【ブランコ】(2)

文字数 954文字

父は3年前に病気で他界していて、母はほとんどペーパードライバーで夜の運転はしない。

迎えに来て貰える選択肢としては、2つ年上の兄・敏広(としひろ)しかない。

でも兄の仕事は早番と遅番があって、早番の時はもう寝入っている時間だった。

起きていれば良いけど、寝入りばなを起こすのは気が引けるなぁ……。

迷う私の脳裏に、『美人OL・残業帰りに暴行・絞殺!』と言う縁起でもない週刊誌の見出しが、浮かんでは消える。

それにしても、なんで事件の被害者ってみんな『美人』って言葉がつくのだろうか?

まあ、その方がよりセンセーショナルに感じるからなのかもしれないけど、あれってどうかと思う。

なんて、余計なことに感心している場合じゃなかった。

「よし。兄さんには悪いけど、電話しちゃおう!」

背に腹はかえられない。

私は、ハンド・バッグから携帯電話を取り出し、短縮に入れてある自宅の番号を押した。

プルルルッ。

プルルルルッ。

薄暗い駅の構内に、携帯電話の甲高い呼び出し音が鳴り響く。

いつもなら遅くても5コールもすれば、母は電話に出る。

なのに、今日は一向に出る気配がない。

「もう、寝ちゃったのかなぁ……」

どちらかと言うと心配性な母だから、まだ起きて待っていてくれるだろうと踏んだのだけど、いつもよりかなり遅くなったから、眠ってしまったのだろうか?

家までは、自転車で15分。

駅舎の周りには閑散として、人気は全くない。

でも、500メートルも行けば、少ないながらぽつりぽつりと民家がある。

500メートルの辛抱。

それを過ぎれば、後はそんなに怖い場所はない。

大丈夫よね?

よし、行くか。

自力で帰ることを決意し携帯電話を切ろうとしたそのとき、『ぶちっ』と繋がる音が聞こえた。

あ、繋がった!

ホッと安堵しながら、下げかけていた携帯電話を慌てて耳にあてる。

が――。

あれ?

「もしもし、お母さん? 絵美だけど……」

確かに繋がったと思った携帯電話からは、何の音も聞こえてこない。

普通は聞こえてくるはずの、電話の向こう側の『雑音』すら聞こえない。

そう、まさに静寂、全くの無音――。

わきあがる不安に、ドキンと、鼓動が妙な具合に跳ね上がる。


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