【白いハイヒール】(2)

文字数 1,067文字

「おい、坂崎。自販機があるけど、何か飲むか?」

一応、声を掛けてみたが、熟睡してしまったのか、坂崎は相変わらず高いびきで眠っている。

まあ、いいか。

俺は、ズボンのポケットに小銭が入ってるのを確認して、車の外に出た。

ヒヤリ――。

暖かい車内から出た途端に、ぞくぞくっと寒さが背筋を這い上がってくる。

「うわっ、こりゃ寒っ……」

呟いた息が、白い。

路肩の土には霜柱が立っていて、歩くたびに『ざくっざくっ』と音が上がった。

こりゃあやっぱり、ホットコーヒーにするかな。

そんなことを考えながら、自動販売機の前に立って百円玉を投入口に入れようとしたその時。

こつ、こつ、こつ――と、

左側から、靴音が聞こえた。

「え……?」

こんな深夜に、それも人気など皆無の農道で聞こえるはずがない、あまりに状況にそぐわないその『音』。

聞き違いかと思って、俺は耳をそばだてた。

こつ、こつ、こつと、

凍てつく空気を振るわせて闇に響く硬質の音は、やはり、靴音に聞こえる。

そう、昔、サラリーマン時代に良く聞いた音。

革靴。

それも、女性のハイヒールがアスファルトを歩く時に発する、あの独特な靴音に間違いない。

ぐるりと、周囲を見渡した視線の端に、『ちらり』と、何かが引っかかる。

前方だ。

車のヘットライトに照らされた前方から、『女』が歩いて来る。

ぼんやりとして良く見えないが、白っぽいOL風のスーツを着て、ハイヒールを履いた女。そのシルエットだけが、闇に浮かび上がった。

ゆっくりと、俺の方へ歩いて来る。

「……な、何だぁ? こんな真夜中に、こんな人気の無い農道を、何でOLが歩いてるんだ?」

喉元に引っかかった言葉が、掠れて口からこぼれ落ちる。

あまりにも非常識なその光景に、俺は、ジュースを買うのも忘れてその光景に見入ってしまった。

近付いてくる。

徐々に女が、近づいてくる。

ゴクリ――。

唾を飲み込む音が、シンとした闇夜にやけに大きく響いた。

こつ、こつ、こつ。

そのスピードは一定で、遅くも速くもない。

ただ、近付いてくる。

確実に、女は近づいて来ていた。

白っぽいフレアスカートの裾が女の青白い足に絡まりながら、ひらひらと波打ち、ウェーブの掛かった長い髪が、足を踏み出すたびにふわふわと、軽やかに舞い踊る。

やがて、車のライトに照らし出された女の顔の輪郭が、くっきりと浮かび上がった。

『笑っている』。

表情は見えないはずのに、何故かそう確信した。


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