったクラスの生徒、全員の不幸を……見てもらえませんか?」
「え? そ、そんなことできないだろ? 俺は容疑者の可能性もあるし、生徒だって心の傷が……それに、茜ちゃんの権力で何とかできるのか?」
 茜ちゃんはキッと俺をにらむと、冷たい口調で言い放った。
「確かに私は現場経験の少ない人間です。それに、今回はかなり父の権力を振り回してきました。でも、それだけ今回の事件の犯人を捕まえたいんです! この事件が解決しない限り、また三回、四回と犯行は繰り返されます!」
 茜ちゃんの言うことはもっともだ。第一の事件ではクラス全員が死亡したと聞いている。今回の俺のクラスも、このままだと全員殺されてしまうかもしれない。……仕方ない。やるしかないのか。
「……わかった。それで、どうすれば?」
「上隅田署の取調室で行ってください。生徒さんには、個人的に何か知っていることはないかとか、情報も引き出してくれたら助かります」
「なかなか難しそうだな……」
「先輩が頼りなんです。お願いします!」
 後輩の美人な女の子に頼まれて、嫌なわけがない。それ以前に、これは俺自身の事件でもあるんだ。自分の無実を証明させるための。
 俺は茜ちゃんの乗る覆面パトカーに乗せられ、上隅田署まで向かった。

 俺のクラスは三十一名だった。最初に十名、次に六名。十六名減って、今では半分の十五名しかいなくなってしまった。
 俺は取調室の中に先に案内される。テレビでよく見るように、パイプいすと机が置かれてある。そこには生徒の名簿が置かれていた。俺が生徒のデータを紛失してしまったから、理事長のバックアップから作り直したものだろう。
 壁には小さい鏡がある。マジックミラーだろう。
 もしかしたら、茜ちゃんにはもう一つ意図があるのかもしれない。生徒と二人っきりにすることで、生徒の様子もよくわかるが、俺の表情や何を言っているかもわかる。
 だが、俺を信用してないというわけではない。茜ちゃんは多分、俺を百パーセント信用するために、今回の面談を実施しようとしたのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、一番最初に園村恵理子が入ってきた。
「よう、園村。色々心の整理もついてないときに、すまないな」
「……」
 園村はいすにちょこんと座ると、うつむいてじっとしている。俺もいすに座り、机に腕を置く。
「なぁ。何でもいいんだ。園村は殺された生徒の共通点とか、知らないか?」
「……わかりません」
「でも……あ、ほら」
 俺は生徒の名簿をパラパラ見ながら、園村に確認する。
「園村は去年、川野辺と同じクラスだったよな? 話をしたりしたことは?」
「………」
 だんまりか。なんでこうなんだ? 園村の備考欄には、『明るく活発な女子である』と書かれている。川野辺もタイプとしては同じ感じがするのに……。それに、同じクラスだったら一言二言は最低でも会話するだろう。それすらない訳がない。
 しかし、ここで彼女を責めてはいけない。怯えるだけだろう。ただ俺が気になるのは、二年から三年の間に、何があったかということだ。手を変え、品を変え、色んな方法で聞き出そうとしたが、結局園村は口を割らなかった。
「ま、犯人が捕まったらいいな。園村、協力ありがとう」
 何気なく頭をぽんとなでる。すると見えてきたのは――。
「……っ!」
 見えた光景に思わず俺は手を口に当て、吐きそうになるのを堪える。
「先生?」
「な、何でもないんだ。もういいぞ」
 園村は、不思議そうな顔で取調室を出ていく。……やっぱりこいつもか。俺の見た、園村の不幸も日枝と変わらず、惨殺されるというものだった。
 そのあとも数人不幸を見たが、どの生徒も口には言い表せないようなひどい最期が見えた。
「くそっ、やっぱり全員殺されちまうのか?」
 壁にドンと拳をぶつけたところ、小さく「きゃっ」と声がした。すると、そこには女性警察官にドアを開けてもらっていた近江がいた。
「ああ、すまない。驚かせたな」
「いえ……」
 近江は車いすのまま、机の前に移動する。俺はそこにあったいすを、壁際に移動させた。近江にも、今までの生徒たちと同じ質問をする。だけど、答えは一緒。大事なところではだんまりを決め込まれる。
 せめて、近江の不幸を……。でも、以前近江には触れたことがある。近江には、不幸という概念がないはずだ。クラスメイト達が殺されたいまでも、それは変わらないのだろうか?
 俺が偶然を装って、そっと近江の手に触れる。すると――今度は見えた。
だが、他の生徒とは違う。近江自身には害がない。その代り、スーツを着た女性が拳銃で脳天を撃ち抜かれていた。それを見た近江が大泣きしているというものだった。
どういうことだ? もしかして、近江の近しい人間が、今後拳銃自殺を図るとか……? まさか、そんなわけないだろう。自殺するなら、拳銃はこめかみか口の中に入れるはずだ。そもそも拳銃なんてもの、簡単に手に入るものでもないし。それに、その女性は拳銃を持っていなかった。ということは、誰かに殺される、ということか?
「あ、あの、先生……手」
「す、すまん! 気付かなかった……」
 ぱっと手を離すと、近江との面談はこれでお終いだ。近江の車いすを、ドアまで押していく。
「先生、ありがとうございます。ここで大丈夫ですので」
 近江は一礼すると、自分で部屋を出た。そのとき一瞬、小さい声が聞こえたような気がした。
『……気持ち悪ぃんだよ』
 今の、聞き間違いだよな? それか、俺がずっと手に触れてたから……か? でも、おとなしくて優等生な近江がそんなこというわけない――。
「先輩? 次、日枝さんお願いできますか?」
「あ、うん。もちろん」
 茜ちゃんは日枝を連れてくる。日枝は何かにおびえるように、茜ちゃんの服にしっかりと捕まっていた。
「どうしたんだ? 日枝」
「………」
 黙り込む日枝の代わりに、茜ちゃんが答える。
「不安らしいんです。自分の証言が誰かに聞かれるんじゃないかって」
「日枝、お前何か知ってるのか?」
「………」
 日枝は黙りこくったままだ。それも当然か。ここは上隅田署の廊下だ。誰にこの話を聞かれるかもわからない。
「ともかく取調室に入ろう」
 俺と茜ちゃんは、日枝を連れて取調室に入る。
先ほど近江のためにスペースを開けたところに、またいすを戻し、そこに座らせるとパタンとドアを閉めた。
「ここは私と氷川先生しかいないから、大丈夫よ。安心して話して?」
「……私の身の安全は保障されますか?」
 それは俺が答えられることじゃない。茜ちゃんに目配せすると、こくんとうなずく。
「大丈夫。私があなたを守るわ」
「それなら話しますが……信じてもらえるかどうか」
 日枝は俺たちを焦らす。彼女はどんな情報を持ってるっていうんだ? 信じてもらえるかっていうことは、俺の超能力くらい胡散臭い話なんだろうか?
 俺と茜ちゃんは、じっと日枝が話すのを待つ。すると、小さく息を吸いこむと、日枝は話し始めた。
「菊花女子に転校する前、横浜のフィリップ女学院にいたんです。刑事さんなら、この意味……わかりますよね」
 俺には意味が分からず、茜ちゃんの方を見る。茜ちゃんは手元の資料をパラパラとめくり、目を見開いた。
「フィリップ女学院……クラス全員が死んだ、第一の事件の学校です!」
「その事件、もう一度詳しく教えてくれないかな?」
 若音ちゃんはこくりとうなずくと、説明してくれた。
 フィリップ女学院――わりと金持ちの子女が通う横浜では有名な女子中学校だ。そこの中学三年の一クラスが、全員殺された事件。これと今回の事件はまったく同じ手口だった。殺害現場は、潰れたホテル。そこの一室に一人の生徒の死体。たくさんの凶器に、人間をいたぶるような殺し方まで……。
「私はそのとき中学一年生だったんです。こ、殺されなかったのは、本当に偶然……」
 ぼそぼそ呟く日枝の声は、恐怖で震えている。そりゃ当然だ.怖い思いをしたから転校してきたのに、転校先でも同じ事柄が起きているんだから。
「それに……いるんです」
「いるって、何が?」
 茜ちゃんが日枝に寄り添いながらたずねると、日枝は想定外の言葉を吐いた。
「その……フィリップ女学院の事件で死んだはずの生徒が、今のクラスに……」
「……え?」
 事件が起きたのは去年。殺されたのは中学三年生だ。なのに、また今の学校に中学三年として潜入している?
「その生徒は一体誰なんだ?」
「……言えません! そんなことっ!」
 日枝は取り乱したようにわんわん泣きはじめた。茜ちゃんが彼女を抱きしめて、落ち着かせようとするが、それでも泣き止まない。
「私が中学一年の事件だったし……その生徒は三年だったから、私のことを知らないと思ってた……なのに、同じクラスで、しかも私のことを知っていたんですっ!」
「もしかして、初日自己紹介したときやたらどもってたのは……」
「あいつの姿を見て、怖かったんです! 今度はこのクラスが全員殺されるって!」
「親御さんには言ったの?」
 茜ちゃんの質問に、俺が日枝の代わりに答えた。
「日枝の親御さんは他界しててな、今は絵描きの叔父さんと住んでるんだ」
「叔父さんは私の話なんて聞いてくれない! いつも絵のことしか考えてなくって……どんなに訴えても、妄想だって突っぱねて! あんなの……あんなの妄想なわけ、ないわ!」
 日枝は他の生徒に聞いた、先輩たちの残酷な最期を語り始めた。あるものは鉈で頭をかち割られ、またあるものは皮を剥がれたのちに塩を塗り込まれ悶絶して絶命したとか。また、太腿や臀部、胸をそぎ落とされて、その部分がいまだに見つからない生徒もいると聞いたらしい。
「私は嫌! まだ死にたくないんですっ!」
「落ち着け、日枝! 聞きたいことがあるんだ!」
 叫ぶ日枝をなんとか落ち着かせると、俺はずっと感じていた違和感について質問した。
「その、フィリップ女学院で死んだ三年生たちの様子はどうだった?」
「え……?」
 日枝は困ったように、赤い目をこすりながら首を傾げる。
「うちのクラス、おかしかったのわかるだろ? 休み時間に誰も席を立たない、弁当は一人で食べる、雑談は一切なし。フィリップ女学院の三年もそうじゃなかったか?」
「……フィリップの時は、学年が違ったのでそこまでは……」
「そうか……」
 だが、日枝の話を聞いて、一つ気が付いたことがある。日枝とその生徒は今年初めて一緒の学年になった。ということは、犯人は年齢を誤魔化しているということだ。だけど、どうやって……? 女子生徒だったら、二次性徴でわかりそうなものだし、大体年齢を誤魔化すなんてこと、内部に手引きをする人間がいない限りはできないはずだ。
 ……内部? もしかして……。
「まさか、教職員の中にも、犯人がいるのか?」
「確かに単独犯とは考えられない殺害方法ですしね。……ということは、やっぱり何かしらの組織が絡んでいるとか?」
 だから彼女はあんなことを言ったのか。今になって、やっと彼女の言葉の意味を飲み込む。
「『また会いましょう? 近いうちに……』か。確かに会わないといけないみたいだな」
「どうかしましたか? 誠先輩」
「茜ちゃん、今度は生活安全課の動きにも注意してもらえるかな」
「へ?」
「いたじゃないか。俺たちの大学にはあの『三代目』が」
「……ああっ!」
 茜ちゃんは思い出したかのように、手をぽんと打つ。
「あの人に会いに行こう。多分、あの様子だと今回の事件についても調べてる」
「心強いですね」
 茜ちゃんの何気ない一言に、俺はつい苦笑してしまった。警察官である茜ちゃんが、その筋の彼女を頼るなんて……。
 ま、でもあの人なら間違いは起こさないだろう。あの家だけは、普通の反社会団体とは違い、地域密着、安全・平和第一の家だからな。
「先輩、今すぐ行きましょう!」
「でも、日枝の警備はどうするんだ?」
「そうですね……」
 茜ちゃんはあごに手を当てて、宙をにらんだ。日枝は前の事件も知っている、重要な証言者だ。彼女を亡くしてはいけない。どうにかして守りきらないと。しかし、警察の人員や茜ちゃんの立場的に、彼女の保護だけを手厚くということができるのか、わからない。そういうことならいっそ……。
「日枝、お前も来るか?」
「わ、私もですか?」
「茜ちゃんもそうだけど、俺たちの行く場所は、いわば城だからな。誰かがカチコミに行っても、兵隊たちが入り口を守ってくれる。ある意味警察よりも安全かもしれない」
「警察よりも、は余計です!」
 茜ちゃんが顔をぷうっと膨らませて文句を言う。
「どうする? 来るか?」
「……はい、行きます!」
 日枝はガタンと机に手をつき、立ち上がった。まだ少し震えているが、日枝はまだ戦える。自分自身の中の恐怖と。
 俺たちは取調室を出ると、茜ちゃんの車で早速あの屋敷へと向かった。

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