魔女の弟子、その名はフィーア

文字数 5,922文字

第18節 魔女の弟子
 里に向かい急進する一行。しかし先を進む途中で泣き声が響いた。

「む、なんじゃ?」
「女の子の声……ですね」

 次第に近寄ってくる泣き声。ついにその正体が躍り出た。

「うわーん、お師匠様のバカー!!」

 現れたのは金髪の少女。黒いロリータ服は土やすすで汚れており、台無しになっている。見たところケガをしているわけではなさそうだが、こんな非常事態の最中に子供が一人で出歩いているとは。

「……いかん、このまま放っておくと魔物に襲われかねない。里にはわらわ一人で行くから、お前達はあの子を見ていてくれ」
「……はい、お気を付けください」

 魔物から逃げてきたならもちろん、そうでなくとも安全なところまで逃がす必要がある。もっとも里を襲われた現状では森の外以外に安全な場所などない。近くで襲われないよう守るしかないのだ。

「ねえ、そこのお姉ちゃん」

 優し気に近寄るバーボチカ。目の前の少女は彼女よりもやや大きい。十歳前後といったところだ。

「……だーれ?」
「私はバーボチカ! お姉ちゃんの名前は?」
「……私はフィーア」
「なんで泣いていたの?」

 バーボチカが尋ねると、彼女はまた一層強く泣き出した。

「お師匠様に毎日修業をさせられているの! すごく痛くて辛くて、怒られてばかりで!! 嫌だから家出してやったのよ!!」

 悲痛な叫び。彼女が何の修行をしているかはわからなかったが、逃げ出したくなるほど辛いものなのは間違いない。

「……そっかー、辛かったね」

 バーボチカも初めから狩りが上手かったわけではない。そこまで厳しい練習を重ねた上でここまで来たのだ。射撃の上達はたまたま早かったが、地形の特性や罠の使い方、他にも色々苦労して学んできたから、今の彼女がある。

 安易に投げ出そうとすることをとがめないのが正しい優しさなのかは判断しきれない。それでも、自分のことを認めてくれる他人が周囲にいなくて逃げ出して来たのなら、決して間違ったことはしていないはずだ。

「ほーら、元気出してー!」

 妖精達もこぞって慰める。花や木の実を取ってきて各々が差し出した。

「……みんな、ありがとう」

 受け取る少女。みんなからの優しさを一身に受け、ようやく泣き止んだ。

「――あ、みんな! 気を付けて!」

 しかし現実は、再び過酷な空気を作り出す。

「ギシャシャ、見ツケタゼ! 逃ゲタ妖精ドモッ!」

 ――そして、彼女達の目の前に現れたのは、まさにゴブリンだった。
 それも、彼女の記憶の中にある姿とはかけ離れたものだった。半裸で気品のない姿のオスばかりで、リョート島の個体よりも凶悪な顔をしていた。

 そして一人、明らかに体格が違う個体がいた。人間で言うところの背の低い中年男性のような体格の個体が混ざっている。リョート島には生息しない上位種、ホブゴブリンがいた。

「オヒョー! 弄び甲斐のありそうな人間のメスが二人も!!」

 リーダー格と思われるオーガが前へ。別動隊を差し向けてきたみたいだ。この様子だと、先ほどの連中とは別グループだろう。
 ゴブリン達は全部で17体。こちらよりも多いうえに、子供連れなので逃げようにも逃げられない。
 しかもゴブリン達は獲物を前に舌なめずりをしている。明らかに楽しんでいるようだ。

「お前ら、人間だけ生け捕りにしろ! 捕まえた奴には分け前を二倍にしてやる!!」

――リョート島のゴブリンと、大陸のゴブリンは品種が違うからか、彼らはバーボチカのことを人間と誤認しているようだ。

「キャキャ、アイアイサー!!」
「コンナガキナラ、オイラ達ニモヤレルジェ!」
「ギャギャギャ、イクノジェェー!!」

 ナイフやこんぼうを構え、突撃するゴブリン。

「――みんな、戦いましょう! お姉ちゃんは私から離れないで!」
「う、うん……」

 バーボチカの号令に覚悟を決める妖精達。さっきはドラゴンに恐れをなして逃げ出したが、もう逃げられないとわかったから戦うつもりのようだ。

「一斉に撃つよ! せーの!!」

 円陣を組み、合図に合わせて魔法と吹矢を放った。全方向に炎の塊、氷のつぶて、石ころ、針が飛んでいく。それに合わせてバーボチカは一番力を込めた一矢を放つ。それはホブゴブリンの顔面に命中した。

「ギエッ」
「チニャッ」

 妖精達の弾幕は決して厚くないが狙いはいい。ほとんどの弾が命中。運よく当たらなかったゴブリンも倒れた仲間を見て怖気づいてしまう。

「グハッ」

 そしてバーボチカの撃った毒矢を受けたホブゴブリンが、頭から激しく出血し倒れ込んだ。

 どうやら急所に当たったらしい。バーボチカの放った毒は、通常のものよりもはるかに強力な出血毒。それを頭に直接受けたことで絶命したのだ。

「ヒッヒェェ……アンナニイタノニ……!!」

 残されたのはわずか五人。次が来たら今度こそ全員助からない。そう断言できる程、正確な迎撃であった。

「……すごいですね、みんな!」

 これを見てバーボチカは妖精達が無力だから逃げ出したわけではないことを確信する。ジャイアントワイバーンという極めて危険性の高い魔物には怯えて逃げたとしても、雑兵相手なら充分に戦える、心強い味方なのだと。

「ニゲロー!!」
「あ、ちょっと待てよ!!」

 リーダーの命令を無視して逃げ出す手下達。たった一回の一斉射撃で早くも形勢逆転。

――やった! 初めての勝利に喜ぶ妖精達。しかし喜んでばかりはいられなかった。

「……チッ、なんで僕ばっかり貧乏くじ!!」

 苛立ちながら武器を構えるオーガ。金属製の杖だ。魔法使いなのか。

「もう一回!」

 再びの号令に横一列に並ぶ妖精。一体だけになった相手にも容赦なく魔法を叩きこむ。今度は炎の魔法のみを集中させた。
 ――広がる爆炎と煙。しかしそれが晴れると、そこには直立する影が映っていた。

「……えっ」
「ざーんねーん!!」

 それも、完全に無傷の姿のものが。オーガは光の障壁の後ろに立っていた。
 やはりただの魔法使いではなかった。魔法を防ぐ強力なバリアまで展開している。妖精達の攻撃が効かなかったのはそのせいだろう。だがあれだけの猛攻を動かずに防ぐのは、それを知ってもなおいささか信じがたい景色であった。

「今度はこっちの番だい!」

 杖をかかげ魔法を放つ。極彩色の光線が空を引き裂いた。上空を薙ぎ払い、一気に全ての妖精を撃ち落とす。
 落下する妖精達に傷はない。そうであるのにも関わらず彼らは苦悶の表情を浮かべていた。

「あ、あう……しび……れる……」

 そう、この魔法は傷を負わせることなく無力化するための魔法なのだ。浴びれば全身がけいれんし動けなくされてしまう極めて危険な光線。

 おそらく、光を浴びた部分が麻痺しているのだろう。痛みを感じる間もなく気絶してしまった妖精すらいた。

「……!!」

 それでもバーボチカだけは必死に意識を保ち、矢をつがえた。

「オーッヒョッヒョ! これであとは君達をさらうだけだねえ!!」

 あろうことか嘲笑い杖を投げ捨てた。そして両手を広げ二人の少女に狙いを定める。

「う、うわああ……!!」

 己よりも小さい少女に張り付き怯えるフィーア。逃げ出せば魔物に襲われるかもしれない。少なからず覚悟して飛び出していたとしても、相手はそれを打ち砕くのに充分すぎる恐怖だろう。

「……大丈夫だよ。お姉ちゃんは私が守るから」

 ナイフを抜くバーボチカ。捕獲に固執しているなら、不必要に傷を負わせるようなことはしてこないだろう。それでも手ごわい体格差だが、彼女はか弱き少女を守るため覚悟を決める。

第19節 空を舞う紅い蝶、目覚める少女の力●
「ヒャッホー!!」

 全力で駆けるオーガ。間合いに入ったところで両腕を開き、掴みかかる。

「――えい!」

 その直前に、バーボチカが地面を蹴った。身軽さを活かした跳躍だ。

「おひょ?」

 空ぶったところで、肩に視線を向けるオーガ。そこに飛び乗った少女に注視していた。

「へーえ、君はまるでフクロウみたいだねえ!!」

 自ら捕まりにきた、そう思っているのか明らかに油断していた。

「ほーら、そんな危ないもの振り回したらダメだよ。僕に渡しなさい」

 反対の腕でナイフを取り上げようとしたところに、突きが放たれた。

「うぎっ」

 それでも相手はひるまない。握力で手のひらに刺さったナイフを無理矢理奪い取った。

「――チッ!」

 柄になく舌打ちして離脱するバーボチカ。腕を蹴って飛び大地へと戻る。その頃には既に、ナイフは刃を粉々に砕かれ投げ捨てられていた。

「オーッヒョッヒョ! これでもう、武器なくなっちゃったね!!

 早くも勝ちを確信したオーガ。だが彼はいち早く己の異変に気が付く。

「……む、血が止まらない?」

 手のひらの出血、その勢いが強いことに。

「……ダメだ、まだ足りない」

 一番苦い顔をしていたのはバーボチカだった。注入した量が足りなかったのか、仕留めきれていない。
 予備のナイフはまだあるが、全部壊される前に仕留めきれるかは大きく不安が残ると言いざるを得ないだろう。

「――ハアァァァ……!!」

 一方で、オーガは深く呼吸を始めた。

「…………?」
「フンッ!」

 気を高めるような掛け声。そして力強く、掌底を構えた。あろうことか、刺し傷の出血が止まっている。いや、厳密にはまだ少し出ているのだが、毒の効果が出ていると言うほどの勢いではなくなっていた。

「…………!!」

 どうやら呼法だけで毒を分解したらしい。生命力を活性化する呼法は、極めれば劇毒すらも浄化してしまうようだ。
 これはつまり、バーボチカにとって最悪の相性とも言える。ほとんど手傷を負わせることなくナイフだけ丸損してしまった。

 毒が効かないなら直接急所を切り裂くしかないだろう。だがあの体格相手では近寄るのは容易ではない。
 バーボチカは戦闘経験こそ浅いものの、観察眼とセンスに関しては群を抜いている。それが幼少から狩人をしてきた彼女の力だ。

「ねー君、ナイフ何本持ってきているの?」

 余裕のない相手に挑発を仕掛ける、ゲスな嘲笑。

「……そんなこと、わざわざ敵に教える人がいますか?」
「答えてくれないなら勝手に予想するね! 三本か四本!!」

――あてずっぽうだが本当に範囲内だった。持ってきた分はさっき失ったものも含めて四本。全部失ったら矢を緊急用の武器として使うしかない。

 だが相手のタフネスの前ではそちらも使いきる危険性が高い。少なくともこの調子で失い続けたらいくら武器があっても足りないだろう。

「ヒャッホホー!!」

 上機嫌に迫るオーガ。バーボチカが武器を構えていても、彼にとってはアドレナリンを強めるほんのわずかな心地よいスリルに過ぎなかった。このままではジリ貧になる一方。反撃を避けて確実に毒を打ち込みたいが、想像以上に機敏な巨体に防戦を強いられてしまう。

「……くぅぅ!!」
「アッハハ、待て待てー!!」

 逃げることしかできないバーボチカ。それも狙いがフィーアにそれることがないように距離を維持しながら。

 安全圏から弓で攻撃できたらそれが一番楽なのだが、これだけ速い相手がそんな隙を見せるはずもない。

 森での生活で鍛えられた脚力をもってしてもなお、相手の尽きることのないスタミナの前には次第に追い詰められていく。

「うわっ!」

 最悪の事態が起きた。後方にばかり注視していたがために石にひっかかり転んでしまった。

「チャーンス!!」 

 無論、奴がこの好機を逃すはずがなかった。両腕を押さえて抱え上げられてしまった。
 そして武器を器用に取り上げて投げ捨てていく。もう彼女に抵抗する手段はない。まるで羽をむしられた蝶のようだ。

「放してー!!」
「えっへっへ、ムーリ!」

 万事休すか。そのまま彼女を連れ去ろうと再び駆け出す。
 相手の狙いを見るに、命だけは助かるだろう。しかし故郷を守るために旅立った少女の戦いが、こんなにもみじめな終わりを迎えてしまうとは。戦って死ぬよりも残酷な事実であった。

「やめろおお!!」

――その時、想像を絶する力強い咆哮が響いた。
――パアンッ! 乾いた音が響き渡る。小石が真っ直ぐ飛んでいき、オーガの後頭部に命中した。
――だが、それだけだ。小石は皮膚を貫くどころか、弾かれて地面に落ちた。

「おひょ?」

 バーボチカを掴み上げたまま、後ろを振り向くオーガ。声の主はもう一人の少女フィーアだ。
 足元には小型の投石機のようなものが置いてある。即席だがバーボチカが防戦を強いられている間に用意したようだ。

「その子を放せ! さもないと……殺してやる!!」

 泣きながらの怒号。何かが彼女を焚きつけたのか、思いっきり注意を引いている。

「ふうん、君、ゴーレム使いなんだね!」

 オーガはこの小さい投石機がゴーレムだと気付いたようだ。
 ゴーレムは本来、土や石などを混合し素材にして作るものだ。
 だが彼女は木材だけを利用して作ったようだ。しかもオーガが興味を持ったのはそこではなかった。
 粗末な作りながらも正確な射撃で、自分の頭を射抜いたことだ。
 つまり、これはただの子供だましではない――本物の殺意がある。
 そう確信した瞬間、オーガは興奮したように笑い始めた。

「もしかして仲間に入れてほしいの? でもごめんね。欲張ってどっちもゲットできないのが一番嫌だから。バーイ!」

 私欲に駆られた獣同然の魔物であっても奴は優れた魔法使い。オーガの中では賢い方の男だ。気を取られることなくバーボチカの捕縛だけに集中するつもりのようだ。

「やめろおおおおおお!!」

――再びオーガが優れた脚力を披露しようとその時、轟音が響いた。

「グニョッ!?」

 一気に止まるオーガ。その胴は隆起した地面に貫かれていた。
 あふれ出る血液。間違いなく致命傷だ。そしてこの土の槍は、なんとオーガのみを貫いており、バーボチカにはかすってすらいない。
 そう、これがフィーアの魔法使いとしての修行の成果だ。彼女の魔法は土属性をルーツとした黒魔法である。
 魔力で操るだけでなく、自ら生み出し、また逆に分解することもできるのだ。
 つまり彼女が魔力を込めれば、大地は隆起となり敵を貫く槍となるのだ

「……一回で……当たった?」

 そしてこの結果に一番驚いていたのは彼女自身であった。一度で成功する自信がなかったのか、不安げな表情を浮かべている。
 だが、これで勝負ありであった。

「――やった!」

 オーガが手放したおかげで落下したバーボチカ。正確に受け身を取り、急ぎナイフを拾い集めた。
 そして再びの跳躍。今度こそ自らの意思で宙を舞った彼女は巨体に飛び乗り喉を引き裂いた。
 無言で息絶える巨体。彼女らを追い詰めた強敵は、己の手心によって仕留められることとなった。
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