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文字数 2,795文字

 すごいよおじさん。音が体にぶつかって来るよ。
 後ろ見て。めちゃくちゃいっぱいの人がいまぼくと同じ音楽を聞いてる。ぼくらはいま、みんなですごいけいけんをしてる。
 さいこうだ。
 速い乗り物に乗ってる時みたい。ラーの音楽におなかをおされてる。すこし苦しいけど、しんじられないくらいめちゃくちゃきもちいいよ。
 ここに来れてよかったよ。ぼくはぎりぎりでセーフだった。いまここにいる人たちの中でナンバーワンにわかいのは、ぼくだって知ってるよね。いまここにいるのは、うんめいだもんね。
 それに見て! 富士山やばいよ。夕やけもめちゃくちゃきれいでさいこうだよ。もう、このままミコなんか出てこなければいいのに。おじさんもそう思うよね。だってこれはかんぺきなライブだから。ぼくはかんぺきをこわされたくないんだ。
 ああ。
 いまやってるライブは、いままでで1番かもしれない。ぜったいそうだよ。きっとみんなそう思ってる。ここにいるいっぱいの全員がみんなで!
 しかも目の前だよ!
 ぼくの目の前にラーがいるんだ。ぼくはしりょくが2・0だからよく見える。さっきから何回も目が合ってるんだ。気のせいなんかじゃないよ。ぼくがとくべつな子どもだっていうことに、ラーもきっと気づいてるんだ。
 なんてきれいなんだ。
 ラーがぼくらと同じ人間なんてしんじられないよ。ディズニーえいがのおひめさまみたいなあんな人が、こんなさいこうの音楽を目の前でやってる。言葉なんか分からなくても感じるんだ。こんな音楽はラーにしか作れない。ラーのまねなんか世界中のだれにもできないんだ。
 すごいよ。
 この曲が聞けてよかったよ。
 ラーの全部の曲の中で、これが一番聞きたかった曲なんだ。ラーはライブのたびに曲のアレンジをかえるんだ。だからこのライブの曲も全部、今日だけしかやらないぼくらのためだけのバージョンなんだよ。いまぼくらは、かこさいこうバージョンのこの曲を聞いてる。一番好きな曲の一番さいこうのやつをさいこうな富士山の前でナマで聞いてるんだ。これはすごいよしんじられないよ。
 もうすぐラーがシャウトする。
 来るよ。
 来た。
 あ。
 ああ。
 ラーの歌がビームみたいに、ぼくの頭にささってる。みんなの頭にも、きっとおなじことが起きてる。
 気持ちいいよ。
 全部のビームがつきぬけた。
 やばいよ。
 ぼくのおでこに、あなあいてないよね。
 おじさんの言った通り先にトイレに行っておいてよかった。行ってなかったらおもらししちゃってたかもしれないよ。
 めちゃくちゃいっぱいの人たちが、めちゃくちゃこうふんしてラーの名前をよんでる。
 曲が終わったのに、まだ頭がしびれてる。
 低学年の子どもをつれて来ちゃいけないっていうおとなのじじょうが、ぼくにもわかった気がするよ。

 え?

 うそでしょ。
 うわっ、おじさん。
 来たよ。あいつが。
 ほら、やっぱり。いちばんいいところでミコが出てきちゃったよ。さいあくだよ。どうしよう。
 わかった。
 しょうがない。やくそくだからね。おじさんには、かんしゃしてるよ。一番好きな曲のかんぺきバージョンも聞けた。ぼくはもうさいこうにまんぞくしてる。
 そうだよ。
 あんなやつ、いなければいいんだ。あいつがいなかったら、もっともっとさいこうだったのに。あいつがこのライブをめちゃくちゃにする前に、ぼくがあいつを止めてやるんだ。このライブはさいこうのまま終わらなくちゃならない。本物のラーのファンなら、みんなもういまの曲でまんぞくしてる。
 ぼくはうまくやる。そのためにぼくは生まれて来たんだからね。ぼくはぜったいにしっぱいなんかしない。パパとはちがうんだ。

 ん?

 おじさん、ちょっと待ってて。
 おい、なんだよ。
 動けない。
 なんだよ。ばあちゃん、じゃますんなよ。
 どうしよう。
 にこにこしたへんなばあちゃんにだきつかれて動けないんだよ。
 あ。
 わ。
 ちょっとまって。
 これ。このイントロ。発表されたばっかりの新曲だよ! ライブでこの曲。初めてだ!ちょっと。ばあちゃん、放せよ。なにが「しー」だよ。子どもあつかいすんなよ。っていうか、ぼくは一言もしゃべってないのに。
 いいから放せって。ひとのじゃましといて、なんでそんなに、にこにこしてんだよ。

 え?
 なに。

 あいつの歌。
 なんで。
 うそでしょ?
 頭の中にひびいてる。
 あいつ、シズコとか3組の石原さんとおなじところから〈声〉が出てる。
 でもぜんぜんちがう。
 ミコの〈声〉は〈音楽〉になってる。
 やばい。
 なんだよこれ。
 ぼくの頭の中に、あいつの歌がひびいてる。
 なんでこんなにトリハダがたつの?
 あいつのことがきらいなのに。
 ぼくはあいつに、きらわれてない。
 ミコの歌はラーの歌をじゃましてない。
 っていうかそれどころか。
 これは、すごい音楽だ。
 みんなにもいっしゅんでそれが分かった。
 だからみんな、こんなふうにひとつになってめちゃくちゃに楽しんでる。
 やばいよ。
 おたくのやつらにあやまりたいよ。ここにはもう、まちがいの客なんかいない。
 もしかしたらぼくはいま、れきしの教科書にのるみたいなすごいことをけいけんしているのかもしれない。
 だってほら、見えるでしょ。さっきまでの世界とぜんぜんちがってる。
 めちゃくちゃおおきい女の人が、空にうかんで歌ってるよ。
 おじさんにも分かるよね。
 ちょうどいま、そこにいるんでしょ。
 見えてる?
 返事がないってことは、このまま聞いててもいいよね。おじさんには悪いけど、ぼくはさいごまでこの歌を聞きたい。パパみたいに大事なところでしっぱいしちゃってごめんなさい。でももうムリだよ。こんなの聞いちゃったら何回やってもしっぱいしちゃうよ。
 ばあちゃんもういいよ。
 ぼくはもうじゃましない。ぼくは、ナギサ。ぼくといっしょにこの曲を聞こうよ。
 さあ、来るよ、ばあちゃん。
 ここからラーのギターソロだよ。
 え。
 ここってギターだけのパートじゃなかったんだ。
 ミコの歌と合わさって。
 すげえ。
 しんじられない。
 ぼくがいま聞いてる音はなんなんだ。
 ぼくがいま見てるものはなんなんだ。
 さいこうだ——。
 ぼくはでんせつのライブを目の前で見てる、世界で一番幸せな子どもだ。
 なのになんでだろ。
 さっきから、ずっとだ。
 なんでぼく、こんなに泣いてるんだろう。
 そっか。人間はかんどうして泣くこともあるんだね。
 いいよばあちゃん、ふかなくて。このままにしていたいんだ。だってほら見て、みんな泣いてる。おとなの人も、全員。泣きながらこうふんしてるよ。
 ねえ。
 ばあちゃんも聞いて。
 もうすぐメロディが変わる。
 ほら、ラーが歌い出した。
 ああ。
 ぼく、いま分かった。
 すごいよ。
 さいこうのさいこうのさいこうのさいこうだよ。
 ナミダがとまらないよ。
 これがこの曲の、かんせいけいなんだよ。
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