第17話 スパイみたいでかっこよくない?

文字数 2,592文字

 黒猫は私たちを振り返りながら、アジトの中を迷うことなく進んでいく。
 きっと何度も中に入ったことがあるのだろう。
 黒いスーツに身を包んだ私とロベールは黒猫の後に続いて歩いていく。足音を立てずに進む私たちはスパイのようだ。

「なんか、スパイみたいでかっこいいね」と私はロベールに小声でささやく。

「そうだね。でも、客観的に見たらこの状況は泥棒……だよね」ロベールは尤もらしいことを言う。

 黒猫、私、ロベールの順番にアジトの中を進んでいく私たち。
 階段を上って廊下を進んだ後、頑丈なドアの前に着いた。黒猫が前足で部屋を指している。
 ということは、この中に証拠書類があるはずだ。

 私が「ロベール」と言ったら、ロベールはドアの鍵を魔法で開錠した。

 黒猫は部屋の中に入ると、机の前で止まって引出しを前足で指す。
 この引出しの中に証拠書類があるのだ。
 それにしても、黒猫は知り過ぎている……なんで?

 ロベールは鍵を魔法で開錠して引出しを開けた。その瞬間、

 “ジリリリリリリーーーーー”

 けたたましい音が部屋に流れた。どうやら、警報装置が作動したようだ。

「ロベール、机の中を確認して!」

 ロベールが確認している間に、私はマフィアがドアから入ってこないように結界を張った。これでしばらく時間稼ぎができる。

「ロベール、あった?」という私にロベールは親指を立てた。

 詐欺の証拠は確保できた。これも黒猫のお陰だ。
 さっさと撤退しよう。

 誰かがドアを叩く音がする。警備しているマフィアが異常に気付いてやってきたようだ。でも、結界に邪魔されて中には入ってこられない。

 私は黒猫を探した。暗闇で黒猫を探すのはちょっと手間だ。私も黒いスーツを着ているから似たようなものか。
 黒猫は窓のところにいた。窓から脱出するつもりらしい。

「壁を壊すしかないな」
「誰か、爆弾を持ってこい!」
「逃がすなー!」
「そっちに回れー!」

 部屋の外からマフィアの声が聞こえた。結界が壊せないから焦って壁を壊すつもりのようだ。
 爆破に巻き込まれると危ないし、さっさと退散しよう。

 私は黒猫を抱きかかえて窓を開けた。

「あ、二階だったわね。ロベール、飛ぶわよ!」

 私は猫を抱いたまま飛行魔法で外へ出た。ロベールが窓から飛び立とうとしたとき、部屋から爆発音がした。結界に守られたドアではなく、マフィアが爆薬を使って強引に壁を吹き飛ばしたのだ。

 爆破の衝撃で外に吹き飛ばされたロベールは、隣の建物の壁に激突して地上に落ちた。

「いってーーー!」

 ロベールは肩を抑えている。肩から血が出ているのが見えた。

 私は建物の窓から内部を確認した。私たちがいなくなった部屋の中に3人の男がいた。

 ――よくも……よくも……よくも……ロベールを……ロベールが……

 怒りに呼応するように、黒い炎が私の周りを包んでいく。私はゆっくりと手を前に出す。

 (灼熱火炎地獄(インフェルノ)

 巨大な黒い炎が建物を覆いつくしていく。

「黒い炎が迫ってくる」
「逃げろー!」
「どっちに?」

 建物の中の男達はパニックになりながら、壁に空いた穴の方を目指す。

 黒い炎が建物に到達する瞬間、窓に緑の光が見えた。結界だ。

 黒い炎は結界に阻まれながらも、建物を焼き尽くしていく。
 黒い炎が通り過ぎた後、丸焦げの建物が姿を現した。

 結界に守られた範囲だけが無傷のまま残っていた。
 よほど強力な結界だったのだろう。お陰で部屋の中の男たちは無事らしい。

 ロベールの方を見たら驚いた顔をしている。
 ということは、結界を張ったのはロベールではない。

 中の男たちは腰を抜かしている。こいつらも違う。

 ――そうすると……誰が結界を?

 周りを見渡すものの近くには誰もいない。

 ――もう一度、炎を放てば分かるかな?

 私は手を前に翳(かざ)した。

「なんでそうなるの? やめてよ!」

 どこからか声が聞こえた。やはり、結界を張った何者かが近くにいる。

「誰?」と私は大声で言った。

「だからー、大声出さなくても聞こえてるよ!」
 声はすぐ近くから聞こえる。

「どこ?」
「ここ!」
「ここ?」
「だーかーらー、下!」
「下?」

 私が下を向くと黒猫がいた。左手に抱いたままだったのを忘れていた。

「まさかね……ひょっとして喋るのかニャー?」
「ちょっと、ニャーはやめてよ!」

 猫が喋った。
 猫が喋った。
 猫が喋った。

「喋ったニャー」
「だーかーらー、ニャーはやめて!」

 私は黒猫にスピーカーが付いていないかチェックする。

「付いてないよ」

 黒猫は呆れたように言う。どうやら黒猫は本当に喋っている。
 私は冷静を装って黒猫に話しかけた。

「あんな魔法使えるなんて、あなた何猫?」

「僕のような高等生物に対して、よくぞ怯まずに聞いたね」
「ふーん、高等生物ね……で?」

「聞いて驚かないでよ! 僕は地獄の番犬ケルベロス!」

 ――残念だな……猫なのに「番犬」って言ってる

 一応ツッコんでおくべきだろう。

「あなた、犬じゃないでしょ?」
「あっ、しまっ……ケルベロス的な猫だよ」
「ケルベロス的なって……」

 黒猫は少し恥ずかしそうにしたものの、気を取り直して話を続けた。

「僕の爪は大地をえぐり、僕の翼は雲を切り裂く!」
「翼、ないよね?」
「ぐぬぬぅぅぅぅ」
「それで、本当は何なの?」

 黒猫は再チャレンジするか考えている。しばらくして、諦めたように黒猫は言った。

「君は女神マリアの像を見たことがある?」
「マンデル共和国の売店で売ってるやつかな?」
「そう、それだよ。女神マリアが腕に何を抱いているか、君は知ってるかな?」

 私は女神マリアの像を思い返した。確か、雑巾のような布切れを持っていたはずだ。

「雑巾っぽいものだったと思う」

 黒猫は「ちっ」と舌打ちした。

「猫だよ! 猫!」
「雑巾かと思った。へー、あれ、猫なんだ」
「さて問題です! あの猫は誰でしょうか?」

 黒猫はドヤ顔をして私に質問した。さも、自分であるかのようなドヤ顔だ。

「どこかの野良猫?」
「残念! 不正解です!」
「あっそう……で?」

「『で?』はやめて。傷つくんだよ……」
「ごめんごめん。で?」
「もういい……あの猫は僕だ」
「ケルベロス的な?」
「黒歴史に触れるなー! とにかく、僕は女神マリアの猫なのだ!」
「それは良かったニャー」

 そろそろ黒猫を相手するのが面倒になってきた私。
 さっさと黒猫との話を切り上げてロベールのところに行かなければ。
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