第2話

文字数 3,901文字

 いつも一緒にいるから。男子と女子のふたり組み。ただそれだけなのに小学生、こと子供と言うものは
 「こいつら好きあって夫婦なんじゃね?ふーふ!ふーふ!」
 そう揶揄して、まさに馬鹿の一つ覚えで毎日のようにクラスメイトたちはそんな仲良したちをバカにしていた。
 なかでも彼はクラスでイジられ役で、いつもバカにされ――実際成績はいつも芳しくなくて――、一緒にいるだけで共に居る者もひと括りにされイジられる。だから皆、あまり彼とは長くひとつの時間一緒にいたがらない。
 この学校に入って、同じクラスになって見てきた中。彼とつき合ってる・好き同士だと言われて挙がる名前は決まって三つ。

 堀田。折部。宮田。

 そこに私の名前も加えられるようになるまでに、このクラスの状況(力関係)を理解し置かれた立場を自覚するまでには、あまり時間は掛からなかったように思う。それくらいあからさまなものがこの28人というせまい世界にはあった。

 「ふーふ!ふーふ!」
 つまり、これはある種のイジメってやつだった訳。ただし言う側に悪意はない。
 言われる側の気持ちなんて、全く考慮していない最もたちの悪い奴らである。
 名前の挙がる女の子たちも、外側から観察していると、それぞれがそれぞれに、なにかしらにつけて、イジられている。イジられている者同士=夫婦の完成。
 集団から、分けられて『対象』になる場合。それが嫌で、否定すればする度により強くイジられる。違うと訴えても、相手からしたら別にそんなことはどうでもいいのだから、より大きな輪を作って対象者を囲む。逃げ場を塞ぐ。
 そこに嫌われ者という感情が加わるケースもあると、事態は一気に最悪化してゆく。括られた者はより抗う。周囲はそれを面白がってゆく。見せ物がより一層完成へと近づく。
 名を連ねられた子たちとは、個々で、話をしたり、遊んだりしたことがある。
 ある子は気が弱くて運動が苦手。強く自己を相手に伝えるのがまだ得意ではない。
 ある子は「臭い」と言われているが別段そんなことが気になった事なんてないし、ただ成績が悪かった。
 ある子は、悪口を言われたらちゃんと言い返すが、いかんせんその語彙力がなくて、いつも言い負けていた。
 どの子もふつうに遊んだら楽しかったし、私を攻撃してくることもなかった。いい子たちだと思う。
 ただ、「ふーふ」~その子が相手の事について本心はどう思っているのかは、周囲の決めつけ枠分けが強すぎて、とても人前では聞ける機会なんてなかったからわからない。

 話を少し戻そう。
 男子で括られる人間は、特に決めつけられる彼はひとりで、いつもイジってくる力の強い連中以外の比較的大人しい子たちといる時には普通に遊んでいるようだし、全く友達がいないというわけではなかったが、これまでの、一緒のクラスになって見てきた中ででは男子よりは幾分当たりの弱い女の子と遊んでいる姿の方が多くあったように思う。・・・…というか、それに増評する1端となっているのが私もだった、といことになる。
 なんで遊んでくれるのに、遊んじゃいけないの?って思うのは、たぶん言わないだけでイジられるキッカケになってるのが事実だから、ペアとして言われてる子達はかけられる『原因』と思ってしまって『要因』に気づいていないし、言い返せていたら『いつものお約束(夫婦)』を脱却しているだろうしな。

 ――私がこうやって考えたり、思ったりする事と、周囲にいる子供たちとの間に大きな隔たりにも似た認識の格差があるのには理由がある。それは、年の離れた兄弟が居るからだろう。年長者と会話をする機会が多いと、それだけ得る知識も物事の意味と理解にも、幅が出来る。家族と会話をする場合と、同級生の子と会話する時。クラスメイトからたまにきょとんとされることがあったりする。なんでまわりくどい事を言うのだろうと思う事がある。何が言いたいのか、何がしたいのか理解出来ない事がある。
 つまり、幼稚。
 別の世界から学校という閉鎖世界に入れられる事になってから、とても戸惑ったのがそれだった。
 言葉がそのままでは通じないから、彼らと意志疎通ができるように摺り合わせをするという作業が最初の頃はいつもあって、だけど『認識っているから』と今度わざわざ説明にかかると、
 「あいつは自分が頭がいいとはなにかけている」
なんにでも理由をつけて攻撃する理由を求めてるんだから、わざわざ自分から相手に矛を持たせることはない。これは親から習ったことだ。そして相手に足並み揃えることも勉強であるのだと。
 よく、バカにされることについては親と議論を交わしたものだ。成績が悪いのは頭が悪い(親いわく馬鹿)、からかわれたりイジメられるのは他人に隙を見せているからだ、と。
 うちの場合、
 「私の子供なんだから頭が良くて当たり前」
 なのだそうで。でも勉強しろとは言われたりもするが、学校で授業を聞いていればそれがそのままテストに出てくるんだから、どうやっても100点がとれると思うのだが、たまに算数とかで桁をひとつ間違ったり名前を書き忘れて減点されてしまった答案を持って帰ると、ものすごく
 「あんたは馬鹿だね。ちゃんといい頭持ってんだから、ケアレスミスに注意しなさい。名前はまず亥の一番に書くようにしなさいって言っているでしょうが!」
 殊更罵られる。それが隙なんだともよく言われた。「あんたは他人に隙を見せるんじゃないよ」
 それといじめの対象となる場合の馬鹿と、隙のバカとの違いが、いまいちはかりかねていた。

 一度、女子に物を投げつけたりする男子をやめるよう制止したことがあった。のちの私はそれを事件と呼んでいる。相手男子は「正義づらすんな」と対象を私に移し、あほだのばかだの男女だの言いながら仲間の男子を集めようとしたので思わず「男のくせに恥ずかしくないのか。ひとりじゃその程度しかできないのか。仲間がいないと女子も相手できないなんて馬鹿者が」とぽろっとこぼしてしまうミスを犯した。相手男子は新しい言葉を覚えてしまい、
 「こいつ人にバカって言いやがった!人にバカってやつがバカなんだ、やっちまえ!」
 どの口が言うかと思ったが、そんな言い回しが届く知識に届いているかわからない。ただこれ幸い正義は我にありと増長させるきっかけを与えてしまったのだけは容易に伝わった。大声で仲間の男子を呼び集め、イスとか箒とかを手にし、文字通り手当たり次第に投げつけてきた。喜々とし、度は次第に人数と共に増していった。私はその理不尽さについにブチ切れて、投げられた物を投げ返し、人数で負けていたから思わず近くにあった机を持ち上げては投げつけて、他の生徒が教師を呼んでくるまで徹底抗戦で1対多数で大立ち回りを演じてしまった。気づいたら、かばったはずの女の子の姿はどこにもなくなっていたというのに。
 その日の帰りの会で、乱闘騒ぎについてが議題にあがった。相手男子は満面の笑みで
 「○○さんに男のくせにと言われましたー」
 「バカ者がって言いました。人にバカって言う悪いのは○○さんでーす」
 自信満々で自分が言われた事だけをしゃべっていく。1から全部を見ていたのは悔しくも自身と相手連中しかいなかった。だから仕方なく、私は今日その時起こった出来事を、行動から女の子の名前だけを落とし自分と相手の間に交わされた行動の経緯と言葉の一言一句を違わず報告するという事しか出来なかった。自分に不利益になる発言も含めて、本当に全部だ。それにより教師は自分に都合の悪い報告はいっさい織り込んでこなかった男子に対し不審に思い、
 「確かにその時ばか者と言われたかもしれない。しかし彼女は自分でその事をちゃんと話した。先生は君らから言ったという内容、やったことは聞いた中にはなかったよな。どういうことか、もう一度ちゃんと全部を言ってみなさい。おまえたちも言ったんだな?」
 旗色が変わった。すると女子の中から、守った子ではなかったが「○○くんが確かに悪口を言ってました。先に物を投げつけてたのも男子のほうです!」思わぬ援護射撃がきた。相手男子軍、言い返せなくなる。勝利。


 ――と、思ったのだが。

 帰りの会で言い渡された処罰は『喧嘩両成敗』。なんだそれ。
 しっかり私は、やりやがった男子と同等の罰(書取100回)を与えられ、他の生徒達とは同じ時間に帰ることを許されなかった。
 頭にきた私は書取を終えると、そのノートを教卓に叩きつけるようにして提出し教室を後にした。帰宅すると、家にそのことを含めて一連の顛末が親に報告の電話がきっちりと入れられていた。
 親から言われたのは「まったく、要領の悪い。」責められた。「叩きつけたのはやりすぎ」散々だった。
 翌日から男子による私いじりが一気に強くなったのは想像にたやすかった。私と一緒にいるだけで自分も的にされるかもしれない。女子達も離れていった。
 いつもいじられている彼は、強要されて、弱々しく、ただそこに立っているだけだった。ああ、もうクラスメイトとは遊べないな。これが隙を作ったということか。ぐぐぐ。

 と。
 思っていたのに、帰り道とぼとぼと一人ゆっくり帰っていると、後ろから足音が近づいてきた。ひとりぶん。
 「今日は、なにして遊ぶ?」
 彼だった。
 周囲には冷やかすクラスメイトもいじめっ子も、だれもいなかった。彼は信用出来る奴だという認識が自分の中に芽生えた。
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