アレクシア海賊団との出会い!

文字数 5,431文字

いきなりピンチ! 船がない
 妖精王スカジからバーボチカは使命を与えられた。スカジは島を離れることはできないが、人形に魂を与えた化身を用意しそれと旅に出ることとなった。

 しかし思わぬ苦難が、旅を始めたばかりの二人に襲いかかる。

「……あー、もうみんなからもらったご飯なくなっちゃいましたね」

 まずは食料。持つことのできる荷物には限度がある。たった三日で食べ物がなくなってしまった。

 狩人なら自力で調達することなど容易いだろう。だがこれは併発している問題をさらに悪くしているのだ。

「なんじゃと? だったらこれからの船旅はどうするのじゃ? わらわの用意した船では早くとも一週間はかかるぞ?」

 見せられた船は氷でできたボートであった。妖精の魔力により決して溶けない氷でできている。それはいい。問題は動力だ。

 この世界の船は木や鉄といったものが使われている。もちろん魔道具もだ。

 それに比べてこの船はあまりにも原始的すぎる。しかも手漕ぎボートだから長距離移動には時間がかかる。無論食料を積み込むスペースもない。毎日釣りをして魚だけで生きるか、近くの島によって補給するか。

「…………」

 バーボチカが見せたうつろな表情。それは約束を破った己の親を責める子供のようであった。

「わかったわかった、そんな顔をするでない! なんとかするから、なんとかするから!」

――いくら高い地位にいても結局彼女も妖精。根底には無計画な種の性質が残っているのだ。未来を予知する程の強い神通力を持っていようが、立てた計画にところどころ穴があるのが妖精である。

 そもそも艦隊を破壊するために海を渡るという計画自体が急速に決められたことなのだ。落ち着いてやるよりも抜け穴は生じやすいだろう。

――しかし運命は彼女達を裏切らなかった。


彼らはアレクシア海賊団
「エッホ、エッホ」

 木箱を担いだ男女がたまたま目に映った。一心不乱に同じ方向を目指していた彼らはバンダナにシャツ姿。身なりに気をはらっていない荒くれ者のようだ。

 二人はこちらに気づいていない。バーボチカは目線だけを動かし、彼らが何をしているのかを確認する。彼女はその一瞬、彼らの姿が森の中に不釣り合いに映ることに気付いた。この原生林に住む彼女にとって、船乗りたちの姿は異国からの訪問者のように感じられた。

「妖精王様、あの人達って……?」
「ああ、あれは海賊じゃな。海の荒くれ者共じゃ」

 そう、彼らは海賊だ。あの木箱には宝が入っているのだろう。それを運び出すためにやってきたのだ。

 その証拠に彼らの足元にはロープが落ちている。海賊達は宝の入った木箱をロープで縛りつけ運んでいるのだ。

 本来ならこのまま見過ごす所だ。だが今の状況では話は別となる。

「あの人達は船を持っているのかな?」
「そりゃあ持っているじゃろう」
「だったら乗せてもらいましょうよ」

 バーボチカは考える。この海賊達の船に乗せてもらおうと――それは何もしないよりは確実に良い判断であった。

 それに何よりもバーボチカには確信があった――彼らは森の中で暮らしていた私よりもはるかに海に詳しいと。

「うーむ、賊の力を借りるのは癪じゃが、贅沢は言えないの。じゃが奴らのポリシー次第では危ないかもしれんぞ」
「行きましょう!」

 すっかり笑顔を取り戻したバーボチカが駆け出す。海賊達がバーボチカ達に気づいた。やましいことをしているところを見られたかのように慌てて逃げるように走り出した彼らだったが、バーボチカは逃げずに堂々と海賊の前に姿を現した。

「あの、すみませーん!」
「うわ、何だい?」

 初めに木箱を運ぶ女めがけて声をかけた。

「私達、大陸に行きたいんですけど、船に乗せてもらえませんか?」

 宝を盗み出しているところをとがめられたわけではないと知って、安心したのか。海賊達は落ち着いた様子で話し始めた。

「いや……船長でもないアタシに聞かれても困るんだけど」

 当然の返答であった。船員の一存で部外者を乗せることなどできるはずがない。ましてや海賊行為を行っている者達が離島の原住民を助ける義理などないはずだ。

 バーボチカは当然それを知るはずがない。ならばどうやって説得すべきか? バーボチカには考えがあった。

 バーボチカは背負っていたリュックサックの中からある物を取り出した。
 それは素朴な装飾が施された一つのネックレスだった。森の中で採れる材料だけで作った、質素ながらも丁寧に作られたシャーマンのお守りである。

「あの、これでお話だけでも聞いてもらえませんか?」

 バーボチカはネックレスを海賊に向かって両手で差し出し、懇願するように頭を下げた。
 海賊達は顔を見合わせる。

「……どう思う、お前ら?」

 受け取った女は、部下と思わしき男達に問いかける。海賊たちは、太陽が東から南の頂点に昇っていく中で黙ってその言葉に耳を傾けていた。

「一応船長のところに連れて行きましょう、副船長」

 男の意見を聞いて、バーボチカは安堵の表情を浮かべる。どうやら交渉が通ったようだ。海風が強まり、彼女の髪が舞い上がる中で、彼女は深い一息をついた。

「ありがとうございます。船長さんはどこにいますか?」
「……これから船に戻るところさ。ついてきな」

 砂浜の先へ足を踏み出しながら、彼女は少しの船上での冒険に胸を膨らませた。

キャプテン・アレクシア
「……これから船に戻るところさ。ついてきな」

 知らない子供相手にも親切に応対する。口調は荒っぽいがそこまで排他的な集団ではないらしい。あの日の襲撃者と比べれば格段に話ができる部類だろう。


「あんたら、名前はなんて言うんだ?」

 砂浜の先へ足を踏み出しながら、バーボチカは少しの船上での冒険に胸を膨らませた。

「アタシはグレーテル、こんななりでも副船長なんだよ」

 グレーテルの声は、自身の地位に誇りを込めながらも、控えめであった。彼女の振る舞いには、船上での経験と責任感がにじみ出ているようだった。船首で風に舞う彼女の髪が、冒険の中で培った経験を語るかのように舞っていた。

「私はバーボチカです」
「わらわはスカジじゃ」

 それにしてもグレーテルは副船長でありながら妙にもったいぶった口ぶりである。自慢できる地位にいながらなぜかそれを誇ろうとしない。そのことにバーボチカは違和感を覚えた。
 だが、その理由はすぐに分かった。

「あ、ついたよ。あれがアタシらの船さ」

 高く掲げられた骸骨の帆。これこそ彼らが海賊であることの証。
 しかしそれはバーボチカにとって些細な問題であった。なぜなら彼女の視線は別のものに注がれていたからだ。

「こらそこ! タラタラすんじゃないよ! シャキッとしなよシャキッと! 魔物でも来たらどうすんだい!」

 彼女の目線の先にいたのは、怒号を飛ばす女。重厚な三角帽子と黒革のコート。他の船員より身なりがキレイである彼女が船長だ。

 手入れされた緑がかった黒髪は美しいが、顔は少ししわよっている。

「ん? グレーテル、遅いよ! あんたまでタラタラしないでくれ!」
「あ、ああすまない、姉御」
「アタシの代わりを任せられるのはあんただけなんだよ! しっかりしてくれ!」

 副船長すら無遠慮に怒鳴りつけるあたり、彼女の気性の荒さと地位の高さがうかがえる。

 二番目に偉いサブリーダーですら地位の間が大きく開くほどの彼女が、海賊達の長として君臨するその姿に、バーボチカは圧倒されていた。

 その存在感にバーボチカは思わず息を呑む。

「ん? なんだいそのちんまいガキとデカイ女は?」

 だがいつまでも呆けているわけにはいかない。バーボチカ達はようやく船にたどり着いたのだから。

「ああ、そうだ。こいつらが船に乗せてくれって言うんだ。話を聞いてやってくれないか?」
「ふーん、わかったよ」

 他の船員達と共にさっき来た道を戻って行くグレーテル。そして残されたバーボチカとスカジ。

 バーボチカは改めて海賊達の船を眺める。船の形自体はごく普通の帆船だ。
 船首と船尾からそれぞれ一本ずつマストが伸びている。木とロープで作られた船体は所々傷つき、甲板の上には大小様々な木箱が不規則に並べられていた。

「……で、あんた達。なんでアタシらの船に乗りたいんだい?」

 先ほどまでの態度とは打って変わり、海賊の長は静かな口調で話しかけてきた。大声で指示を出していた彼女の、驚くほどの変わりよう。静かに話ができる人ではあるようだ。

「急いで大陸に行かないといけないんです。もしこれから大陸に行くなら乗せてもらえませんか?」

 バーボチカのお願いを聞き、吹き出す船長。

「アッハッハ、確かにアタシらはこれから大陸に行くところさ」

 その言葉にバーボチカは安堵の表情を浮かべる。この船長の気まぐれに救われたようだ。

「だ・け・ど・さ」

 しかし海賊の長は、話はまだ終わりではないとでも言いたげに顔の前で手を組み、バーボチカをまっすぐ見据える。船長の帽子の下から、鋭い視線がバーボチカに突き刺さる。
 そして、海賊の長はゆっくりと口を開いた。

「なんでアタシらがあんたらをタダで船に乗せてやらないといけないんだい?」

 即答の拒否。もっともな理由だ。彼らにとっては乗せても得になることがないのだ。断られて当たり前だろう。

「そんな……」

 絶望した表情を見せるバーボチカ。だがバーボチカは諦めない――ここで引き下がってはいけない。ここで諦めたら大陸にたどり着くことはできなくなる。

「船に乗りたいなら自分がどれだけ役に立つか示してからにしな」
「およ?」

 その一言に、黙って聞いていたスカジは食いついた。

「それなら考えてやるよ」

 そのまま彼女は指示出しに戻った。再び響き渡る怒号の数々。バーボチカはその背中をじっと見つめていた。

狩人への試練
「どうしましょう、このままじゃ乗せてもらえなさそうです」
「何を言っているのじゃ」

――そこに、スカジが前向きな一言を放った。

「え?」
「今こそ絶好の大チャンスではないか」

 バーボチカを連れて船長の方へ向かうスカジ。船長に歩み寄る二人を見て、周りの船員達は怪しげな目を向ける。

 この気難しい船長相手に二度目の交渉をする様子を見て、何をするのか警戒しているのか。

 バーボチカは不安そうな表情を浮かべる。スカジがどのような提案をするのか、彼女もわからないから。

「船長さん、船長さんや」
「何だい? まだ用でもあるのか?」

 船長は不機嫌そうに言った。
 船のデッキでは、風が心地よく船帆をなびかせている。遠くでは海の波が静かに打ち寄せ、船員たちの声や作業の音が混ざり合っている。

「出発するのはいつじゃ?」

 スカジが尋ねると、船長は手元の地図をじっと見つめながら答えた。

「遅くとも夜になる前には出るつもりだよ」
「なら出発までにわらわらが食料を採ってくる。これでどうじゃ?」

 スカジは自信たっぷりに提案し、船長に微笑みかけた。彼女の言葉に船長は不信そうな表情を見せたが、同時に興味も覗かせていた。

 周りの船員たちは、二人のやりとりに興味津々で耳を傾けている。彼らもまた、この異例の交渉に興味津々であり、何か面白い展開が起こりそうだと感じていた。

 スカジはバーボチカとともに、どこか自信に満ちた様子で船長に向かい続けた。その姿勢は、まるで自分たちの提案が船の運命を左右するかのように見えた。

「食料を採るって、どうやってだ?」

 船長が問い返すと、スカジは満面の笑みで答えた。

「わらわとこの子が狩りをしてこよう」

 旅に食料は必要不可欠。海の上だと補給は限られる。多くて困ることはないだろう。

 しかし、海賊の長は迷っているのかなかなか首を縦に振らない。それどころか、バーボチカ達の方に目を向けようとすらしなかった。
 食料の蓄えのことを思案しているのか。

「まあいいや。食料には余裕があるけど、魚とパンばっかで飽きていたところだ」

 食料の心配がないのであれば、すぐにでも首を横に振るはずだ。それをしないということは……

「……そうだねえ。久しぶりに肉が食いたくなってきたよ」

 そう、彼らは変わり映えしない食事に飽き始めていたのだ。

「何でもいいから全員で一食食えるくらい肉を用意してきな。それなら乗せてやるよ」

 彼女の答えを聞いて、スカジは満足げにうなずく。

「ほうほう、ならば任せるのじゃ。こう見えてもこの子は狩りの達人でな」

 バーボチカはほっと胸を撫でおろした。これからするのは自分の長所を生かせる試験。自信をもって臨めば難しくないはずだ。

「ところでお仲間さんは何人いるのじゃ?」
「アタシ含めて二十四人だよ」

 二十四人とは普通ならかなりの数だろう。だが狩りの達人であるバーボチカにとっては決して捌けない数ではない。

「だったらイノシシ二頭も仕留めれば充分ですね」

 イノシシ一匹で三十キロの生肉が用意できる。これだけでも可食部は二十人分以上あるが、多めに見積もっているのだろう。

「ふーん、大した自信だねえ。あんたみたいな子供にイノシシが仕留めれるのかい?」
「大丈夫じゃ。この娘はこう見えてもかなり優秀な狩人なのじゃ。イノシシくらいなら簡単に狩れる」

 その言葉を聞いて、船長は口元を歪める。
 獲物はウサギではなくイノシシ。魔物ではないとはいえ、力が強く足の速い相手だ。子供が楽して狩れる相手ではない。

 そして、もし彼女が言うことが本当なら、この娘の実力は――そこまで考えた時、船長はニヤリと笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み