狩人への試練!!
文字数 3,509文字
道草食いの用心棒
――船長の依頼を受け、手入れした弓を準備して狩りに出向こうとバーボチカは急ぐ。
「……船長、話の途中ですまないけど、いいかい?」
そこに再び現れた副船長。苦々しい表情から、何か良くないことがあったことがうかがえる。
「どうしたんだい?」
「ドミニクがまたいなくなった」
「ハアァー!?」
周囲の視線を集める激しい怒りの叫び声。それはもちろん海賊の長のものだ。
彼女はそのまま副船長に詰め寄り、彼女の肩を掴む。身長差から、下から睨み上げるような形になっている。
だがそれでも、海賊の長は衝動のままに強い口調で問いただしていた。
「またあいつ道草食ってんの!? 次やったらクビって言ったのに!!」
わずかながら根底に愛情があったこれまでとは明らかに違う。本物の逆鱗に触れてしまった。バーボチカはそんな印象を抱いた。
「あんた達!」
一気に二人へ迫る船長。
「……どうしたんですか?」
「今すぐドミニクを探してくれないか!? 食料はいいから!」
彼がいなくなったというのは余程の緊急事態なのか、先程までの威厳など捨て去って必死に頼み込む。
「あの、ドミニクさんってどんな人ですか?」
――その時、副船長が代わりに説明した。
ドミニクは彼らアレクシア海賊団の用心棒。すごく腕の立つ男で、今まで雇ってきたどの用心棒よりも確実に強いと断言できるほどの実力がある。無論元から海賊団に所属する戦闘員と比べても圧倒的な強さだそうだ。
今積み込んでいる財宝も、昨日半魚人ギルマンのテリトリーである洞窟から運び出したもの。彼がいなければ手に入れることは到底できなかっただろう。
「……あのギルマンをっ」
ギルマンは極めて危険な魔物だ。縄張りを侵す外敵を決して許さない彼らは、侵入者を見つけたら集団連携で襲いかかる。優秀な狩人でも出会えば命の保障はない。この島での分布域は非常に広く、川や池には決して近寄ってはならないのだ。
水域を支配する恐怖の悪魔とも言える彼ら。それを倒せるドミニクは極めて優秀な戦士だろう。用心棒としての実力は船員から信頼されているに違いない。
「だけどあいつはいつも勝手にいなくなるから探すのに骨が折れるのさ。今のところ大事な場面ではキチンと働いているけどね」
だが彼はその功績を全て台無しにする欠点を持っていた。
見知らぬ土地で勝手にいなくなる。功績を帳消しにして大きくマイナスとなる欠点だろう。
次やったらクビという言葉から見るに、最初の数回は見過ごせたのかもしれない。いや、見過ごそうと努力していたというべきか。
既に限界を超えたその怒りを見るに、ドミニクはその思いを何度も踏みにじってきたのだろう。
「あ、顔の特徴を言ってなかったな。銀髪で女みたいな顔をしたガキさ。まあ嬢ちゃんよりはちょっと大きいけど」
「女みたいなってことは男の子なんですか?」
「そうだよ。それもかなり女好きでね。みんな何度か口説かれたよ」
それ以外の私生活にも問題があるらしい。荒くれ者の集う中でも口説きを忘れない程の女好きは、ナンパ男と呼ぶには一周回って豪胆である。
それでも大事な仲間と見られていることは、用心棒として上げた利益が本物である証明なのだろうか。だとすれば相当厄介な性格をしているようだ。
「……ん?」
スカジが何かに気が付く。来た方向の先側を注視していた。
「どうしたんですか?」
尋ねようとしたところ、聞いたことのない音が響いた。船員達はそれを受けて作業の手を止める。全員が鳴り響いた方向を見た。
「……今のは、何だい?」
岸の遥か先から聞こえたそれは危険が迫っていることを示すものだ。
「ああ、今のは水竜の咆哮じゃ」
「水竜だってぇ!? この島、ドラゴンがいるのかい!?」
水竜――船乗りなら知らないはずのない魔物。用心棒のいないこの状況で出会ったら間違いなく最悪の敵だ。
「まずいよ姉御、そんな奴が来たらアタシらだと太刀打ちできないぞ」
「ンモォー! なんでこういう時に限っていないんだよォ!!」
響いたのは助けを求める悲鳴。バーボチカが来た方向とは反対側から聞こえた。
「助けてー!!」
「……今の声、ドミニクじゃねえか!?」
次の瞬間には彼女らの言う通りの人相の男が現れた。しかも背後には魔物を連れて。
「ウゲッ、本当に来た!?」
三十メートルを超える全長に魚の顔、ヒレのような翼に赤いうろこ。細くも強靭な足で己の全体重を支え、目の前の獲物を食おうと襲い掛かる。それがバーボチカ達の知る限り最強の魔物であった。
しかし、その怪物は今にも食われそうな少年を追っている。
――ドミニクが襲われる前に助けなくては。
「バーボチカ、どうやら今日の獲物が決まったみたいじゃな」
バーボチカがそう思った時にはもう、船員達が怯えて逃げ惑っていた。スカジは狩り甲斐のある獲物が来たと喜んでいた。
「早く仕留めましょう! 船と皆さんを守るんです!」
弓を構え前に出るバーボチカ。
「もちろんじゃ!」
海岸線での激突●
逃げる船員を潜り抜け、水竜の前に立つ二人。その間にドミニクも森の中へ逃げる。
いくら地上での活動が可能でもベースは水棲生物。アウェー戦を行うほどの好戦性もないため、彼を追うことはなかった。
「バーボチカ、わらわが肉薄して隙を作る! その間に弓で援護するのじゃ!」
「わかりました!」
槍を構え前に出るスカジ。自ら食われに来たと思ったのか、水竜が牙を立てる。
「遅い!」
しかし自ら囮を買って出ただけあってか、彼女の身のこなしは完璧。軽く体を逸らすだけでかわし、追撃に出る。
穂先で地面を突き、舞うスカジ。軽々と頭に飛び乗った。
「ふん!!」
すぐさま反撃へ。槍を突き刺し、大きくひるませる。
「オォォッ!?」
そこをバーボチカが射撃。ここぞとばかりに頭を撃ち、すぐに次の矢をつがえる。
「む、危ないバーボチカ!」
「!?」
飛び降り離れるスカジ。水竜の水鉄砲だ。正面めがけてほのかに緑色のついた水が放たれる。
「わーっと!?」
全力で逃げるバーボチカ。直撃せずに済んだが、水竜は再び発射体制に移る。完全に狙われていた。
「こやつは飲み込んだ水に毒を混ぜて吐くぞ! 着弾点には近寄るな!」
「それ、もっと早く言ってください!」
文句を言いながらも再び射撃するバーボチカ。再び頭に命中。度重なる攻撃に怯み、的外れな方向へ水を吐く水竜。
確実に弱っている。頭からは血が滴り、口からは毒液が垂れ流しになっていた。
「オアァッー!!」
最後の抵抗か、またバーボチカに水鉄砲を放とうとする水竜。
「おっと、させんぞ!」
しかしスカジはこの時を待っていた。魔法を使い、冷気の風圧を水竜の頭に浴びせる。
「オォォッ!?」
口に冷気を注がれたから、この一発だけで動けなくなった。毒水が喉から出る前に冷え固まったのだ。
「オォォォ……」
横たわる巨体。あっという間に窒息死してしまった。
「……ふーう、これで終わりじゃの」
念のため喉を斬り裂きトドメを刺す。これでもう、二度と立ち上がることはない。
「おいおい……本当にこいつ、倒しちまったのかい?」
呆然とした船長が水竜の亡骸を見に来た。
「おお、船長さんや。よく来たの。約束の食料が用意できたぞ。これなら全員で食べても三日分以上はあるじゃろ」
仕留めた獲物に指をさし自慢するスカジ。彼女もバーボチカと同様狩りが大好きなのだ。
「……これ、食えるのかい?」
「ああ、水竜はとても美味しいのじゃ。一生ものの思い出になるぞ」
――二人が話し込んでいる間、バーボチカは一人で森に入っていく。
「ドミニクさーん、どこですかー? もう危ないドラゴンは倒しましたよー!」
皆が仕留めた水竜に注目している中、彼女だけはドミニクの心配をしていた。
「お仲間さんも心配しているから早く出てきてくださーい!」
「…………」
呼びかけを続けていると、ドミニクが茂みから這い出てきた。怯えている素振りはなぜかなく、妙にいら立っているような顔。
「……どうやらケガはなさそうですね。さ、早く帰りましょう! みんな待っていますよ!」
「…………」
黙ってバーボチカを見つめるドミニク。何か不満げだ。
「……もしかして、船長さんに怒られるのが怖いのですか?」
「平気だよ。それは自分で何とかする」
立ち上がり船に戻って行くドミニク。その道の中で水竜を運び積み込む船員達が見えた。
「あ、今日はごちそうですよー。あの水竜をみんなで食べましょう! きっとすごくおいしいです!」
返事もせず、一人で戻って行くドミニク。
「……そんなに怖かったのかな?」
バーボチカはなぜ彼がこんなにも無愛想なのかがわからなかった。
――船長の依頼を受け、手入れした弓を準備して狩りに出向こうとバーボチカは急ぐ。
「……船長、話の途中ですまないけど、いいかい?」
そこに再び現れた副船長。苦々しい表情から、何か良くないことがあったことがうかがえる。
「どうしたんだい?」
「ドミニクがまたいなくなった」
「ハアァー!?」
周囲の視線を集める激しい怒りの叫び声。それはもちろん海賊の長のものだ。
彼女はそのまま副船長に詰め寄り、彼女の肩を掴む。身長差から、下から睨み上げるような形になっている。
だがそれでも、海賊の長は衝動のままに強い口調で問いただしていた。
「またあいつ道草食ってんの!? 次やったらクビって言ったのに!!」
わずかながら根底に愛情があったこれまでとは明らかに違う。本物の逆鱗に触れてしまった。バーボチカはそんな印象を抱いた。
「あんた達!」
一気に二人へ迫る船長。
「……どうしたんですか?」
「今すぐドミニクを探してくれないか!? 食料はいいから!」
彼がいなくなったというのは余程の緊急事態なのか、先程までの威厳など捨て去って必死に頼み込む。
「あの、ドミニクさんってどんな人ですか?」
――その時、副船長が代わりに説明した。
ドミニクは彼らアレクシア海賊団の用心棒。すごく腕の立つ男で、今まで雇ってきたどの用心棒よりも確実に強いと断言できるほどの実力がある。無論元から海賊団に所属する戦闘員と比べても圧倒的な強さだそうだ。
今積み込んでいる財宝も、昨日半魚人ギルマンのテリトリーである洞窟から運び出したもの。彼がいなければ手に入れることは到底できなかっただろう。
「……あのギルマンをっ」
ギルマンは極めて危険な魔物だ。縄張りを侵す外敵を決して許さない彼らは、侵入者を見つけたら集団連携で襲いかかる。優秀な狩人でも出会えば命の保障はない。この島での分布域は非常に広く、川や池には決して近寄ってはならないのだ。
水域を支配する恐怖の悪魔とも言える彼ら。それを倒せるドミニクは極めて優秀な戦士だろう。用心棒としての実力は船員から信頼されているに違いない。
「だけどあいつはいつも勝手にいなくなるから探すのに骨が折れるのさ。今のところ大事な場面ではキチンと働いているけどね」
だが彼はその功績を全て台無しにする欠点を持っていた。
見知らぬ土地で勝手にいなくなる。功績を帳消しにして大きくマイナスとなる欠点だろう。
次やったらクビという言葉から見るに、最初の数回は見過ごせたのかもしれない。いや、見過ごそうと努力していたというべきか。
既に限界を超えたその怒りを見るに、ドミニクはその思いを何度も踏みにじってきたのだろう。
「あ、顔の特徴を言ってなかったな。銀髪で女みたいな顔をしたガキさ。まあ嬢ちゃんよりはちょっと大きいけど」
「女みたいなってことは男の子なんですか?」
「そうだよ。それもかなり女好きでね。みんな何度か口説かれたよ」
それ以外の私生活にも問題があるらしい。荒くれ者の集う中でも口説きを忘れない程の女好きは、ナンパ男と呼ぶには一周回って豪胆である。
それでも大事な仲間と見られていることは、用心棒として上げた利益が本物である証明なのだろうか。だとすれば相当厄介な性格をしているようだ。
「……ん?」
スカジが何かに気が付く。来た方向の先側を注視していた。
「どうしたんですか?」
尋ねようとしたところ、聞いたことのない音が響いた。船員達はそれを受けて作業の手を止める。全員が鳴り響いた方向を見た。
「……今のは、何だい?」
岸の遥か先から聞こえたそれは危険が迫っていることを示すものだ。
「ああ、今のは水竜の咆哮じゃ」
「水竜だってぇ!? この島、ドラゴンがいるのかい!?」
水竜――船乗りなら知らないはずのない魔物。用心棒のいないこの状況で出会ったら間違いなく最悪の敵だ。
「まずいよ姉御、そんな奴が来たらアタシらだと太刀打ちできないぞ」
「ンモォー! なんでこういう時に限っていないんだよォ!!」
響いたのは助けを求める悲鳴。バーボチカが来た方向とは反対側から聞こえた。
「助けてー!!」
「……今の声、ドミニクじゃねえか!?」
次の瞬間には彼女らの言う通りの人相の男が現れた。しかも背後には魔物を連れて。
「ウゲッ、本当に来た!?」
三十メートルを超える全長に魚の顔、ヒレのような翼に赤いうろこ。細くも強靭な足で己の全体重を支え、目の前の獲物を食おうと襲い掛かる。それがバーボチカ達の知る限り最強の魔物であった。
しかし、その怪物は今にも食われそうな少年を追っている。
――ドミニクが襲われる前に助けなくては。
「バーボチカ、どうやら今日の獲物が決まったみたいじゃな」
バーボチカがそう思った時にはもう、船員達が怯えて逃げ惑っていた。スカジは狩り甲斐のある獲物が来たと喜んでいた。
「早く仕留めましょう! 船と皆さんを守るんです!」
弓を構え前に出るバーボチカ。
「もちろんじゃ!」
海岸線での激突●
逃げる船員を潜り抜け、水竜の前に立つ二人。その間にドミニクも森の中へ逃げる。
いくら地上での活動が可能でもベースは水棲生物。アウェー戦を行うほどの好戦性もないため、彼を追うことはなかった。
「バーボチカ、わらわが肉薄して隙を作る! その間に弓で援護するのじゃ!」
「わかりました!」
槍を構え前に出るスカジ。自ら食われに来たと思ったのか、水竜が牙を立てる。
「遅い!」
しかし自ら囮を買って出ただけあってか、彼女の身のこなしは完璧。軽く体を逸らすだけでかわし、追撃に出る。
穂先で地面を突き、舞うスカジ。軽々と頭に飛び乗った。
「ふん!!」
すぐさま反撃へ。槍を突き刺し、大きくひるませる。
「オォォッ!?」
そこをバーボチカが射撃。ここぞとばかりに頭を撃ち、すぐに次の矢をつがえる。
「む、危ないバーボチカ!」
「!?」
飛び降り離れるスカジ。水竜の水鉄砲だ。正面めがけてほのかに緑色のついた水が放たれる。
「わーっと!?」
全力で逃げるバーボチカ。直撃せずに済んだが、水竜は再び発射体制に移る。完全に狙われていた。
「こやつは飲み込んだ水に毒を混ぜて吐くぞ! 着弾点には近寄るな!」
「それ、もっと早く言ってください!」
文句を言いながらも再び射撃するバーボチカ。再び頭に命中。度重なる攻撃に怯み、的外れな方向へ水を吐く水竜。
確実に弱っている。頭からは血が滴り、口からは毒液が垂れ流しになっていた。
「オアァッー!!」
最後の抵抗か、またバーボチカに水鉄砲を放とうとする水竜。
「おっと、させんぞ!」
しかしスカジはこの時を待っていた。魔法を使い、冷気の風圧を水竜の頭に浴びせる。
「オォォッ!?」
口に冷気を注がれたから、この一発だけで動けなくなった。毒水が喉から出る前に冷え固まったのだ。
「オォォォ……」
横たわる巨体。あっという間に窒息死してしまった。
「……ふーう、これで終わりじゃの」
念のため喉を斬り裂きトドメを刺す。これでもう、二度と立ち上がることはない。
「おいおい……本当にこいつ、倒しちまったのかい?」
呆然とした船長が水竜の亡骸を見に来た。
「おお、船長さんや。よく来たの。約束の食料が用意できたぞ。これなら全員で食べても三日分以上はあるじゃろ」
仕留めた獲物に指をさし自慢するスカジ。彼女もバーボチカと同様狩りが大好きなのだ。
「……これ、食えるのかい?」
「ああ、水竜はとても美味しいのじゃ。一生ものの思い出になるぞ」
――二人が話し込んでいる間、バーボチカは一人で森に入っていく。
「ドミニクさーん、どこですかー? もう危ないドラゴンは倒しましたよー!」
皆が仕留めた水竜に注目している中、彼女だけはドミニクの心配をしていた。
「お仲間さんも心配しているから早く出てきてくださーい!」
「…………」
呼びかけを続けていると、ドミニクが茂みから這い出てきた。怯えている素振りはなぜかなく、妙にいら立っているような顔。
「……どうやらケガはなさそうですね。さ、早く帰りましょう! みんな待っていますよ!」
「…………」
黙ってバーボチカを見つめるドミニク。何か不満げだ。
「……もしかして、船長さんに怒られるのが怖いのですか?」
「平気だよ。それは自分で何とかする」
立ち上がり船に戻って行くドミニク。その道の中で水竜を運び積み込む船員達が見えた。
「あ、今日はごちそうですよー。あの水竜をみんなで食べましょう! きっとすごくおいしいです!」
返事もせず、一人で戻って行くドミニク。
「……そんなに怖かったのかな?」
バーボチカはなぜ彼がこんなにも無愛想なのかがわからなかった。