第14話 ふたつにひとつ

文字数 2,584文字




 王女が向かう先、兵士が構える盾の壁。その内側の中心から、小さな光をともした細い柱が立ち上がった。
 ふさがれた天へとのびる槍の先へは、王女にも見覚えのある虫明りが下がっている。戦闘に危機を感じた甲虫が中でせわしなく飛び回り、かぶさる闇を押しとどめようと、頼りない光を四方へ投げかけていた。

 王女は右に左に敵を打ち払いながら、虫明かりを目指して後退した。
 我らが王が王女を伴い戻ってくる。並んだ二人の姿を見とめただけで、討伐隊の士気がまたひとつ上がったように思える。水浸しの戦場で、彼らの熱気が吐く息となって白く見えていた。

 盾の後ろへと、足を引きずる騎士とそれを助ける王女を迎え入れる間も、その周囲では戦闘が行われていた。壁を作る兵士は、盾を構えることだけをしているわけではない。盾の隙間から弓矢を射かけ銃を撃ち、槍を繰り出して敵を突き、外の仲間を援護し続けている。
 王女は、足場の悪い中も懸命に闘い続ける皆の背や手当を受ける負傷者たちを、ひとりひとり見やっていく。討伐隊の兵士たちと視線やうなずきを交わし、彼らの労をねぎらいつつ、陣の中心の明りの下へ急ぎ向かった。

 虫明りをかかげているのは、王女の従者だ。こちらへ来る主の少女の姿を目にし、戦場では場違いなほどの笑みをこぼす。それを見た王女もまた、見事役目を果たした幼なじみへ微笑みを投げかけずにはいられなかった。
 従者の少年はその微笑みで、すべてが報われたと思った。


 泥に埋まっていた小さな包みの油紙を開いて、中を確かめる。包みの中は旅人も使った爆鳴光と似た、火薬の筒だ。
 壁から垂れ下がった縄の向こうは池の中へと繋がっていて、こちら側の端を筒の取っ手に、しっかりと結びつけた。
 剣を抜き、腰から鞘を外す。縄の後ろへ鞘を挟んで壁へと立てかけると、角度が間違ってはいないか、池をのぞいて何度も確認した。ここが違えば、水の泡だからだ。
 箱明かりのために持っていた燐寸(マッチ)を一本取り出し、用心に片手で覆って隠しながら箱で擦り、筒の底の短い導火線に火を付ける。そして、その場をすばやく離れた。
 小さな筒は一拍置いて剣の鞘を叩き、吹き飛んだ。外側に仕込まれた火薬が一気に燃えた衝撃で、縄の先は跳ね上がる。
 縄の中間には重石が繋がれている。ぴんと張った縄に導かれ、火の玉は宙に弧を描き、水へと飛び込む。池のふちに沈められた樽を目掛けて、泡と火を吐き、筒が沈んでいく。
 外側の炎は消えても、時間差で筒の中へと到達した導火線の火は消えなかった。内側の火薬を一気に燃え上がらせ、木っ端みじんに筒を吹き飛ばす。
 その衝撃で、樽のふたの内側の点火装置が目を覚ました。鳥撃ち銃の撃鉄によく似た装置が、樽の中へ仕込まれているのだ。
 この鉱石は金属で打ってやると、火花を起こす。
 いつか聞いた親方の声が少年の耳に蘇り、それと共に、強力な火薬をたっぷりと詰めた樽が水中で爆発、水柱が上がる。その衝撃が池を内側から崩したというわけだ。


 水の中のような不安定な場所は、昔ながらのやり方が一番だとも親方は言っていた。
 この仕組みを敵に見つかる前に仕掛け終えた元鉱脈掘りの兵士の仕事ぶりときたら、実に見事なものだ。見たことがあるというだけで残りの作業を独りでやりきった従者の少年も、負傷した彼の役に立てたことが誇らしかった。
 王女は微笑みで成功を祝福し、幼なじみへたずねた。

「ルクセルは?」

 従者の少年がここへこうして皆と合流しているということは、旅人もまた、ここへいなくてはならないはずだ。しかし、特徴あるルクセルの姿は陣形の内側のどこにもなかった。

「ここへ連れて来てくれた後すぐに、また出て行きました。水が引く前に出口を固めて、みなで地上へ帰れと言い残して」

 旅人は一瞬たりとも留まりはしなかった。
 空堀で息をひそめ、慣れない剣を泥だらけの手に握って討伐隊と合流する機会をうかがっていた少年を兵士の元へ送ると、そのまま戦場へ戻って行った。異形の者たちを動かぬ踏み台とでも思っているのか、やつらの頭や背を跳び渡って行った姿は、空堀の向こうに消えてから見ていない。

 それを聞いた王女は顔を上げた。虫明りへ向けているその顔は、どこか違うところを見ている。最終決戦の決定を下した時の父王のように決然とした横顔を従者へ見せて、王女は告げた。

「地上まで皆の誘導を頼みます」

「え!」と、従者の少年が大きな声を上げたのは、王女の言ったことに驚いたからではない。その言葉を残し、王女が陣の外へと向かって駆け出したからだ。

 王女の行動に驚かされたのは、従者だけではなかった。
 王様は、水しぶきをあげて戦場を駆け抜け、土手の向こうへ駆けた王女を、兵士たちと同じ、驚きのあまり追うこともできなかった。目の端に見とめた娘の姿に、迫る敵を闇雲に切り捨てて視界を開き、立ち尽くす。
 あっという間に城の中へと見えなくなった王女の姿は王様へ、あの年ごろには賊の討伐に戦場を駆けていた若き日の己を彷彿とさせた。
 だからといって、このままで良いはずはない。しかし、王女がなにをするつもりか重々にわかっているからこそ、王様は動けずにいた。娘の父である前に、追うか追わざるか、決断しなければならぬ立場にいるのだ。

 異形の敵は、まだまだ多い。さらに水が引き、このまま戦いが長引けば、その半分もいないこちらの負けも見えてくる。赤玉の王は、未だその姿も見せない。魔術師も健在だ。こちらにはもう、切る札もなかった。

 生き残って敗走できたとして、異形の王が軍勢を率い、地上まで追ってくることは容易に想像できた。
 ここで撤退し兵力を立て直さなければ、それを迎え撃つのは難しい。なにより、ここで討伐隊が敗れれば、地上へ悪魔を野放しにすることになる。異形の悪魔は夜の闇でしか動けぬとはいえ、誰も国には戻れなくなるだろう。

 王女を追い、赤玉の王を探して根城へ突っ込み、このまま命尽きるまで闘い続けるのか。今すぐ撤退し、迎撃の準備を整えるのか。
 二つに一つ、答えを選ぶのは簡単だ。命を賭けて付いて来てくれたからといって、皆を道連れにここで力尽きる訳にはいかない。
 しかし、王様は何をためらっているのか。動かぬ己の足をそのままにして、襲い来る異形の敵を次々としりぞけながら、ただその顔を、いびつな城へと向けていた。


 




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