絆の壊れた朝――殺戮者を、討て!
文字数 5,178文字
絆の壊れた朝●
それから船旅は続く。大陸に着くはずの三日目の朝。今日船は無事港にたどり着くはずであった。
「……おい、何だこれは!!」
甲板に横たわっていたのは、血だらけになって倒れた仲間の亡骸。
黙って見つめるバーボチカ。横たわっていたのは昨日まで仲良く釣りをした友達、ジェフであった。
「ジェフ君……どうして……」
涙を流し亡骸に寄りそうバーボチカ。他の船員達も動揺を隠しきれない。
「……誰だい、こんなことをしやがったのはッ!!」
真っ先に叫びを上げたのは、他ならぬ船長であった。
「ジェフはいい奴だ。気の弱いところはあるけど、気配りができる大事なアタシらの仲間。お前らもそう思うよな?」
「はい!」
副船長の呼びかけに呼応する船員達。彼らは全員が互いを信じあっている。仲間を殺す動機がないことも含めて知り尽くした関係だ。つまり、この場にいる誰かが犯人ということ。
だが、誰もが互いを信じる中、船長は二人に疑惑を向ける。
「……ということは、犯人は新入りの誰かだね」
固い絆で結ばれた彼らが、船に乗ったばかりの新人を疑うのは必然的であった。
「ちょっと待ってください! なんで私達が彼を殺さないといけないのですか!!」
向けられた疑念の目にバーボチカが怒った。この船の上でできた一番の友達であったジェフを失ったばかりなのだ。自分自身が犯人と疑われて納得できるはずなどない。
「あんたらは水竜を殺すほどの狩人だ。その腕だけでも充分疑う理由になる」
カトラスの刃先を二人に向け、冷酷に言い放つ船長。彼女は本気で言っている。それがわかった時、バーボチカは怒りで目の前が見えなくなっていた。
――私はただ、ジェフ君の手伝いをしていただけなのに。それを、何もしていない人間から疑いの目で見られるなんてあんまりだ。
「何言っているんだ、船長!」
だが彼女の怒りを代弁するかのように、一人の船員が代わりに言い返す。
「あんたも見ていただろ! バーボチカはあんなにジェフになついてたんだ! こんないい子がジェフを殺すはずがねえだろ!」
「そうだそうだ! さすがに決めつけがすぎるぜ!!」
船員達が口を揃えて庇う。彼らが実際に見た二人の信頼は本物であった。それを疑うような言葉は船長が相手としても見過ごせるはずがない。
――だけど、このままだとまずい。
ジェフを殺したのが彼女ではないという証拠はない。むしろ状況的には彼女が怪しまれるのは自然。
――どうすればバーボチカが犯人じゃないと信じられる? 船員達の視線がバーボチカに集まる。だが、誰も彼もが彼女を信じて口々に説得した
「……確かにそうだな。この嬢ちゃんがジェフを殺すはずがない。アタシだって本当は疑いたくないさ」
しかしその熱意を信じたのか、船長は納得してくれたようだ。
「……でも、この嬢ちゃんが違うっていうなら他に疑えるのは誰だい?」
口を動かしながら、カトラスの向きを変える。
「そう、消去法であんたになるんだよ」
指したのはなんと、スカジの方であった。
「……確かこの姉ちゃんはよく夜中に船をうろついていたな」
バーボチカは知らないことだが、彼女は不審行動とみられるものをとっていた。夜に出歩くなんて何か企んでいる、そう思われても不思議ではないだろう。
ましてやこの殺人は、夜に起きたのだから。
「あ、ああ。俺もよく足音を聞いたぜ。部屋を出て確認したらこの姉ちゃんがいたよ」
バーボチカの時と違い、船員達は誰一人かばわなかった。証拠は不十分だが疑う根拠が明確にあるからだ。
「ふーん、それは怪しいねえ」
船長がゆっくりと歩み寄る。カトラスの白刃が、かすかに手ブレで揺れながら迫ってきた。
「そんな! 妖精王様がジェフ君を殺すなんて――」
「あんたは黙ってな!」
抗議を無視して詰め寄る船長。歩く度に揺れる白刃を前にしても、スカジは堂々としている。
「……正直に答えな。あんたがジェフを殺したのか?」
その問いに対して彼女は無言で首を横に振った。
「……まあそうだろうな。じゃあ潔白である証拠を示してもらおうか」
「その必要はない」
「ハァッ!?」
突飛すぎる一言に戸惑う船長。
「わらわは犯人を知っている。殺人の現場を見たのだから。なあ、ドミニクさんや」
意に介さずにらんだのは用心棒の男であった。
「……なんだい、お姉さん。僕を疑うのかい?」
突然の指名にも動揺しない。それどころか、余裕のある笑みを浮かべている。
だが、この状況ではどんな笑顔も不気味に見えるものだ。
――こいつが犯人なのか……。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。船長は覚悟を決めて切り込んだ。
「あんた、どういう理由でドミニクが怪しいと疑ったんだ?」
「わらわは疑ってなどいない。知っているのじゃよ。そう、お前さんがジェフを殺したという真実を」
「なんだって!?」
あまりに単刀直入な一言で、周りの船員達が騒ぎだす。
「アッハッハッハ」
一方、名指しされた本人は相変わらず涼しい顔をして笑っていた。
「そんなこと言う探偵さんなんて初めて見たよ。推理小説の真似? そんなセリフ書く作家なんて0点でしょ」
大事な仲間が死んだというのに、この男は何一つ緊張感のない口調でまくし立てた。
「……あっ」
しかし彼は周囲の空気に気が付いてそれをピタッと止めた。船員達が全員で己をにらんでいることに、気が付いたからだ。
「どうじゃ皆の者、ついにこやつの化けの皮がはがれたぞよ」
仲間を失い悲しむ者達の前で大笑い。ジェフの死を弔う気持ちなど何一つない。たとえ彼が犯人でなかったとしても、人として決して許されることのない愚行であった。
「……みんな、どうしたの? そんな怖い顔しないでよ~」
それでもなお、いつものように軽い調子で語りかけるドミニク。だが、誰も耳を傾けようとはしなかった。
「……あんた、ジェフはいつこいつに殺されたんだ?」
船長がスカジに詰め寄り問いただす。
「おい、なんでお前も僕を疑うんだよ」
「!?」
その決めつけてかかる船長の言葉を受け、ドミニクは露骨に気分を悪くしているようだ。
「さっきまでこのお姉さんが一番怪しいって言ってたじゃん」
船長をお前と呼びつけにする、雇われものの立場からは考えられない横柄な言葉遣い。ここまで来るともはや疑ってくれと言っているようなものであった。
「疑うなら、お前も殺すぞ」
剣を抜き構える。だが、船長は臆することなく逆に睨み返した。
「どうやら、あんたで間違いないようだね!!」
もはや自白と何も変わらない逆上に対して怒りに満ちた船長の叫びが、船上に響き渡った。
「まあ待つのじゃ」
「!?」
「裁判は証拠を握った上でするもの。感情論で語る前にわらわの証言を聞いておくれ」
スカジは船長を押しとどめると、ドミニクに向き合った。
用心棒の正体●
「おい、なんでお前も僕を疑うんだよ。さっきまでこのお姉さんが一番怪しいって言ってたじゃん」
船長をお前と呼びつけにする、雇われものの立場からは考えられない横柄な言葉遣い。ここまで来るともはや疑ってくれと言っているようなものであった。
「疑うなら、お前も殺すぞ」
剣を抜き構える。だが、船長は臆することなく逆に睨み返した。
「どうやら、あんたで間違いないようだね!!」
もはや自白と何も変わらない逆上に対して怒りに満ちた船長の叫びが、船上に響き渡った。
「まあ待つのじゃ」
「!?」
「裁判は証拠を握った上でするもの。感情論で語る前にわらわの証言を聞いておくれ」
スカジは船長を押しとどめると、ドミニクに向き合った。
――これでこの男が犯人だと確定する。両陣営がそう思った時、お互いが武器を下ろしスカジの証言に耳を傾け始めた。
「わらわは前からこやつを疑っていたのじゃ。最初に怪しいと思ったのは水竜に襲われて逃げてきた時じゃな」
「……そんなに前から目星を付けていたのかい」
ドミニクを疑っていることを聞いていたのは副船長だけ。その彼女すら疑っていた理由は知らされていないらしい。
「副船長さんに聞いたぞ。お前さんはギルマンの群れを相手にしてもお仲間さんを死なせず守り抜いたそうじゃな。そんな腕の立つ戦士が水竜を相手に尻尾を巻いて逃げてきた……」
「……確かに、あんなに強いなら一人でも充分勝てそうなのに」
それに対しスカジが手のひらを突き出し制止した。
「いや、副船長さん。これだけで疑うのはかわいそうじゃ」
思わせぶりな言葉。もったいぶって疑った理由を話そうとしない。
「逃げることは恥ではない。むしろ勝てない相手に戦いを挑み死ぬ方が本当の恥じゃ」
それが焦らされているようで、船員達はじれったそうにしている。
「勝てない相手には戦わずに逃げることも時に戦士に必要な能力じゃろう」
無関係な話が、ようやくひと段落したところで、容疑者が怒りの声を上げる。
「だったらなんで僕を疑うの?」
「そうだぞ! いいから早く言えよ!」
怒るのは、傍聴人達もだった。
「俺達はなんでこいつがジェフを殺したのかを知りたいんだ!」
船員達が口々にドミニクを罵り、急かす声が上がる中、スカジは悠然とした態度でその問いに答えた。
「それはお前さんが水竜を付かず離れずの距離感で連れてきたからじゃよ」
「――お前さん、もしあのまま船が壊されたらどうするつもりだったのじゃ」
全く以てその通りであった。船を潰されれば仲間もろとも島から出られなくなる。自給自足ができなければ待つのは死だ。
――つまりそれは、ドミニクの逃げる様がスカジには船を壊すために水竜を誘導してきたように見えたということ。
「それは邪推だよ。僕がそんなことをする奴だって証拠はあるの?」
「お前さんがクロである証拠、それはもう握っておる。そのために部屋に忍び込んだ」
この航海の間、誰にも入らせなかった自室に入られた。それを知って少しずつ彼の顔から汗が出始める。
「へえ、鍵をかけていたのにどうやって入ったの?」
口先ではヘラヘラして平静を装っているが、動揺の感情がにじんできているのだろう。まるで自分自身にそんなはずはない、と必死に言い聞かせているかのようだ。
「簡単じゃよ。鍵開けの魔法を使ったのじゃ。わらわはいたずらの達人じゃからな」
息を飲んで聞く船員達。会話の中に混ざった妙な言葉に気を取られない程に。それだけ目の前の真実が気になっているのだ。
「そこで見つけたのがこれじゃ」
そして、スカジはその証拠を見せつけるように何かを取り出した。掲げられたのはガラス瓶。それには、赤い液体が確かに入っている。
それを見て船長が驚きの声を上げる。
「おいあんた、これって……」
「そうじゃ、皆の者。これが何かわかったようじゃな」
――そう、これは。
「――これは人間の血じゃ。奴の部屋にはこれと同じ瓶がたんまりとあったのじゃよ」
「……ッチ」
見られてしまった。盗まれた瓶を見た彼の顔には克明にそう書いてあった。
「はたしてこれは何に使うものなのかのお。わらわは最初、禁術にでも手を出すつもりかと思っていたわ」
最初はそう思っていた、ということはこれから出される答えは違うということだ。
一同の注目が集まる中、彼女はとうとう答えを口にした。
「――部屋に戻る際に、お前さんがジェフを殺して食べるところを見るまではな」
「殺して……食べる!?」
衝撃の一言に、誰もが言葉を無くし唖然としてスカジを見つめた。
だが、当の本人は相変わらず涼しい顔をしている。
「……あーあ、バレちゃった」
それがかえって不気味さを際立たせていた。
スカジの発言に全員が驚愕の表情を浮かべている。だが、ただ一人、ドミニクだけは笑っていた。
まるでバレても構わないと言わんばかりに。
「どういうことだ!? 教えてくれ!!」
船員全員が半ば恐慌状態となり口々にスカジに問う。それだけ信じられない言葉だったのだ。
「おい船長、みんな! 見てくれ!」
すると、副船長がジェフの近くに落ちていた手紙を見つけた。
恐る恐る中を広げ、全員に見せた。そこには信じられない内容が血文字で書かれていた。
VANPI……その次に恐らくRと思わしきアルファベットの書きかけがあった。恐らくヴァンパイアと書こうとした途中で、彼はこと切れたのだ。
「それだけではない。ジェフの喉を見てくれ」
さらにスカジが決定的な証拠として、遺体の喉を指さした。
「楕円形に肉がえぐり取られているじゃろう。これは人食いの食事の後、それも血のみを好んで食らうヴァンパイアのものじゃ」
ドミニクを見たまま固まる船員達。この用心棒が犯人であることは充分に伝わった。そしてジェフは用心棒の正体を知って殺されたということも。だが今度彼らを支配しているのは恐怖。
「……おめでとう、探偵さん。すべては君の言う通り。僕が彼を殺した犯人だ」
それから船旅は続く。大陸に着くはずの三日目の朝。今日船は無事港にたどり着くはずであった。
「……おい、何だこれは!!」
甲板に横たわっていたのは、血だらけになって倒れた仲間の亡骸。
黙って見つめるバーボチカ。横たわっていたのは昨日まで仲良く釣りをした友達、ジェフであった。
「ジェフ君……どうして……」
涙を流し亡骸に寄りそうバーボチカ。他の船員達も動揺を隠しきれない。
「……誰だい、こんなことをしやがったのはッ!!」
真っ先に叫びを上げたのは、他ならぬ船長であった。
「ジェフはいい奴だ。気の弱いところはあるけど、気配りができる大事なアタシらの仲間。お前らもそう思うよな?」
「はい!」
副船長の呼びかけに呼応する船員達。彼らは全員が互いを信じあっている。仲間を殺す動機がないことも含めて知り尽くした関係だ。つまり、この場にいる誰かが犯人ということ。
だが、誰もが互いを信じる中、船長は二人に疑惑を向ける。
「……ということは、犯人は新入りの誰かだね」
固い絆で結ばれた彼らが、船に乗ったばかりの新人を疑うのは必然的であった。
「ちょっと待ってください! なんで私達が彼を殺さないといけないのですか!!」
向けられた疑念の目にバーボチカが怒った。この船の上でできた一番の友達であったジェフを失ったばかりなのだ。自分自身が犯人と疑われて納得できるはずなどない。
「あんたらは水竜を殺すほどの狩人だ。その腕だけでも充分疑う理由になる」
カトラスの刃先を二人に向け、冷酷に言い放つ船長。彼女は本気で言っている。それがわかった時、バーボチカは怒りで目の前が見えなくなっていた。
――私はただ、ジェフ君の手伝いをしていただけなのに。それを、何もしていない人間から疑いの目で見られるなんてあんまりだ。
「何言っているんだ、船長!」
だが彼女の怒りを代弁するかのように、一人の船員が代わりに言い返す。
「あんたも見ていただろ! バーボチカはあんなにジェフになついてたんだ! こんないい子がジェフを殺すはずがねえだろ!」
「そうだそうだ! さすがに決めつけがすぎるぜ!!」
船員達が口を揃えて庇う。彼らが実際に見た二人の信頼は本物であった。それを疑うような言葉は船長が相手としても見過ごせるはずがない。
――だけど、このままだとまずい。
ジェフを殺したのが彼女ではないという証拠はない。むしろ状況的には彼女が怪しまれるのは自然。
――どうすればバーボチカが犯人じゃないと信じられる? 船員達の視線がバーボチカに集まる。だが、誰も彼もが彼女を信じて口々に説得した
「……確かにそうだな。この嬢ちゃんがジェフを殺すはずがない。アタシだって本当は疑いたくないさ」
しかしその熱意を信じたのか、船長は納得してくれたようだ。
「……でも、この嬢ちゃんが違うっていうなら他に疑えるのは誰だい?」
口を動かしながら、カトラスの向きを変える。
「そう、消去法であんたになるんだよ」
指したのはなんと、スカジの方であった。
「……確かこの姉ちゃんはよく夜中に船をうろついていたな」
バーボチカは知らないことだが、彼女は不審行動とみられるものをとっていた。夜に出歩くなんて何か企んでいる、そう思われても不思議ではないだろう。
ましてやこの殺人は、夜に起きたのだから。
「あ、ああ。俺もよく足音を聞いたぜ。部屋を出て確認したらこの姉ちゃんがいたよ」
バーボチカの時と違い、船員達は誰一人かばわなかった。証拠は不十分だが疑う根拠が明確にあるからだ。
「ふーん、それは怪しいねえ」
船長がゆっくりと歩み寄る。カトラスの白刃が、かすかに手ブレで揺れながら迫ってきた。
「そんな! 妖精王様がジェフ君を殺すなんて――」
「あんたは黙ってな!」
抗議を無視して詰め寄る船長。歩く度に揺れる白刃を前にしても、スカジは堂々としている。
「……正直に答えな。あんたがジェフを殺したのか?」
その問いに対して彼女は無言で首を横に振った。
「……まあそうだろうな。じゃあ潔白である証拠を示してもらおうか」
「その必要はない」
「ハァッ!?」
突飛すぎる一言に戸惑う船長。
「わらわは犯人を知っている。殺人の現場を見たのだから。なあ、ドミニクさんや」
意に介さずにらんだのは用心棒の男であった。
「……なんだい、お姉さん。僕を疑うのかい?」
突然の指名にも動揺しない。それどころか、余裕のある笑みを浮かべている。
だが、この状況ではどんな笑顔も不気味に見えるものだ。
――こいつが犯人なのか……。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。船長は覚悟を決めて切り込んだ。
「あんた、どういう理由でドミニクが怪しいと疑ったんだ?」
「わらわは疑ってなどいない。知っているのじゃよ。そう、お前さんがジェフを殺したという真実を」
「なんだって!?」
あまりに単刀直入な一言で、周りの船員達が騒ぎだす。
「アッハッハッハ」
一方、名指しされた本人は相変わらず涼しい顔をして笑っていた。
「そんなこと言う探偵さんなんて初めて見たよ。推理小説の真似? そんなセリフ書く作家なんて0点でしょ」
大事な仲間が死んだというのに、この男は何一つ緊張感のない口調でまくし立てた。
「……あっ」
しかし彼は周囲の空気に気が付いてそれをピタッと止めた。船員達が全員で己をにらんでいることに、気が付いたからだ。
「どうじゃ皆の者、ついにこやつの化けの皮がはがれたぞよ」
仲間を失い悲しむ者達の前で大笑い。ジェフの死を弔う気持ちなど何一つない。たとえ彼が犯人でなかったとしても、人として決して許されることのない愚行であった。
「……みんな、どうしたの? そんな怖い顔しないでよ~」
それでもなお、いつものように軽い調子で語りかけるドミニク。だが、誰も耳を傾けようとはしなかった。
「……あんた、ジェフはいつこいつに殺されたんだ?」
船長がスカジに詰め寄り問いただす。
「おい、なんでお前も僕を疑うんだよ」
「!?」
その決めつけてかかる船長の言葉を受け、ドミニクは露骨に気分を悪くしているようだ。
「さっきまでこのお姉さんが一番怪しいって言ってたじゃん」
船長をお前と呼びつけにする、雇われものの立場からは考えられない横柄な言葉遣い。ここまで来るともはや疑ってくれと言っているようなものであった。
「疑うなら、お前も殺すぞ」
剣を抜き構える。だが、船長は臆することなく逆に睨み返した。
「どうやら、あんたで間違いないようだね!!」
もはや自白と何も変わらない逆上に対して怒りに満ちた船長の叫びが、船上に響き渡った。
「まあ待つのじゃ」
「!?」
「裁判は証拠を握った上でするもの。感情論で語る前にわらわの証言を聞いておくれ」
スカジは船長を押しとどめると、ドミニクに向き合った。
用心棒の正体●
「おい、なんでお前も僕を疑うんだよ。さっきまでこのお姉さんが一番怪しいって言ってたじゃん」
船長をお前と呼びつけにする、雇われものの立場からは考えられない横柄な言葉遣い。ここまで来るともはや疑ってくれと言っているようなものであった。
「疑うなら、お前も殺すぞ」
剣を抜き構える。だが、船長は臆することなく逆に睨み返した。
「どうやら、あんたで間違いないようだね!!」
もはや自白と何も変わらない逆上に対して怒りに満ちた船長の叫びが、船上に響き渡った。
「まあ待つのじゃ」
「!?」
「裁判は証拠を握った上でするもの。感情論で語る前にわらわの証言を聞いておくれ」
スカジは船長を押しとどめると、ドミニクに向き合った。
――これでこの男が犯人だと確定する。両陣営がそう思った時、お互いが武器を下ろしスカジの証言に耳を傾け始めた。
「わらわは前からこやつを疑っていたのじゃ。最初に怪しいと思ったのは水竜に襲われて逃げてきた時じゃな」
「……そんなに前から目星を付けていたのかい」
ドミニクを疑っていることを聞いていたのは副船長だけ。その彼女すら疑っていた理由は知らされていないらしい。
「副船長さんに聞いたぞ。お前さんはギルマンの群れを相手にしてもお仲間さんを死なせず守り抜いたそうじゃな。そんな腕の立つ戦士が水竜を相手に尻尾を巻いて逃げてきた……」
「……確かに、あんなに強いなら一人でも充分勝てそうなのに」
それに対しスカジが手のひらを突き出し制止した。
「いや、副船長さん。これだけで疑うのはかわいそうじゃ」
思わせぶりな言葉。もったいぶって疑った理由を話そうとしない。
「逃げることは恥ではない。むしろ勝てない相手に戦いを挑み死ぬ方が本当の恥じゃ」
それが焦らされているようで、船員達はじれったそうにしている。
「勝てない相手には戦わずに逃げることも時に戦士に必要な能力じゃろう」
無関係な話が、ようやくひと段落したところで、容疑者が怒りの声を上げる。
「だったらなんで僕を疑うの?」
「そうだぞ! いいから早く言えよ!」
怒るのは、傍聴人達もだった。
「俺達はなんでこいつがジェフを殺したのかを知りたいんだ!」
船員達が口々にドミニクを罵り、急かす声が上がる中、スカジは悠然とした態度でその問いに答えた。
「それはお前さんが水竜を付かず離れずの距離感で連れてきたからじゃよ」
「――お前さん、もしあのまま船が壊されたらどうするつもりだったのじゃ」
全く以てその通りであった。船を潰されれば仲間もろとも島から出られなくなる。自給自足ができなければ待つのは死だ。
――つまりそれは、ドミニクの逃げる様がスカジには船を壊すために水竜を誘導してきたように見えたということ。
「それは邪推だよ。僕がそんなことをする奴だって証拠はあるの?」
「お前さんがクロである証拠、それはもう握っておる。そのために部屋に忍び込んだ」
この航海の間、誰にも入らせなかった自室に入られた。それを知って少しずつ彼の顔から汗が出始める。
「へえ、鍵をかけていたのにどうやって入ったの?」
口先ではヘラヘラして平静を装っているが、動揺の感情がにじんできているのだろう。まるで自分自身にそんなはずはない、と必死に言い聞かせているかのようだ。
「簡単じゃよ。鍵開けの魔法を使ったのじゃ。わらわはいたずらの達人じゃからな」
息を飲んで聞く船員達。会話の中に混ざった妙な言葉に気を取られない程に。それだけ目の前の真実が気になっているのだ。
「そこで見つけたのがこれじゃ」
そして、スカジはその証拠を見せつけるように何かを取り出した。掲げられたのはガラス瓶。それには、赤い液体が確かに入っている。
それを見て船長が驚きの声を上げる。
「おいあんた、これって……」
「そうじゃ、皆の者。これが何かわかったようじゃな」
――そう、これは。
「――これは人間の血じゃ。奴の部屋にはこれと同じ瓶がたんまりとあったのじゃよ」
「……ッチ」
見られてしまった。盗まれた瓶を見た彼の顔には克明にそう書いてあった。
「はたしてこれは何に使うものなのかのお。わらわは最初、禁術にでも手を出すつもりかと思っていたわ」
最初はそう思っていた、ということはこれから出される答えは違うということだ。
一同の注目が集まる中、彼女はとうとう答えを口にした。
「――部屋に戻る際に、お前さんがジェフを殺して食べるところを見るまではな」
「殺して……食べる!?」
衝撃の一言に、誰もが言葉を無くし唖然としてスカジを見つめた。
だが、当の本人は相変わらず涼しい顔をしている。
「……あーあ、バレちゃった」
それがかえって不気味さを際立たせていた。
スカジの発言に全員が驚愕の表情を浮かべている。だが、ただ一人、ドミニクだけは笑っていた。
まるでバレても構わないと言わんばかりに。
「どういうことだ!? 教えてくれ!!」
船員全員が半ば恐慌状態となり口々にスカジに問う。それだけ信じられない言葉だったのだ。
「おい船長、みんな! 見てくれ!」
すると、副船長がジェフの近くに落ちていた手紙を見つけた。
恐る恐る中を広げ、全員に見せた。そこには信じられない内容が血文字で書かれていた。
VANPI……その次に恐らくRと思わしきアルファベットの書きかけがあった。恐らくヴァンパイアと書こうとした途中で、彼はこと切れたのだ。
「それだけではない。ジェフの喉を見てくれ」
さらにスカジが決定的な証拠として、遺体の喉を指さした。
「楕円形に肉がえぐり取られているじゃろう。これは人食いの食事の後、それも血のみを好んで食らうヴァンパイアのものじゃ」
ドミニクを見たまま固まる船員達。この用心棒が犯人であることは充分に伝わった。そしてジェフは用心棒の正体を知って殺されたということも。だが今度彼らを支配しているのは恐怖。
「……おめでとう、探偵さん。すべては君の言う通り。僕が彼を殺した犯人だ」