最終話
文字数 4,062文字
強い風が吹いていた。校庭の砂を巻き上げ、四月に入ってようやく綺麗に花を咲かせ始めた桜の木々を荒らし、白と桃色と薄茶色が入り乱れた旋風となって、校舎の周りにある森をざわめかせた。
山の中腹にある、この町にたった一校しかない小学校の校舎にも、春の風が容赦なく襲いかかっていた。
風が吹くたびに窓が揺れ、透明なガラス板に砂の跡を残した。飛んでくる木の枝と葉っぱが掃除したばかりのベランダに落ち、重なり合って、奇妙なアートを形作った。
「外出たくねぇ……」
一学年の教室の窓前に立って、ソルは苦い顔で呟いた。
「もう帰ろうよ、ソル」
ソルの後ろから、シューが寂しげに声をかけた。シューは真っ赤なランドセルを背負って、胸の前で両手の指をもじもじさせていた。「じゃあねー!」と手を振り合って、クラスの男子女子が次々と教室を出て行くのが、ソルの目に入った。
「みんなバカだなぁ。今外に出たら風に吹っ飛ばされちまうぞ」
「大丈夫だよ。ほら、みんなちゃんと歩いている」
シューが指差した校庭に、ソルは目をやった。少し前に教室を出た一学年の生徒たちが、来ている衣服をマントのようにはためかせて、髪の毛をぼっさぼさにして歩いている姿が見える。女子が叫んでいるのだろう、ソルとシューがいる教室まで、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「やっぱりオレ、もう少し風が落ち着いたら帰るわ。シューだけ先に帰れよ」
「嫌だよ。一人で帰りたくない」
「なんでだよ。一人で帰れよ」
突き放されたシューはショックを受けたように固まり、目にじわじわと涙を滲ませ始めた。それを見たソルは、「ちょ、おい! 泣くなよ!」と慌ててシューの肩を両手で掴んだ。
「お前、そんなに一人で帰るのが嫌なのか?」
シューはコクンと頷く。
「だって、一人は寂しいもん……」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、シューはソルの首に手を回し、ぎゅっとした。本当に、シューは一人になるのが寂しいのだろう。東京で父親と三人で暮らしていたときは、ちっとも寂しがる素振りを見せなかったのに、父親の傍から離れた途端、ガラリと態度が変わってしまった。
今のシューは、甘えん坊で泣き虫の、か弱い女の子だった。ソルとシューは姉妹だが、上下関係みたいなものは無かった。お互いに、気にしたことも無い。だが、今のシューを見て、ソルは確信した。「こいつ、オレより弱い」と。シューのような、か弱い女の子をたった一人で歩かせたら、家につく頃には寂しさのあまり号泣しているかもしれない。
両親が、それを見てなんと思うか。シューが「ソルに嫌われた」などと両親に話したら、久しぶりに、父親のゲンコツが自分の頭に振り下ろされる可能性大だ。ソルはゾッとして、頭を振った。
「わ、わかった。一緒に帰ろう」
「……うん! 帰ろう!」
目をごしごし擦って、シューはソルの手を引く。教室を出て、廊下を進み、昇降口で靴を履き替え、外に出る。
風が凄まじい。だが、シューは楽しそうに前進する。砂が顔にかかろうが、髪が千切れ飛ぶ勢いで大暴れしようが、速度を落とさず、ソルの手を握って、校門まで歩く。
家族の誰かが一緒だと、シューは無敵になれるのかもしれない。まるで、昔のオレみたいだ、とソルは思った。東京にいた頃は、ソルが父親とシューを引っ張って、あちこちに連れ回していた。家族が傍にいると、ソルは安心して思い切った行動をとることができた。今のシューも、きっと、そんな気持ちなのだろう。
ただ、元々の心の強さは、シューより自分の方が上だとソルは確信した。ソルは一人で帰ることに、恐怖も寂しさも感じないからだ。自分の方が年上に感じられて、ソルはシューに向かって、思ったことをそのまま口にした。
「お前、妹みたいだな」
「妹?」
シューは立ち止まる。振り返って、ボサボサになった髪を両手でぺたぺたと直しながら、ニコッと微笑んだ。
「そう言うソルは、お姉ちゃんみたい」
「お姉ちゃん……」
そんなこと、今まで考えたことが無かった。シューとソルは、どちらが先に生まれたのか知らない。両親も、自分たちのどちらが姉で、どちらが妹だと教えてくれなかった。だけど、シューが今言ったように、ソルの方がシューより年上なのかもしれない。性格的な部分が、シューより上なような気がしていた。
「まぁ、お前がいいなら別にそれでいいけど……」
「……? いいって、何が?」
シューはキョトンとする。何か変なことを言っただろうか、とソルは眉間に皺を寄せた。
「私はただ、ソルがお姉ちゃんみたいだって言っただけだよ。お姉ちゃんになれとは、一言もいってないよ」
「あ、そう……」
勘違いして、恥ずかしそうに頭を掻くソルを見てシューは苦笑する。
……ソルは、お姉ちゃんになりたいのかな?
確かに、ソルは行動力があって、他人を引っ張って行くリーダーとしての素質を持っている。
だけど、ソルと自分を、姉と妹の関係にする必要は無いと思う。これまで通り、お互いに気を遣わず、本音で接し合う関係が良い。
どちらかが上で、どちらかが下などと考えたら、仲良しの関係に亀裂が生じる。負けず嫌いのソルなら、絶対に、シューのマウントを取るために態度を大きくする。そんなソルを、シューは見たくなかった。
「ソルは、そのままでいいよ」
「え?」
「お姉ちゃんにも、妹にもならなくていい。ソルは、ソルのままでいてね」
「……わかった。シューがそう言うなら、そうする」
強風が吹き、シューとソルの小さな身体がぐらりと揺れる。
二人は同時に手を伸ばし、互いの手を握った。
そして、顔を見合せて、微笑む。
「ソル、これからもずっと仲良しでいようね」
「ああ……」
あいつら、大きくなったなぁ。
校門の傍にある文房具屋の前に停めたライトバンの中から、田中獣一は、仲良く手を繋いで歩道を歩くシューとソルの後ろ姿を眺めていた。
「あれからもう、半年か……」
最中が恋人と二人の娘を実家に連れて来て、家族と一つ屋根の下で生活し始めて、半年が過ぎた。
シューとソルは今年の春から地元の小学校に通い始めた。最中の父親が入学祝いで買ってあげた真っ赤なランドセルを背負って、毎日、二人仲良く登校している。
シューとソルが学校にいる間、最中は父親から和菓子の作り方を学んでいる。この前会ったとき、餡子の製造に苦戦していると本人から聞いた。餡子の固さを上手く調整できず、ドロドロした餡子や、固すぎる餡子を作って、父親に思い切り怒鳴られたとぼやいていた。
最中の彼女の方は、最中の母親と一緒に店員として店で働いているらしい。最中に挨拶するついでで会ったら、思っていたより美人で驚いた。あの子が接客をしていたら、若い女の子好きのオッサン客が増えるかもしれない。
みんな、それぞれの居場所と生き方を見つけた。最中も、シューとソルも、みんな幸せそうに毎日を生きている。それなのに……。
「俺、何やってんだろう……」
シューとソルのことは、もう心配する必要は無い。最中も、父親と一緒に頑張って〈佐藤製菓〉を大きくしていくだろう。もう、俺があいつらに何かしてあげられることは何も無いのだ。
それでなのか、最近、暇になった。やることが無いし、やりたいことも特に無い。暇潰し感覚でシューとソルを観察する、ただの暇人だ。
……俺も、なんかやるか。
田中の命は、あと三十年ほどで終わる。ヤヨイとユウタを消し、シューとソルを復活させるときに使用した術は、自分の寿命をコストとして使う必要のある術だったため、田中は長生きできない身体になってしまったのだ。
けれど、後悔はしていない。田中は、かつて自分の命を救ってくれた最中に恩返しするために寿命を減らした。この結果に、一つも不満は無い。
「……ま、いいや。とりあえず、楽しけりゃあ、なんでもいい」
田中はライトバンを発進させた。
適当に音楽を流す。メロディーに合わせて、一緒に歌う。
目的の無い、田中の自由気ままなドライブが始まった。
仕事は大変だ。だが、嫌ではない。
佐藤最中は今日もせっせと餡子を作る。並餡、こし餡、粒餡、その他色々……。餡子だけでも種類が多いのに、餡子製造に使う豆の種類も覚えなければいけない。小豆、大小豆、大納言、全部メモ帳にメモをとって、それを見ながら大窯で煮て、使う豆を間違えて父親に怒鳴られる。
父親は相変わらず、息子に厳しかった。けれど、最中は落ち込んだり、反抗しない。
半年前。この場所で父親と対決し、お互いに気持ちを理解し合えた。それ以来、最中は、父親が自分に対して行うことの全てが、自分を成長させるための不器用な声援に思えるようになったのだ。
その声援に応えるために、最中は一生懸命、和菓子作りに取り組んだ。そして、その努力が、ようやく父親に認められたらしく……。
「最中。今日は別の仕事を覚えてもらう」
父親が、やっと別の仕事を教える気になってくれた。
「次はなんだ?」
「餅だ」
「餅か……」
「まず、米の炊き方から教えるぞ」
そこからかよ。
それくらい、教えられなくてもできそうだが、熱心に説明する父親の邪魔をしたくなかったので、最中は黙って聞いていた。
何かが終わると、別のことが始まる。人生もそれと同じことではないか、と最近になって思い始めた。
仕事も人生も、基本、やることは同じだ。何かきっかけがあって目的が生まれ、そこへ向かうために行動する。失敗したら考える。そしてまた、行動する。目的を達成したら、また、別の目的を見つけて行動し始める。このループは死ぬまで終わらないだろう。
みんな同じだ。自分も、父親も、母親も、結菜も、シューとソルも、田中も、みんな生きるために行動している。今日も、明日も、明後日も、止まることなく行動する。辛いことがあって悩んでも、嬉しいことがあって喜んでも、取り返しのつかないことをして後悔しても、終わったあとに新しい景色が現れる。
巡り来る季節のように、最中の人生は続いていく。
繰り返し、始まるのだ。
〈了〉
山の中腹にある、この町にたった一校しかない小学校の校舎にも、春の風が容赦なく襲いかかっていた。
風が吹くたびに窓が揺れ、透明なガラス板に砂の跡を残した。飛んでくる木の枝と葉っぱが掃除したばかりのベランダに落ち、重なり合って、奇妙なアートを形作った。
「外出たくねぇ……」
一学年の教室の窓前に立って、ソルは苦い顔で呟いた。
「もう帰ろうよ、ソル」
ソルの後ろから、シューが寂しげに声をかけた。シューは真っ赤なランドセルを背負って、胸の前で両手の指をもじもじさせていた。「じゃあねー!」と手を振り合って、クラスの男子女子が次々と教室を出て行くのが、ソルの目に入った。
「みんなバカだなぁ。今外に出たら風に吹っ飛ばされちまうぞ」
「大丈夫だよ。ほら、みんなちゃんと歩いている」
シューが指差した校庭に、ソルは目をやった。少し前に教室を出た一学年の生徒たちが、来ている衣服をマントのようにはためかせて、髪の毛をぼっさぼさにして歩いている姿が見える。女子が叫んでいるのだろう、ソルとシューがいる教室まで、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「やっぱりオレ、もう少し風が落ち着いたら帰るわ。シューだけ先に帰れよ」
「嫌だよ。一人で帰りたくない」
「なんでだよ。一人で帰れよ」
突き放されたシューはショックを受けたように固まり、目にじわじわと涙を滲ませ始めた。それを見たソルは、「ちょ、おい! 泣くなよ!」と慌ててシューの肩を両手で掴んだ。
「お前、そんなに一人で帰るのが嫌なのか?」
シューはコクンと頷く。
「だって、一人は寂しいもん……」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、シューはソルの首に手を回し、ぎゅっとした。本当に、シューは一人になるのが寂しいのだろう。東京で父親と三人で暮らしていたときは、ちっとも寂しがる素振りを見せなかったのに、父親の傍から離れた途端、ガラリと態度が変わってしまった。
今のシューは、甘えん坊で泣き虫の、か弱い女の子だった。ソルとシューは姉妹だが、上下関係みたいなものは無かった。お互いに、気にしたことも無い。だが、今のシューを見て、ソルは確信した。「こいつ、オレより弱い」と。シューのような、か弱い女の子をたった一人で歩かせたら、家につく頃には寂しさのあまり号泣しているかもしれない。
両親が、それを見てなんと思うか。シューが「ソルに嫌われた」などと両親に話したら、久しぶりに、父親のゲンコツが自分の頭に振り下ろされる可能性大だ。ソルはゾッとして、頭を振った。
「わ、わかった。一緒に帰ろう」
「……うん! 帰ろう!」
目をごしごし擦って、シューはソルの手を引く。教室を出て、廊下を進み、昇降口で靴を履き替え、外に出る。
風が凄まじい。だが、シューは楽しそうに前進する。砂が顔にかかろうが、髪が千切れ飛ぶ勢いで大暴れしようが、速度を落とさず、ソルの手を握って、校門まで歩く。
家族の誰かが一緒だと、シューは無敵になれるのかもしれない。まるで、昔のオレみたいだ、とソルは思った。東京にいた頃は、ソルが父親とシューを引っ張って、あちこちに連れ回していた。家族が傍にいると、ソルは安心して思い切った行動をとることができた。今のシューも、きっと、そんな気持ちなのだろう。
ただ、元々の心の強さは、シューより自分の方が上だとソルは確信した。ソルは一人で帰ることに、恐怖も寂しさも感じないからだ。自分の方が年上に感じられて、ソルはシューに向かって、思ったことをそのまま口にした。
「お前、妹みたいだな」
「妹?」
シューは立ち止まる。振り返って、ボサボサになった髪を両手でぺたぺたと直しながら、ニコッと微笑んだ。
「そう言うソルは、お姉ちゃんみたい」
「お姉ちゃん……」
そんなこと、今まで考えたことが無かった。シューとソルは、どちらが先に生まれたのか知らない。両親も、自分たちのどちらが姉で、どちらが妹だと教えてくれなかった。だけど、シューが今言ったように、ソルの方がシューより年上なのかもしれない。性格的な部分が、シューより上なような気がしていた。
「まぁ、お前がいいなら別にそれでいいけど……」
「……? いいって、何が?」
シューはキョトンとする。何か変なことを言っただろうか、とソルは眉間に皺を寄せた。
「私はただ、ソルがお姉ちゃんみたいだって言っただけだよ。お姉ちゃんになれとは、一言もいってないよ」
「あ、そう……」
勘違いして、恥ずかしそうに頭を掻くソルを見てシューは苦笑する。
……ソルは、お姉ちゃんになりたいのかな?
確かに、ソルは行動力があって、他人を引っ張って行くリーダーとしての素質を持っている。
だけど、ソルと自分を、姉と妹の関係にする必要は無いと思う。これまで通り、お互いに気を遣わず、本音で接し合う関係が良い。
どちらかが上で、どちらかが下などと考えたら、仲良しの関係に亀裂が生じる。負けず嫌いのソルなら、絶対に、シューのマウントを取るために態度を大きくする。そんなソルを、シューは見たくなかった。
「ソルは、そのままでいいよ」
「え?」
「お姉ちゃんにも、妹にもならなくていい。ソルは、ソルのままでいてね」
「……わかった。シューがそう言うなら、そうする」
強風が吹き、シューとソルの小さな身体がぐらりと揺れる。
二人は同時に手を伸ばし、互いの手を握った。
そして、顔を見合せて、微笑む。
「ソル、これからもずっと仲良しでいようね」
「ああ……」
あいつら、大きくなったなぁ。
校門の傍にある文房具屋の前に停めたライトバンの中から、田中獣一は、仲良く手を繋いで歩道を歩くシューとソルの後ろ姿を眺めていた。
「あれからもう、半年か……」
最中が恋人と二人の娘を実家に連れて来て、家族と一つ屋根の下で生活し始めて、半年が過ぎた。
シューとソルは今年の春から地元の小学校に通い始めた。最中の父親が入学祝いで買ってあげた真っ赤なランドセルを背負って、毎日、二人仲良く登校している。
シューとソルが学校にいる間、最中は父親から和菓子の作り方を学んでいる。この前会ったとき、餡子の製造に苦戦していると本人から聞いた。餡子の固さを上手く調整できず、ドロドロした餡子や、固すぎる餡子を作って、父親に思い切り怒鳴られたとぼやいていた。
最中の彼女の方は、最中の母親と一緒に店員として店で働いているらしい。最中に挨拶するついでで会ったら、思っていたより美人で驚いた。あの子が接客をしていたら、若い女の子好きのオッサン客が増えるかもしれない。
みんな、それぞれの居場所と生き方を見つけた。最中も、シューとソルも、みんな幸せそうに毎日を生きている。それなのに……。
「俺、何やってんだろう……」
シューとソルのことは、もう心配する必要は無い。最中も、父親と一緒に頑張って〈佐藤製菓〉を大きくしていくだろう。もう、俺があいつらに何かしてあげられることは何も無いのだ。
それでなのか、最近、暇になった。やることが無いし、やりたいことも特に無い。暇潰し感覚でシューとソルを観察する、ただの暇人だ。
……俺も、なんかやるか。
田中の命は、あと三十年ほどで終わる。ヤヨイとユウタを消し、シューとソルを復活させるときに使用した術は、自分の寿命をコストとして使う必要のある術だったため、田中は長生きできない身体になってしまったのだ。
けれど、後悔はしていない。田中は、かつて自分の命を救ってくれた最中に恩返しするために寿命を減らした。この結果に、一つも不満は無い。
「……ま、いいや。とりあえず、楽しけりゃあ、なんでもいい」
田中はライトバンを発進させた。
適当に音楽を流す。メロディーに合わせて、一緒に歌う。
目的の無い、田中の自由気ままなドライブが始まった。
仕事は大変だ。だが、嫌ではない。
佐藤最中は今日もせっせと餡子を作る。並餡、こし餡、粒餡、その他色々……。餡子だけでも種類が多いのに、餡子製造に使う豆の種類も覚えなければいけない。小豆、大小豆、大納言、全部メモ帳にメモをとって、それを見ながら大窯で煮て、使う豆を間違えて父親に怒鳴られる。
父親は相変わらず、息子に厳しかった。けれど、最中は落ち込んだり、反抗しない。
半年前。この場所で父親と対決し、お互いに気持ちを理解し合えた。それ以来、最中は、父親が自分に対して行うことの全てが、自分を成長させるための不器用な声援に思えるようになったのだ。
その声援に応えるために、最中は一生懸命、和菓子作りに取り組んだ。そして、その努力が、ようやく父親に認められたらしく……。
「最中。今日は別の仕事を覚えてもらう」
父親が、やっと別の仕事を教える気になってくれた。
「次はなんだ?」
「餅だ」
「餅か……」
「まず、米の炊き方から教えるぞ」
そこからかよ。
それくらい、教えられなくてもできそうだが、熱心に説明する父親の邪魔をしたくなかったので、最中は黙って聞いていた。
何かが終わると、別のことが始まる。人生もそれと同じことではないか、と最近になって思い始めた。
仕事も人生も、基本、やることは同じだ。何かきっかけがあって目的が生まれ、そこへ向かうために行動する。失敗したら考える。そしてまた、行動する。目的を達成したら、また、別の目的を見つけて行動し始める。このループは死ぬまで終わらないだろう。
みんな同じだ。自分も、父親も、母親も、結菜も、シューとソルも、田中も、みんな生きるために行動している。今日も、明日も、明後日も、止まることなく行動する。辛いことがあって悩んでも、嬉しいことがあって喜んでも、取り返しのつかないことをして後悔しても、終わったあとに新しい景色が現れる。
巡り来る季節のように、最中の人生は続いていく。
繰り返し、始まるのだ。
〈了〉