第8話 根城

文字数 2,594文字



 
 赤い点が、兵士たちを取り巻いていた。
 燃えさしの木炭のようにその目を光らせた異形の者たちが、地上から来た者たちを取り囲んでいる。そこここに転がった岩のような大小のいびつな影が各々に身震いし、にごった赤い瞳で獲物を見定めていた。

 地底の川が流れた跡か、砂州のようになったところを決戦の場として、王様率いる討伐隊と赤玉の王のしもべなる異形の者たちが、にらみあっている。
 その光景を照らし出すのは、兵士たちが掲げるたいまつだ。戦場の向こうの闇にも明かりが見える。砂州を区切る土手の向こうにそびえたつ奇岩の塔、赤玉の王の城からは、揺らいだ光が穴をうがっただけの窓から漏れていた。

 まだ決戦の火ぶたは切って落とされたわけではない。兵士の構える鳥撃ち銃は硝煙を上げてはおらず、抜かれた剣も振るわれてはいなかった。
 双方が何ゆえ、にらみあったままで動かぬのかといえば、一方的な交渉が行われていたからだ。地下に空いた広大な空間に、うつろに響く抑揚のない声。その話を切れ切れに耳にすると、ここへそれらしき姿が見えぬ異形の王は、地上の国へと受け入れがたい要求をしているらしい。
 魔術師が着るような裾の長い衣を頭からすっぽりとかぶった、ずいぶんと腰の曲がった男が一方的に、異形の王の意思を伝えている。
 ここで命を捨てるくらいならその兵をそのまま他国へと率いて、奪えるものは金銀財宝のみならず、田畑も家畜もそこで暮らす人も、地上のすべてを赤玉の王のために手に入れよというのだ。

 そんなもの、受け入れられるはずがない。ここにいる兵士は異形の者たちを討伐し、祖国を救うために来たのであり、赤玉の王の命ずるままに動く、しもべや配下となるために命を賭けているのではないのだ。
 そう父王に代わって声を上げ、きっぱりと断わりを入れてしまいたいところだが、王女は自分の奥歯をかみしめて、その場をやり過ごした。

 砂州を迂回し、干上がった地底の川べりを、土手に身を潜めて進む。王女が出てゆかなくても、地の上にある一国の統治者が「断わる」と一言、言って返した。しかし、魔術師は拒絶の言葉も意に反さず、同じ要求をもう一度、言い募る。
 それもそうだろう。兵士を取り囲む異形の軍勢は、昼日中の陽射しを苦手としているらしく、襲撃に地から這い出てくるのはいつも夜半であった。
 それでは他国に攻め込もうにも容易には動けない。この国の地下に張り巡らされた坑道を使ったところで、一番近い国境までは丸一日を有する。

 異形の軍勢の代わりに、太陽の下で戦う者がいるのだ。そのために赤玉の王は討伐隊を、ここまで無傷で引き入れたのだろう。
 どうしてもその要求を呑んでもらわねばならないらしく、話にもならぬ交渉は堂々めぐりを続けている。その間も双方の戦士たちは、いつでも動けるようにと武器を構え、互いをにらみつけていた。

 にらみ合いの場にそれらしき姿が見えないのなら、異形の王はこの眼前の城の中にいると思われる。王女と従者、旅人の三人で大勢を相手に戦うことは無理でも、隙をつき、赤玉の王を打ち倒すことはできるはずだ。
 異形の者の根城を前にして、王女は決意も新たに前へと進む。見つからぬように虫明かりには覆いをかけ、従者が腰へとさげていた。

 うす暗い中を滑る足元に注意して、ルクセルを先導に土手と岩場に身を隠し、三人はじりじりと敵の根城へ近づいて行った。
 崩れかけた尖塔のような異様な影を自身が放つ明かりの中へと浮き立たせて、奇岩の城は建っている。城の内からこぼれる明かりにほっと息をついている自分に気づいて、従者の少年は、これだからだめなんだと己が一層情けなくなった。
 明かりのもれるその窓のどこかへ、まだ見ぬ宿敵の姿がないかと目をこらしていた王女は、側に転がっていた物にぬかるみで滑らせた手が当たるまで気づきもしなかった。

「そんな、ここは城の真下なの!」

 ひそやかだが驚いた声音に、前を行くルクセルと従者が、王女へ目をやる。

「お城の地下なのですか、ここは?」

 そう聞き返した従者に王女は、側に転がる白い石のかたまりを指差した。石の表面にこびりついた泥の下に、女性の顔のようなものがある。それから王女は、ここから続く深みに目をやり、その所々にあるものが何なのかに気づいた。

「ええ、そこの石は城の庭にあった彫像の頭よ。あちらに浸かっている石柱は、その近くにあった石のあずま屋だわ。おぼえているでしょう、二人でよく、そこで遊んだじゃない。だから事故が起こったとき、私たちが巻き添えにならなくてよかったと、しつこく何度も言われたものだわ」

 従者も、二度三度とうなずいて言った。

「おぼえてます! 井戸の側にあった、白いあずま屋ですね。井戸とその周りが沈んで庭に大穴ができ、あずま屋も地下へと崩れ落ちてしまって、それごと埋められたんでした。たしか、お城の近くの坑道が老朽化して崩落した影響でそうなったんだと、後で聞きましたけれど」

「まさか、異形の者たちが、自分たちの足元に潜んでいたなんて」

 王女はまた、その目を奇岩の城へと向けた。高みにある岩盤の天井は、地下の城とその周囲のものすべてにのしかかるようにして、闇と一体となっている。その分厚い大地の上に陽の光が注いでいるとは、この光景だけながめていては想像も出来そうにない。
 なお暗い堀の内に潜んだ三人は、よどんだ深みのふちを周り、異形の者たちの背後の土手へと出て、さらに城への跳ね橋の下まで行った。

 ルクセルは不意に歩を止めて、王女と従者へたずねた。

「ここが空堀になっているのは、なぜ? 元から水がないわけではないのに」

 ルクセルのひざも王女の服の裾も従者の手足も、ぬかるんだ泥で汚れている。従者はひとつひらめいて、主より先に意見した。

「ひと月ほど前に季節外れの嵐がきて、めずらしく大雨が降ったんです。坑道にも大量の雨水が流れ込んだはずですよ。それの排水をしたのではありませんか?」

 なるほどと答えたルクセル同様、王女も納得してうなずいてくれる。従者は、ほんの少しでも充足感をおぼえて、強ばった表情を幾らかやわらげた。
 少年の緩んだ気持ちを叱り飛ばしでもするように、戦場から怒号が上がる。ルクセルが軽やかに土手を登り、砂州の様子をうかがう。王女と従者もそれへならい、湿った泥の土手の上へと顔をわずかにのぞかせた。




 
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