第1夜 【ブランコ】(1)

文字数 932文字



1月某日 水曜日
―午後11:00―

今日は、ついていない。

これ以上ないくらい、最悪についてない1日だった。

『鈴木さんってもう入社3年目でしょう? こんな単純ミスばかりじゃ、給料泥棒って言われても仕方がないわね』

直属の上司・『お局さま』の、ちょっと意地の悪いメガネ越しの視線と言葉を思い出して、最悪な気分が更に落ち込んでいく。

「はぁ……」

私が悪いのだから文句は言えない。

だけど、あの言い方はないんじゃないかと、思わずため息が出る。

お小言は長いし、細々とした事務処理に思ったより手間取るし、帰宅はこんな時間になってしまうし、疲れたし。

何より、あんなケアレスミスを連発する自分のうっかりさ加減が嫌になる。

本当、最悪。

人気の無い、ローカル線の無人駅で電車を降りたのは、私ひとり。

つい、と上げた視線の先には、月のない闇夜にぼんやりと浮かび上がる古びた駅舎が、人気の無さを際だたせている。

こんな時間に、ここに降りたのは始めてだった。

まあ、電車自体に乗客が居ないのだから、降りる客も居るわけはない。

分かってはいたけど、頭で理解しているのと実際この目で見るのとでは、かなり違う。

そう、何というか、『不気味度』が違うのだ――。

「もう、最低っ……」

心細さをうち消そうと、わざと声に出して呟いた。

その息が白い。

ジンと染み込むような冷気に、ぶるっと身震いをして、コートの襟をかき寄せる。

いつもなら遅くても、夜8時には帰宅していた。

別に私が真面目一辺倒な訳ではなく、土地柄、夜の女性の一人歩きがタブー視されていたのだ。

駅の周りは畑と雑木林で囲まれていて、視界が通りにくい。

俗に言う『痴漢多発地帯』で、駅のそこここには『痴漢注意!』の立て看板がうるさいくらいに立っている。

「どうしようかな……」

――家に電話して、兄さんに車で迎えに来てもらおうか?

でも、明日の仕事が早番だったら、もう寝てるしなぁ……。

私は、家へと続く、真っ暗な細い砂利敷きの道路を眺めながら、家に電話をするかどうか迷った。

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