【プロローグ】懺悔
文字数 1,690文字
夜20時頃、大通りの群衆をかき分けながら、男は走り逃げていた。
40代中盤のその男には、もう、どこにも行くあてが無かった。
ただ、何の策も考えも無く、このまま無残に永遠の闇へと葬られることから逃げていた。
本当は、死んでも良い。いや、死ぬしか方法はない。
それなのに、なぜ逃げるのか、それは分からない。
生きたい、少しでも長く、それが、生物としての人間の本能かもしれない。
男は通りゆく人々を押し除けて、大通りの角を曲がり、暗く狭い路地に入り込んだ。
※
その逃げる男を、4人の黒服の男達が、追いかけていた。
黒服達は、大通りの人々を掻き分けつつ走る中で、その男を見失った。
※
男はその路地の通路脇の青いダストボックスの側に座り込み、黒服達から身を隠した。
すると男は、右手に持っていた黒いアタッシュケースを開けた。アタッシュケースの中には、緩衝材によって区分けされた5つの小瓶と5本の注射器が入っていた。
男はアタッシュケースの中から小瓶を取り出し、中の液体を飲み込んだ。
「うっ!」
少しすると、何かの衝撃が男の身体を走った。
「はあっ、はあっ、はあっ」
小瓶の中身を全て飲み干した男は、呼吸を整えると、神経を研ぎ澄まし、自身を追ってくる黒服達が周りにいないか、左右を入念に確認した。
だんだんと、この小瓶のワクチンを飲む量も頻度も多くなってくる。もしかしたら、自分が「ヒト」でいられる時間は、もうあまりないのかもしれない。
男が最後に気にしているのは、自分と同じ状況に置かれて、ただ、全てが壊れゆくことを待つしか他にない、残された自身の生徒達の安否だけだった。
生徒達を大変なことに巻き込んでしまった。それが、死を前にして、悔やんでも悔やみきれない男の最期の無念と後悔、懺悔であった。
逃げ切って欲しい。そして、一日でも長く生き延びて欲しい。
少しでいいから、この世に生きた何かの幸せを感じて、人生を終えて欲しい。
この、全てが壊れゆく世界で。
もうじき死を迎えるであろう男の最後の願いは、男が指導した生徒達のわずかな幸せ、それだけだった。
※
男は何度も左右を確認し、4人の黒服達が近くにいないことを認識すると、立ち上がった。
この先、どこに行くべきか。
いや、行くべき場所など最初から無い。
何をどうしようが、自分には、たった一つしか道はない。
永遠の闇。
今から何を考え、どう行動しようと、そこが男の最期の終着点であった。
※
だが、その時、何かの別の感情が男の脳裏をよぎった。
すると、男は、おもむろに、黒いアタッシュケースの中から、今度は一本の注射器を取り出した。
永遠の闇、そこにしか自分の終着点は無い。
ならば、せめて・・・
男はニヤリと笑った。
そして、その注射器を、突然、左腕に注射した。
中の液体を全て腕の中に注入していく。
「ぐうう!」
男がしばらく痙攣して、発作が収まると、男はスッと立ち上がった。
男の意思がそうしたのか、それとも、自分の中をよぎったその一瞬の感情がそうしたのか、それは、分からない。
ただ、男は、自分の意思か別の意思はともかく、死ではなく、自ら壊れることを選択した。
ゴガッ!
壊れることを選択した男を、4人の黒服達が、遂にとらえた。
ゴガッ!ゴガガッ!
4人の黒服達のリーダー格の男が指示すると、黒服達は、無言で、拳銃を懐から取り出し、男に向けて構えた。
ゴガガガガッ!
男が壊れはじめる。
パァンッ!パンパァンッ!
黒服達の拳銃から、一斉に複数の銃弾が放たれた。
何発もの銃弾は「壊れはじめた者」に全て命中した。
「壊れはじめた者」は銃弾をまともに受け倒れた。倒れたまま、しばらく痙攣すると、二度と動く事はなかった。
結局、男には、永遠の闇しか選択の余地は無かった。
黒服達はターゲットが絶命するのを確認した。
4人の黒服達の1人が男の持っていたアタッシュケースの中を開き、中身に、黒服達の目的の小瓶と注射器が残っていることを確認し、アタッシュケースの蓋を閉じると、リーダー格の男に渡した。
リーダー格の男が懐から取り出したスマートフォンを手に持ち、本部にミッションの終了を報告した。そして、何事も無かったように、4人の黒服達は四散した。
40代中盤のその男には、もう、どこにも行くあてが無かった。
ただ、何の策も考えも無く、このまま無残に永遠の闇へと葬られることから逃げていた。
本当は、死んでも良い。いや、死ぬしか方法はない。
それなのに、なぜ逃げるのか、それは分からない。
生きたい、少しでも長く、それが、生物としての人間の本能かもしれない。
男は通りゆく人々を押し除けて、大通りの角を曲がり、暗く狭い路地に入り込んだ。
※
その逃げる男を、4人の黒服の男達が、追いかけていた。
黒服達は、大通りの人々を掻き分けつつ走る中で、その男を見失った。
※
男はその路地の通路脇の青いダストボックスの側に座り込み、黒服達から身を隠した。
すると男は、右手に持っていた黒いアタッシュケースを開けた。アタッシュケースの中には、緩衝材によって区分けされた5つの小瓶と5本の注射器が入っていた。
男はアタッシュケースの中から小瓶を取り出し、中の液体を飲み込んだ。
「うっ!」
少しすると、何かの衝撃が男の身体を走った。
「はあっ、はあっ、はあっ」
小瓶の中身を全て飲み干した男は、呼吸を整えると、神経を研ぎ澄まし、自身を追ってくる黒服達が周りにいないか、左右を入念に確認した。
だんだんと、この小瓶のワクチンを飲む量も頻度も多くなってくる。もしかしたら、自分が「ヒト」でいられる時間は、もうあまりないのかもしれない。
男が最後に気にしているのは、自分と同じ状況に置かれて、ただ、全てが壊れゆくことを待つしか他にない、残された自身の生徒達の安否だけだった。
生徒達を大変なことに巻き込んでしまった。それが、死を前にして、悔やんでも悔やみきれない男の最期の無念と後悔、懺悔であった。
逃げ切って欲しい。そして、一日でも長く生き延びて欲しい。
少しでいいから、この世に生きた何かの幸せを感じて、人生を終えて欲しい。
この、全てが壊れゆく世界で。
もうじき死を迎えるであろう男の最後の願いは、男が指導した生徒達のわずかな幸せ、それだけだった。
※
男は何度も左右を確認し、4人の黒服達が近くにいないことを認識すると、立ち上がった。
この先、どこに行くべきか。
いや、行くべき場所など最初から無い。
何をどうしようが、自分には、たった一つしか道はない。
永遠の闇。
今から何を考え、どう行動しようと、そこが男の最期の終着点であった。
※
だが、その時、何かの別の感情が男の脳裏をよぎった。
すると、男は、おもむろに、黒いアタッシュケースの中から、今度は一本の注射器を取り出した。
永遠の闇、そこにしか自分の終着点は無い。
ならば、せめて・・・
男はニヤリと笑った。
そして、その注射器を、突然、左腕に注射した。
中の液体を全て腕の中に注入していく。
「ぐうう!」
男がしばらく痙攣して、発作が収まると、男はスッと立ち上がった。
男の意思がそうしたのか、それとも、自分の中をよぎったその一瞬の感情がそうしたのか、それは、分からない。
ただ、男は、自分の意思か別の意思はともかく、死ではなく、自ら壊れることを選択した。
ゴガッ!
壊れることを選択した男を、4人の黒服達が、遂にとらえた。
ゴガッ!ゴガガッ!
4人の黒服達のリーダー格の男が指示すると、黒服達は、無言で、拳銃を懐から取り出し、男に向けて構えた。
ゴガガガガッ!
男が壊れはじめる。
パァンッ!パンパァンッ!
黒服達の拳銃から、一斉に複数の銃弾が放たれた。
何発もの銃弾は「壊れはじめた者」に全て命中した。
「壊れはじめた者」は銃弾をまともに受け倒れた。倒れたまま、しばらく痙攣すると、二度と動く事はなかった。
結局、男には、永遠の闇しか選択の余地は無かった。
黒服達はターゲットが絶命するのを確認した。
4人の黒服達の1人が男の持っていたアタッシュケースの中を開き、中身に、黒服達の目的の小瓶と注射器が残っていることを確認し、アタッシュケースの蓋を閉じると、リーダー格の男に渡した。
リーダー格の男が懐から取り出したスマートフォンを手に持ち、本部にミッションの終了を報告した。そして、何事も無かったように、4人の黒服達は四散した。