6章 第16話 虎の尾を踏む

文字数 2,675文字

「こいつ……」
 アクイラは自分の首を絞める手を振り払おうとしたが、それは強烈な力でアクイラの力でも振りほどけなかった。

「貴方でも無理よ……」

「かはッ。こ、これなら……」
 次にアクイラはサイコキネシスを発動させ、自分が触れているラートルの腕を
折ろう試みた。

「ふふ、サイコキネシスで腕を折ろうとしてるみたいだけど私もサイコキネシスを使える事を忘れているのかしら? 貴方くらいのサイコキネシスなら相殺できるのよ」

「ああ、くあっ……」
 少しづつだかラートルは力を締め上げた。

「ファミリアは捕まって、腕力でもサイコキネシスでも私にかなわない。もう諦めなさい。あとはあなたの死体を星辰君に見せてどんな反応かを観察することにするわ」

「アタシの死体を星辰に……」
 アクイラの手に力が入らなくなってきた。意識が朦朧(もうろう)としているのか。死が徐々にそこまで来ている様だ。

「そうよ。きっと悲しむわよ。嬉しい?」

「……星辰が悲しむ?」
 朦朧とする意識の中、アクイラはラートルに聞いた。

「そうよ。貴方を仲間と思っているだもの? きっと、すごく悲しがるでしょうね? ふふ。どんな顔をするのかしら……。本当に観察対象としては、とても興味深いわ」

(アタシが死んだら星辰が悲しむ? そうか。そうだよな。そう言う奴だよな……)
 意識が朦朧となっているせいか、ラートルの腕から手を放すアクイラ。

(もう終わりが近いわね……。こんな可愛い娘を醜い窒息死で殺すのは少し気が引けるかな……。窒息死は醜いから……)
 
(ウルラ、コルムすまねえ。アタシはここまでらしい……。こんなあっさり死ぬなんてな……。二人ともアタシが死んだら泣くか? 星辰……。お前もアタシが死んだら、泣くのか?)
 もはや虚ろな意識の中、アクイラは様々なことを考えている。

(でも無残な死体を星辰君に見せるのも、それはそれで面白うそうなのよね)
 ラートルはニヤッと笑った。

(星辰が泣く、アタシのせいで?)
 ラートルの腕を離したアクイラの両手が再びラートルの腕をつかんだ。

(これは? 何か様子がおかしい?)
 アクイラの様子にラートルも少し怪訝な顔をした。

「最後の足掻きかしら? ん? ……いや、これは?」
 ラートルの腕を掴むアクイラの、その力はラートルの想定よりも強い力だった。

「あ、ああああああ!!!!!」
 アクイラの叫びが周囲に響きわたった瞬間、アクイラは自分の首を絞めていたラートルの腕を引きちぎった。

「な!! あ、ぐううう……」
 腕は肩のあたりからちぎられて、ラートルは残った手でちぎられた傷口を抑えた。アクイラから距離を取るように離れた。

「はあ、はあ……」
 引きちぎったラートルの腕を投げ捨てるアクイラ。さすがに肩で息をしている。

「くう……。こんなことが……」
 さすがのラートルこの状況には驚愕した。

(火事場の馬鹿力って奴かしら? いや……それだけじゃあない。あくまで推測だけど自分が死ぬことよりも、星辰君が悲しむことが、よほど嫌だったとか?)

「……」
 アクイラは落としていた自分のバットを再度取り寄せると右手で、それをつかんだ。

(陳腐な物言いだけど愛の力? いや、この場合は恋の力かしら?)

「こんな気持ちは初めてかもな……」
 アクイラは静かに話し始めた。

「え? 何がかしら?」
 静かに語り始めるアクイラの言葉をラートルを聞き返した。
 
「本気で人を殺そうと思ったのは……」
 アクイラから殺気がほとばしる。並の人間がその殺気を向けられたら、震えあがって失禁してしまうかもしれない。

「ふふ。そう……」
 ラートルはそう言うと珍しく黙った。

(これほどの殺気。この私が冷や汗をかくとはね……。もしかして虎の尾を踏んでしまったかしら? ふふ。この感じ久しぶりね。面白いわ)
 ラートルが冷や汗をかくほど、アクイラの殺気には凄みがあった。

「私が思っていた以上に、星辰君を愛しているのね……。素晴らしいわ」

「また、からかってるのか?」

「いいや、本当に純粋に関心しているのよ……」
 ラートルがそう言うと、ちぎられた腕の傷口から腕と手が生えて来た。

「ふん。腕が再生できるとはな……。だが、体力までは回復できない様だな……」

「まあね」

「これだけはなりたくなかったけどよ……」
 アクイラがそうつぶやくとアクイラの体の形状が変化する。

「変身? なるほど、私が変身しても驚かないわけね。昔の実験で得た力かしら?」

「……」
 ラートルの疑問にアクイラは答えない。

「半分は人、半分は鳥の姿……。地球の神話に出てくる何だったかしら? そうそう、セイレーンだったかな? そんな名前だった。それに似てるわね……。そう、それがあなたの奥の手なのね。光栄だわ」
 アクイラの姿を見たラートルはセイレーンの様だと評した。言い得て妙だった。

「ふん」
 アクイラは鼻で息をした。

「え? 消えた?」
 次の瞬間、ラートルの前からアクイラが消えた。消えた様に見えた。

「え? あ!」
 消えた様に見えたアクイラがラートルの目の前に現れた時には、すでにラートルの目の鼻の先にいた。気づいた瞬間にはアクイラの持っている鈍器で顔を殴られていた。

「ぐ、ああああああ!!!!」
 顔を殴られた衝撃で、後ろに吹っ飛ぶラートル。全く一瞬の出来事だった。

「はあ、はあ……。私が全く見えないなんて、なんてスピード。いえ、音も聞こえなかった……。すごいわ。本当に素晴らしいわ。あなたを格下と思っていたのは、私のおごりだったみたいね。ごめんなさい」

「そりゃどうも」
 バット型の鈍器を右肩に置きながらアクイラはつまらなそうに言った。その間にアクイラのファミリアのアルタイルがアクイラのそばに寄ってきていた。
 ラートルは先ほどの一撃の痛みと衝撃でエクスプローの影の能力で掴んでいたアルタイルを離してしまった。

「はあ、はあ、うっかり、ファミリアを離してしまったわね……」

「アルタイル。無事か?」
 そばに来たアルタイルに聞くアクイラ。

「問題アリマセン。マスター」

「よし。もう終わりにしてやるよ。ラートルさんよ」
 そう言って、ラートルの方を見るアクイラ。

「そう簡単には行かないわ。ふふ……。かくれんぼはいかがかしら?」
 ラートルがそう言うと、地面から黒い大きいとりもちの様な影がラートルを包んだ。そして、その影が消えるとラートルも一緒に消えている。

「ちっ。またそれか? らしいっちゃらしいがな……」
 アクイラは吐き捨てる様に言った。

「まあ、そう言わずにかくれんぼで遊びましょう。ふふ」
 どこからともなくラートルの声が聞こえてくる。
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