第3話 マイケル? マイケルなの?

文字数 1,865文字

「やはり……詐欺なのでしょうか?」とシェリーは不安な顔で私に尋ねる。

「100%詐欺だとは言い切れません。でも、冷静に考えて下さい。マイケルが本当にあなたのことを愛していたら、お金なんて要求してきませんよね?」
「あれは……エージェントに支払うためのお金で……」
「あなたを愛しているなら……自力で国境を越えてあなたのところに来るはずです。命を懸けて。エージェントに頼ったりするはずがありません」
「そう……ですよね……」

 シェリーにこれ以上質問する可哀そうな気がするのだが、これも捜査の一環だ。
 私はシェリーを傷つけないよう細心の注意をはらいつつ質問を続けた。

「それに……あなたはマイケルに会ったこともありませんよね?」
「はい、ありません」
「もし、マイケルが実在したとして……本当に『禁じられた逃避行』のトムのような男性だと思いますか?」

「禿たオッサンかもしれない……」ミシェルがボソッと言った。

 ミシェルの独り言を聞いたシェリーは「マイケルは禿ていません!」とムキになった。

 今のは空気を読まないミシェルが悪い。
 私はミシェルを睨みつけた。でも、ミシェルは動じない。

「でも、ご婦人。会ったことはないんでしょ?」と失礼なミシェルは続ける。

「会ったことはないけど……写真はあるわ!」

 そう言うとシェリーは写真を私とミシェルに見せた。写真には凛々しい青年が写っていた。彼がマイケルらしい。
 マイケルの顔を初めて見たはずなのに、なぜか私は彼を知っているような気がした。なぜだろう?

 横を見るとミシェルが笑っている。さすがにシェリーに失礼だ。

「ミシェル、なぜ笑っているの?」
「いやー、この写真……っぷ……ウケるわー」
「笑ったらシェリーに失礼でしょ!」

 私はミシェルを睨みつけるのだが、当のミシェルは爆笑している。

「あー、おかしい。だって、お嬢様もこの人のこと、知っていますよね?」
「私が知っている? 見覚えがあるような気もするけど……分からない」
「っぷ……マジですか? お嬢様の目は節穴ですよー」
「いいから、さっさと誰なのか言いなさい!」

 怒り心頭な私を無視してミシェルは爆笑していたのだが、しばらくしたら落ち着きを取り戻した。

「ご婦人、お嬢様、大変失礼しました」
「いいから、誰なのよ?」
「ヒントを差し上げましょう!」
「ヒント?」
「ええ、今からフィリップ呼んでもらえますか」
「フィリップ? まぁ、いいか……」

 私は「フィリップ」と呼んだ。すると、音もなく男が私の前に跪いた。

「あなたは先ほどの……」シェリーの目がハートになる。

 ミシェルが「ヒント」と言ったフィリップに私は質問する。

「ねえ、フィリップ。これが誰か分かる?」

 フィリップは写真を手に取ると驚いた顔をした。フィリップはこの人物を知っている。それだけは私にも理解できた。

「これをどこで手に入れたのですか?」
「シェリーが持っていたのよ」
「ご婦人が? なぜ私の写真をお持ちなのでしょう?」

 ――うん? ……いま何て言った?

 私には「なぜ私の写真を?」と言ったように聞こえたのだが……。私はフィリップに確認する。

「シェリーの文通相手のマイケルから送ってきたんだって……っていうか、この写真、フィリップ?」
「そうです。10年ほど前の私です。傭兵として活動していたときに、戦場カメラマンに頼まれて撮った写真ですね」
「へー。でも、素顔が敵にバレたら潜入活動はしにくいんじゃないの?」
「いえ。顔は魔法で変えられます。だから、特に問題ありません。それに、私の顔を見て生きている者はおりませんから……」

 怖いことをサラっと言ったのだが、どうやら……全員殺したらしい。
 フィリップはどこか遠くを見ている。過去を懐かしんでいるようだ。

 そんなフィリップに話しかけるシェリー。

「マイケル? マイケルなの?」
「いえ、違います」
「本当はマイケルなんでしょ?」
「いえ、フィリップです」
「あぁ、マイケル………」

 横を見るとミシェルが二人のやり取りを見て笑っている。

「っぷ……ウケるわー。マイケルなんていないっつーの」

 失礼にもほどがある。私はミシェルの足をグリグリ踏ん付けた。

「お嬢様、痛いですよ。でも、この件は国際ロマンス詐欺だったでしょ」
「そうね。マイケルなんていなかったわね」

 マンデル共和国からミシェルに送られてきた詐欺の手紙。
『禁じられた逃避行』の設定、セリフを利用して外国の会社に送金させようとする卑劣な詐欺だ。

 乙女の心を弄ぶ下衆を許しておくわけにはいかない。

 だって、私は公爵令嬢。乙女の味方だから!
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