野望の帝国と魔女の森!
文字数 4,444文字
第16節 アルミュール帝国上陸
ボートを漕ぎ漁港までたどり着いた二人。ドミニクが追ってくることはなかった。足止めが成功したのか、彼が自分の意志で追わなかっただけなのかはわからない。
一つだけ言い切れることがあるとしたら、ヴァンパイアという強敵と対峙して消耗することなく逃げることができたのは不幸中の幸いということだ。
ここが侵略者の母国であるアルミュール帝国。人類の国家では最も強力な軍を持つ国であり、その統治はその名の通りの強権的な帝政である。
「……侵略者は東に進んだ先の港にいる。奴らの名はピーチロード商会。古代ヤーポンの神話に存在する桃から生まれた英雄から名付けられたそうじゃ」
――ピーチロード商会。開拓事業と軍需産業を推し進める企業だ。かつて桃から生まれた英雄が離島に赴き魔物を打倒したように、彼らも未開拓領域を人類のものにしようとしているのだ。
「じゃが、軍に癒着して暴利を貪っている連中に英雄の器はない。むしろ武力で自然を踏み荒らし大地を私物化するのは摂理への反逆と言えるであろう」
まるでかつても体験したことがあるかのような言葉。歴史というものを何も知らないバーボチカにその真意はわからない。
「……難しい話はわかりませんけど、彼らの船を壊しちゃえばいいってことですか?」
「まあそういうことじゃな」
市場の露店に挟まれた石道を進む二人。しかしスカジはなぜかどんどん山側へ行く。
「……あの、妖精王様。港からどんどん離れていますけど」
「ああ、それは援軍を連れてくるためじゃ」
話し込んでいる間に馬車とすれ違った。しめたと言わんばかりに持ち主に飛びつくスカジ。
「おーい、お前さん」
「何だい、あんた?」
「この馬車はどこへ行くのじゃ?」
「カマーン村だよ」
「おお、丁度いい。わらわらも乗せておくれ。カマーン村に用があるのじゃ」
初対面の相手に図々しくお願いするスカジ。優れた力を持つがため、傲慢なところがあるのだろうか。
「いや、乗せろって言われても……」
当然断ろうとする持ち主。おそらくあの時の海賊達と同じ気持ちだろう。
「なーに、タダで乗せろとは言わんさ。この宝石十個をお駄賃にあげよう」
袋を取り出し自慢気に見せたそれはサファイアだ。形も輝きも最高級のものである。それを見つめる商人の顔はみるみると喜びの色に染まった。
「うえ、こんなにもくれるのか!? よしわかった、乗ってくれ!!」
途端に喜んで二人を馬車へ押し込む男。文字通り現金な奴であった。
――そして、数十分後。
三人を乗せた馬車は山道を越え、目的のカマーン村へ到着した。
道中、スカジは御者席に座っていた。そのためかすっかり意気投合しているが、残念ながらもうお別れの時間である。
「カマーン村の近隣にはフォレノワールという森があるのじゃ。そこにわらわと同じ妖精王であるアフロディーテが里を持っている」
彼女達の力を借りて戦力を増やす。合流してから攻撃を始めても間に合うように話しを付けているのだろう。
「しかしフォレノワールには危険な魔物がたくさんいる。里に近寄るのは容易でない。人間が侵略してくることはないだろうが、気を引き締めて行くぞ」
「なるほど……気をつけます」
――カマーン村にたどり着いた二人。寄り道して留まる理由も特にないため、そのままフォレノワールへ向かった。
だが二人はそこである集団の悪事を眼にする。
「……あれは?」
槍と盾で武装した男達が、一人の木こりに脅しをかけている現場だった。
「この木材、全部で20万アルムで買うぞ!」
「そんなあ! あっしらがこれだけ用意するのにどんな思いをしたと思っているんじゃあ!!」
そう、彼らが例の商会の私兵だ。
「つべこべ言うな! 新造艦を造るためのものとして、一つでも多く20万アルムで寄越せ!」
彼らは村人達に木材の納入を要求していた。
「出来ぬというなら、ここで死ね!!」
嫌がる村人達に、とうとう彼らは槍を向けだす。木こりの男も口で抵抗したが、武装した兵士の前では何もできずにいた。
「……奴らが商会の私兵じゃ」
スカジの言葉でバーボチカは初めて、敵がどのような悪事をしているか知った。
「ひ、ひどい……」
繰り返すが、アルミュール帝国の統治はその名の通りの強権的な帝政である。敵も味方も武力で苦しめるのだ。その結果の先は、服従か死のいずれのみ。
――その時、兵士が二人に気づいた。
「お前ら、何を見ている! これは見世物ではないぞ!!」
こちらを見て顔をしかめる兵士達。彼は仲間の一人を呼びつけ、何かを話し始めた。きっと噂話をしている現場を見て気分を害したのだろう。
バーボチカの怒りは既に限界に近づいていた。
「――バーボチカ、今はまだ戦うな」
ここで戦闘になると民間人が巻き添えになる可能性がある。それを危惧しての行動だが、どうやら向こうはその気のようだ。
私兵の男が一人、こちらに向かってきた。
――その男はバーボチカの前まで来ると、睨みつけてこう言った。
「まさかお前らも、皇帝陛下に反逆の意思があるのか?」
幼い喉元に、槍の穂先が迫った。だがバーボチカは、動じない。
「いえいえ、この子は初めてあなた方の事業の様子をみたものでして。どんなお仕事をされているか教えていたのです」
「ふうん」
「あとで厳しくしかっておきますので、どうかお許しください」
「そうか。ならガキのしつけくらいちゃんとやっておけ」
バーボチカがにらんだことを、決して見逃さなかった彼ら。一度損ねた機嫌は中々直らないらしいが、それでも見逃してくれたのは幸運だった。彼らは再び木こりの所へ戻った。
「……彼らが、ピーチロード商会」
民間人に極めて横柄なその様は、武力だけを第一に特権階級が全てを支配するこの国の成り立ちを表している。
バーボチカがそれを知る余地はないが商会の悪事を目にして、決意を新たにしたのであった。
第17節 そこは魔女の森
「この森の葉っぱ、すごく色が濃いですね」
スカジの指示通り交戦を避けたバーボチカは、無数の樹々がそびえ立つ森フォレノワールに入った。葉は黒に近い色合いである。この色こそが黒い森フォレノワールの名の由来であり、人々が近寄らない理由なのだ。
「この森の土壌は魔力を多く含んでいる。それが樹々を無秩序に成長させるのじゃよ」
ところどころに花も生えているのだが、それも奇怪な色合いだ。主張の激しい極彩色のものもあれば、枯れているようにしか見えない黒や茶色のものもある。
「……まるで焦げちゃったみたいですね」
さすがの彼女も、この森の彼岸花には手を出さない。こんな色合いを求めていないのだろう。
「そろそろアフロディーテの里につくぞ」
幸いにも魔物と出会うことはなかった。今まで思い通りに行かないことばかりのこの旅も、ここに来てようやく順調に進むのだろうか。
「アフロディーテ様はどのような妖精なのですか?」
「アフロディーテは土を司る妖精王じゃ。無益な争いとそれのために自らの力を利用されることを嫌っていてな。こんな不便な森に住んでいるのは人間からの干渉を避けるためなのじゃよ」
事実、ここに住めば森に住む魔物が侵入者を拒んでくれる。制御できないとしても優れた防御策だ。己の自由を犠牲にする覚悟があるなら悪くない選択肢だろう。
「長としても配下を慈しみ思いやる愛に溢れた女じゃ。妖精達が文句を言わずについていくのもその人柄のおかげじゃろう」
――しかし、緊張感が薄れた時に限ってピンチは訪れるのであった。
「誰か助けてー!!」
声と共に飛び出したのは妖精達。里の方から三十匹以上の者が現れた。
「……そなたら、どうした!?」
無論、逃げてきたのであろう。同時に拠点を捨てねばならないほどの大事が起きたことも簡単に見抜けた。
「魔物が里に攻めてきたんです!」
「しかもジャイアントワイバーンを従えています! それも二匹も!!」
ジャイアントワイバーン、飛竜と呼ばれるものの中でも特に巨大なものだ。辺境にある軍の駐屯地を強襲し、たった一匹で焼き尽くしたという報告すら上がっている危険な魔物。文字通り空の支配者だ。
その力は圧倒的。空を飛ぶ上に丈夫な甲殻を持ち、生半可な攻撃では傷一つ付けることはできない。その上獲物を狩る武器として、火球と毒爪の双方を備える。
――そんな怪物が今、里を襲ったために彼らは逃げ出した。
「アフロディーテはどうしたのじゃ!?」
「私達を逃がすために一人で戦っています!」
「でもこのままだとアフロディーテ様でも助かりません! 死んでしまいます!!」
アフロディーテの実力は、スカジも信じていた。だが相手が悪い。どんなに優れた戦士であっても、飛べる敵を相手にする上にそれを従える地上魔物とも渡り合うのは厳しいのだ。
それに、彼女は妖精達を守らなければならない。戦力にならない者を守りながら戦うのは困難を極める。だから彼女達は、足手まといにならないよう逃げてスカジを探したのだ。
「ならわらわが加勢する! 他は!?」
「ゴブリンとオーガです!」
「ならお前達はバーボチカと迎え撃て!」
武器を構え、急行しようとするスカジ。そこをバーボチカが引き留めた。
「ちょっと待ってください! ゴブリンが妖精を襲うのですか!?」
島から出たことのない彼女は、外界のゴブリンがどういう生活をしているのかを知らない。それも彼女は妖精を信仰するシャーマンの娘。そんな悪行をする同胞がいるなど信じられないのだ。
「……バーボチカ、わらわらの島で一番弱い存在はゴブリンじゃ。しかし大陸ではゴブリンよりも弱い者は少なからずいる。奴らはそういう者共から略奪を行って生活しているのじゃよ」
――その主張はその通りだ。リョート島に生息するゴブリン以外の魔物はどれも強大なものばかり。自分より強い相手に略奪をするのは明らかにリスクとリターンが釣り合わない。
彼らが略奪という手段を取らない生活様式を作ったのは、リスクを避ける手段が狩猟生活くらいしかないからだ。
「……あの悪いお兄さんみたいなことをしているゴブリンが、そんなにもたくさんいるのですか?」
「むしろわらわらの方が少数派と思った方がいい。同胞だからと言って情けをかける必要はないぞ」
残酷な事実。しかし、それは正しい判断だ。
リョート島の外に生息するゴブリンは、彼女が言う通り残酷な略奪者である。だがバーボチカはその現実に動じることはなかった。
「確かに、人間にもあの商会の人達みたいな最低な人もいれば、ジェフ君みたいに優しい人もいます。それと同じですね」
これまでの旅で出会った温かい人々との思い出が、この事実を乗り越えさせたのだ。その中には善人も悪人もいた。人間ですらそうなのだから、自分の仲間であるゴブリンがそうだと言われても何の問題もない。
「だから私は彼らを仲間とは思いません。全力で戦います」
そう宣言すると、バーボチカは森の奥へ駆けていった。
「うむ、それでいい。行くぞ!」
ボートを漕ぎ漁港までたどり着いた二人。ドミニクが追ってくることはなかった。足止めが成功したのか、彼が自分の意志で追わなかっただけなのかはわからない。
一つだけ言い切れることがあるとしたら、ヴァンパイアという強敵と対峙して消耗することなく逃げることができたのは不幸中の幸いということだ。
ここが侵略者の母国であるアルミュール帝国。人類の国家では最も強力な軍を持つ国であり、その統治はその名の通りの強権的な帝政である。
「……侵略者は東に進んだ先の港にいる。奴らの名はピーチロード商会。古代ヤーポンの神話に存在する桃から生まれた英雄から名付けられたそうじゃ」
――ピーチロード商会。開拓事業と軍需産業を推し進める企業だ。かつて桃から生まれた英雄が離島に赴き魔物を打倒したように、彼らも未開拓領域を人類のものにしようとしているのだ。
「じゃが、軍に癒着して暴利を貪っている連中に英雄の器はない。むしろ武力で自然を踏み荒らし大地を私物化するのは摂理への反逆と言えるであろう」
まるでかつても体験したことがあるかのような言葉。歴史というものを何も知らないバーボチカにその真意はわからない。
「……難しい話はわかりませんけど、彼らの船を壊しちゃえばいいってことですか?」
「まあそういうことじゃな」
市場の露店に挟まれた石道を進む二人。しかしスカジはなぜかどんどん山側へ行く。
「……あの、妖精王様。港からどんどん離れていますけど」
「ああ、それは援軍を連れてくるためじゃ」
話し込んでいる間に馬車とすれ違った。しめたと言わんばかりに持ち主に飛びつくスカジ。
「おーい、お前さん」
「何だい、あんた?」
「この馬車はどこへ行くのじゃ?」
「カマーン村だよ」
「おお、丁度いい。わらわらも乗せておくれ。カマーン村に用があるのじゃ」
初対面の相手に図々しくお願いするスカジ。優れた力を持つがため、傲慢なところがあるのだろうか。
「いや、乗せろって言われても……」
当然断ろうとする持ち主。おそらくあの時の海賊達と同じ気持ちだろう。
「なーに、タダで乗せろとは言わんさ。この宝石十個をお駄賃にあげよう」
袋を取り出し自慢気に見せたそれはサファイアだ。形も輝きも最高級のものである。それを見つめる商人の顔はみるみると喜びの色に染まった。
「うえ、こんなにもくれるのか!? よしわかった、乗ってくれ!!」
途端に喜んで二人を馬車へ押し込む男。文字通り現金な奴であった。
――そして、数十分後。
三人を乗せた馬車は山道を越え、目的のカマーン村へ到着した。
道中、スカジは御者席に座っていた。そのためかすっかり意気投合しているが、残念ながらもうお別れの時間である。
「カマーン村の近隣にはフォレノワールという森があるのじゃ。そこにわらわと同じ妖精王であるアフロディーテが里を持っている」
彼女達の力を借りて戦力を増やす。合流してから攻撃を始めても間に合うように話しを付けているのだろう。
「しかしフォレノワールには危険な魔物がたくさんいる。里に近寄るのは容易でない。人間が侵略してくることはないだろうが、気を引き締めて行くぞ」
「なるほど……気をつけます」
――カマーン村にたどり着いた二人。寄り道して留まる理由も特にないため、そのままフォレノワールへ向かった。
だが二人はそこである集団の悪事を眼にする。
「……あれは?」
槍と盾で武装した男達が、一人の木こりに脅しをかけている現場だった。
「この木材、全部で20万アルムで買うぞ!」
「そんなあ! あっしらがこれだけ用意するのにどんな思いをしたと思っているんじゃあ!!」
そう、彼らが例の商会の私兵だ。
「つべこべ言うな! 新造艦を造るためのものとして、一つでも多く20万アルムで寄越せ!」
彼らは村人達に木材の納入を要求していた。
「出来ぬというなら、ここで死ね!!」
嫌がる村人達に、とうとう彼らは槍を向けだす。木こりの男も口で抵抗したが、武装した兵士の前では何もできずにいた。
「……奴らが商会の私兵じゃ」
スカジの言葉でバーボチカは初めて、敵がどのような悪事をしているか知った。
「ひ、ひどい……」
繰り返すが、アルミュール帝国の統治はその名の通りの強権的な帝政である。敵も味方も武力で苦しめるのだ。その結果の先は、服従か死のいずれのみ。
――その時、兵士が二人に気づいた。
「お前ら、何を見ている! これは見世物ではないぞ!!」
こちらを見て顔をしかめる兵士達。彼は仲間の一人を呼びつけ、何かを話し始めた。きっと噂話をしている現場を見て気分を害したのだろう。
バーボチカの怒りは既に限界に近づいていた。
「――バーボチカ、今はまだ戦うな」
ここで戦闘になると民間人が巻き添えになる可能性がある。それを危惧しての行動だが、どうやら向こうはその気のようだ。
私兵の男が一人、こちらに向かってきた。
――その男はバーボチカの前まで来ると、睨みつけてこう言った。
「まさかお前らも、皇帝陛下に反逆の意思があるのか?」
幼い喉元に、槍の穂先が迫った。だがバーボチカは、動じない。
「いえいえ、この子は初めてあなた方の事業の様子をみたものでして。どんなお仕事をされているか教えていたのです」
「ふうん」
「あとで厳しくしかっておきますので、どうかお許しください」
「そうか。ならガキのしつけくらいちゃんとやっておけ」
バーボチカがにらんだことを、決して見逃さなかった彼ら。一度損ねた機嫌は中々直らないらしいが、それでも見逃してくれたのは幸運だった。彼らは再び木こりの所へ戻った。
「……彼らが、ピーチロード商会」
民間人に極めて横柄なその様は、武力だけを第一に特権階級が全てを支配するこの国の成り立ちを表している。
バーボチカがそれを知る余地はないが商会の悪事を目にして、決意を新たにしたのであった。
第17節 そこは魔女の森
「この森の葉っぱ、すごく色が濃いですね」
スカジの指示通り交戦を避けたバーボチカは、無数の樹々がそびえ立つ森フォレノワールに入った。葉は黒に近い色合いである。この色こそが黒い森フォレノワールの名の由来であり、人々が近寄らない理由なのだ。
「この森の土壌は魔力を多く含んでいる。それが樹々を無秩序に成長させるのじゃよ」
ところどころに花も生えているのだが、それも奇怪な色合いだ。主張の激しい極彩色のものもあれば、枯れているようにしか見えない黒や茶色のものもある。
「……まるで焦げちゃったみたいですね」
さすがの彼女も、この森の彼岸花には手を出さない。こんな色合いを求めていないのだろう。
「そろそろアフロディーテの里につくぞ」
幸いにも魔物と出会うことはなかった。今まで思い通りに行かないことばかりのこの旅も、ここに来てようやく順調に進むのだろうか。
「アフロディーテ様はどのような妖精なのですか?」
「アフロディーテは土を司る妖精王じゃ。無益な争いとそれのために自らの力を利用されることを嫌っていてな。こんな不便な森に住んでいるのは人間からの干渉を避けるためなのじゃよ」
事実、ここに住めば森に住む魔物が侵入者を拒んでくれる。制御できないとしても優れた防御策だ。己の自由を犠牲にする覚悟があるなら悪くない選択肢だろう。
「長としても配下を慈しみ思いやる愛に溢れた女じゃ。妖精達が文句を言わずについていくのもその人柄のおかげじゃろう」
――しかし、緊張感が薄れた時に限ってピンチは訪れるのであった。
「誰か助けてー!!」
声と共に飛び出したのは妖精達。里の方から三十匹以上の者が現れた。
「……そなたら、どうした!?」
無論、逃げてきたのであろう。同時に拠点を捨てねばならないほどの大事が起きたことも簡単に見抜けた。
「魔物が里に攻めてきたんです!」
「しかもジャイアントワイバーンを従えています! それも二匹も!!」
ジャイアントワイバーン、飛竜と呼ばれるものの中でも特に巨大なものだ。辺境にある軍の駐屯地を強襲し、たった一匹で焼き尽くしたという報告すら上がっている危険な魔物。文字通り空の支配者だ。
その力は圧倒的。空を飛ぶ上に丈夫な甲殻を持ち、生半可な攻撃では傷一つ付けることはできない。その上獲物を狩る武器として、火球と毒爪の双方を備える。
――そんな怪物が今、里を襲ったために彼らは逃げ出した。
「アフロディーテはどうしたのじゃ!?」
「私達を逃がすために一人で戦っています!」
「でもこのままだとアフロディーテ様でも助かりません! 死んでしまいます!!」
アフロディーテの実力は、スカジも信じていた。だが相手が悪い。どんなに優れた戦士であっても、飛べる敵を相手にする上にそれを従える地上魔物とも渡り合うのは厳しいのだ。
それに、彼女は妖精達を守らなければならない。戦力にならない者を守りながら戦うのは困難を極める。だから彼女達は、足手まといにならないよう逃げてスカジを探したのだ。
「ならわらわが加勢する! 他は!?」
「ゴブリンとオーガです!」
「ならお前達はバーボチカと迎え撃て!」
武器を構え、急行しようとするスカジ。そこをバーボチカが引き留めた。
「ちょっと待ってください! ゴブリンが妖精を襲うのですか!?」
島から出たことのない彼女は、外界のゴブリンがどういう生活をしているのかを知らない。それも彼女は妖精を信仰するシャーマンの娘。そんな悪行をする同胞がいるなど信じられないのだ。
「……バーボチカ、わらわらの島で一番弱い存在はゴブリンじゃ。しかし大陸ではゴブリンよりも弱い者は少なからずいる。奴らはそういう者共から略奪を行って生活しているのじゃよ」
――その主張はその通りだ。リョート島に生息するゴブリン以外の魔物はどれも強大なものばかり。自分より強い相手に略奪をするのは明らかにリスクとリターンが釣り合わない。
彼らが略奪という手段を取らない生活様式を作ったのは、リスクを避ける手段が狩猟生活くらいしかないからだ。
「……あの悪いお兄さんみたいなことをしているゴブリンが、そんなにもたくさんいるのですか?」
「むしろわらわらの方が少数派と思った方がいい。同胞だからと言って情けをかける必要はないぞ」
残酷な事実。しかし、それは正しい判断だ。
リョート島の外に生息するゴブリンは、彼女が言う通り残酷な略奪者である。だがバーボチカはその現実に動じることはなかった。
「確かに、人間にもあの商会の人達みたいな最低な人もいれば、ジェフ君みたいに優しい人もいます。それと同じですね」
これまでの旅で出会った温かい人々との思い出が、この事実を乗り越えさせたのだ。その中には善人も悪人もいた。人間ですらそうなのだから、自分の仲間であるゴブリンがそうだと言われても何の問題もない。
「だから私は彼らを仲間とは思いません。全力で戦います」
そう宣言すると、バーボチカは森の奥へ駆けていった。
「うむ、それでいい。行くぞ!」