第1話 可畏き者(カシコキモノ)を迦微(カミ)と云う

文字数 3,754文字

あ、中村さん来てたんだー

「しまった」と理美(りみ)は思った。



話しかけてきた女の子は、理美と同じ高校のクラスメイトだった。小学生からの同級生だが、いわゆる「目立つグループ」の女の子であり、理美とその子が学校で話すことはめったになかった。理美は努めて笑顔を作った。

そういやお父さんが「よろずさん」専門の課長さんなんだっけ?今日いるんだよね?ドコドコ?

(どこで聞いたんだろ…)
普段話すこともない同級生の親の仕事になぜ興味があるのか、そんなことを考えて理美(りみ)はげんなりした。


彼女がここで仕入れた情報はふたたび無邪気に拡散されていくのだろう。伝わる過程でどう改変されているものかわかったものではないが、ほとんどの人はおそらくその情報の真偽を問わない。田舎の町というのはそういうコミュニケーションで構成されている。それに抵抗を持たない人間だけがここで楽しく過ごせるのだ。


しかし、理美はそういう空気を感じるだけで参ってしまう。さらに困ったことに、理美には真正面から聞かれたことをはぐらかす度胸もないのだった。

あ、あそこだよ……

理美は、スーツの人たちが集まってる境内を指さした。



初夏の緑が映える境内では、舞台とテントが設営されていた。理美の父親は、その周辺を汗だくで行ったり来たりしていた。



理美の父親は町役場に勤める公務員で、「畏者課(イシャカ)」という新設部署の課長であった。新進気鋭の部署というと聞こえはいいが、前例のない課であるため仕事内容は多岐にわたっている、らしい。



今日行われている「蛙の畏者」のお祭りも理美の父親が準備していたが、結局のところ「なんでも屋」として駆けずり回っていると聞かされていた。


 

実際に父親の仕事ぶりを見るのは初めてだが、とにかくあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。 

え、マイクはあっちにありま、えっ、 コード ? 今朝積み込んだハズはずです。ん?参加証明書が足りない?その予備も車にあります。~~わかりましたわかりました、私が持ってきますから!
ウケるー、似てないんですけどーーー

ねえ、もうアレやってないの?絵本読むやつ

あ、あははー、お、覚えてたんだー…

理美にはひそかな憧れがあった。といっても、それが何か理美自身がわからないでいたため、うまく人に話せたことがない。


そのぼんやりとした憧れに一番近い存在が、小学生2年生のころ学校に来た「絵本の読み聞かせ」のお姉さんだった。のちに調べたところ、絵本を使った児童向けカウンセリングのようだった。とにかく理美は「絵本のお姉さん」に強く惹かれていた。


 

その憧れを抱いたまま中学生になった理美は、自分でも絵本の読み聞かせをしたことがあった。といっても、一人っ子の理美は聞いてくれる相手がいないため、母親のタブレットを使って一人でその様子を撮影しーーライブ配信したのだった。


 

おそるおそる配信してみた次の週、登校した理美はクラスの女子のなかでそれが笑いものになっているところに遭遇してしまう。そのメンバーの中に、この子もいたはずだ。

 

 

それ以来、理美は「もう目立つことはやめよう」と心に誓ったのだった。高校では文芸部に所属してみたが、周囲のように創作や読書に耽ることよりも、やはり「読み聞かせる」ことに興味があった。

おーい、おまえどこ行ってたんだよ〜
え~、こっちの方で待ってるって言ったじゃん〜〜


じゃ 中村さんまたね〜〜

同級生の連れの男子が近づいてきて、理美には目もくれずに行ってしまった。理美は、自分が「ヒマつぶしと好奇心の充足」に使われたことを再確認し、気持ちが沈むのを感じた。
(……早く帰りたいな……でもお父さんの写真まだ撮れてないんだよね…)

理美はあたりを見回したが、若いグループが多くて居場所がない気がした。理美が祭りに来たのは母親から「父の勇姿(仕事姿)を撮ってきて欲しい」と頼まれていたからであった。


自分は目的があって参加してるんですよ、というアピールのために、理美は母親から渡されたカメラを胸の前に構えた。



このお祭りは、よろずさん…「畏者(いしゃ)」を盛大に迎えるために自治体の補助金で開催されていた。



なお参加証明書があれば還付金を受けられる制度となっていた。主催側の父親は「参加すればとりあえずおトクだから、多くの人に参加してもらいたい」と意気込んでいた。



そのように、町や父の気合が入った催しであることを感じていたが、理美にとってはお祭りの喧騒よりも大事なことがあるように思えた。

ピンポンパンポーン
≪まもなく『ドウロク』様よりご挨拶を頂きます。ご来場のみなさまは、お社前の舞台までお越しください。まもなく…≫
アナウンスが入り、舞台の周りに続々と人が集まり始めた。理美は父親がいないか見渡してみたが、舞台の周囲では見つけられなかった。



お偉いさんのような人たちが軽く挨拶したあと、少年がひとり、白髪の老人を従えてマイクの前に立った。

≪ あー、あー。これに向かってしゃべればいいの?あー、あー≫
ドウロクさま、その通りです。どうぞお話しください
あれが蛙のよろずさん…じゃなかった、畏者(いしゃ)
白髪の老人は、おそらく世話役の神社の宮司(ぐうじ)だろう。小さいながらも古くから道祖神を祀っている神社の管理人だと父親が言っていることを思い出した。
フツーの男の子みたいねぇ

≪ えー、みんな楽しんでる ? 今日はめいっぱい飲んで騒いでくれよな。今日この席をヨウイしてくれたヤクショのあんちゃんたちにもカンシャしてくれ!≫




≪…あーなになに ? みせればいいの?オレの力を?≫

≪わかったよ~~≫


«じゃあちょっと見ててな!≫


きゃっ

先ほどまでかわいらしい少年だった顔がみるみる変化し、蛙の姿になった。


蛙の少年は、聴衆のざわめきを気に留めることなく天に向かって両手を仰ぎ、小声で何かを唱え始めた。

うーーん、よいしょ!

蛙の少年がひときわ大きな声を上げた瞬間、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

これが、畏者(いしゃ)の力ーー

各地で確認された畏者(イシャ)は、見た目も能力もそれぞれ違っている。全ての畏者が天気や自然をコントロールできるわけではない。



そのために、自然災害の多い日本では天候を操れる存在が支持されるのは自然なことであった。このお祭りにこれほどの労力とお金がつぎ込まれているのは、この畏者がひときわ人間の役に立つとみなされた証でもあるのだ。



それにしても、と理美は思った。

人間はそもそも天気なんて操れないし…やっぱり畏者って…すごい存在だよね
≪…とまあ、本気になったらもっとできるけどな!ま、こんなカンジで雨のことならオレに任せてくれよ!よろしくな!≫
≪このあと、ドウロク様はお神輿に乗って散遊されます。ぜひ行進にご参加下さいますようにお願いいたします。繰り返します…≫

空は晴れ、祭りも再開された。


神輿の周辺にそれとなく人が集まり始める。そんなときに、ノイズ交じりの感情的な声が聞こえてきた。

««みなさん、八百万の信仰は日本人の心です!しかし忘れてはなりません、その頂点に立たれるのは皇室なのです!≫≫


≪≪畏者の出現こそ、皇統が日本を支えていたという証拠!今こそ目を覚まして八紘一宇の精神に立ち返るのです!≫≫

見ると、男性が拡声器を使って人ごみに向かって話している。複数名の男女がなんとか政治チャンネルと書かれた段ボールを掲げていた。動画配信者のようだが、見てはいけない気がして理美は視線を外した。




ほとんどの人は彼らを空気のように扱い、目をそらした。それでも中には駆け寄って握手を求める人もいた。自分が知らなくても、知っている人にとっては有名人なのだろう、と理美は考えた。




天皇家に肩入れしている団体であることはわかったが、どのみち理美にとっては関係のないことだ。それよりも楽しげなお祭りの雰囲気を壊す行為が良くない、そんなことを思った。




帰ろう、そう思って理美は鳥居につま先を向けた。父の写真も少しは撮れた。どのみち走り回っているので、これ以上は撮れないだろうと思った。



帰り道に少し湖でも見ていこう、そんなことを考えながら理美は足早に境内を去った。

ーーああ、風が気持ちいい…
理美は自転車を押しながら、湖面の輝きを見渡した。海ほどの大きな湖、理美の町の大きな特色だ。



いつもならボートを走らせている人が何人かいるが、今日は見当たらない。祭りに参加しているのかもしれない、そんなことを考えながら、理美は先ほどの団体のことを思い出していた。

皇室に味方したら畏者とは敵対しなきゃダメなのかな…


でもよろずさんに味方するなら皇室とは相いれないみたいだしな…

どうして仲良く平和にできないのかな…

皇統に肩入れしている人間は、だいたいが畏者に敵意を向けているという。



どのみち畏者課の父を持つ理美に選択の余地はないのだが、考えずにはいられなかった。

古事記の絵本はよくわからなかったけど、古事記は昔の神さまたちの話しなんだよね。もっと読んだら、畏者と天皇家の話しもあるのかな…?


そんなことを独りごちている理美の視界のはしに、なにやら人影が見えてきた。数人の少年が何かを囲んでいる。
~~~! ~~~! ~~~!
あれは…?
少年たちが、一匹の白い蛇を囲んでいるのが見えた。
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登場人物紹介

中村理美(なかむら りみ)

高校2年生。昔、学校に来た絵本読み聞かせのお姉さんに憧れて、ネット配信で真似してみたことがある。しかしクラスの目立つ女子グループに発見されてからかわれて以来、目立つことが怖くなった。部活は文芸部に入っているが、人数は少なくかつ「作りたい」人が多いため、「読み聞かせ」に興味がある理美は少し違和感を感じている。父親は町役場に新設された「畏者課(イシャカ)」に配属されている公務員。

小池信哉(こいけしんや)



高校2年生。1年前に引っ越してきた、理美の同級生。始業式で「君が代」で起立しなかったことで少し話題になった。噂によると牧師の息子でクリスチャンらしいが、訳あり家庭のようでアルバイトに明け暮れている…らしい。

夜刀神(やとのかみ/やつのかみ)

理美の町に顕現してきた蛇の畏者(イシャ)。雨や雷を操ることができるらしい。かつて自分を追いやったスメラギ(皇統)を憎んではいるが、現在の興味はもっぱら「この町の人間にいかにしてあがめられるか」に集中している。理美の「物語る力」に惹かれて妻にしたいと言い出す。


若狭 孝澄(わかさ たかすみ)

理美の同級生の生徒会役員。成績優秀で親切心にあふれているため、学校では目立つ存在。巫女家となった理美の負担を心配して、助けてくれる。

【これまでに頂いた感想】

「とてもよくできていると思います。『よろずさん』の設定なんてところどころ物議を醸しだしそうだけど、それが物語の良さになってる。」(30代)




【これまでに頂いた感想】

「神道が好きな人が書いたんだなと思ったけど、聖書の言葉もちりばめられてて興味深い。続きに期待」(30代)

【これまでに頂いた感想】

「My thoughts from
reading all of this is that "Gospel For The Shrine Maiden" will make
one of the most impactful animations. The reason for this is it has a lot of
elements that the Japanese will understand. If you do the animation right this
has enough intriguing imagery that it will captivate a non christian audience,
and in the end that is the goal.」(アメリカ出身・大阪在住30代)

【これまでに頂いた感想】

「僕もゲームをよくプレイするけど、このシナリオはとても面白かった。これからも書き続けてほしい」(アメリカ・30代/意訳)

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