第3話 カシコキモノは、弱肉強食

文字数 3,405文字

――ということで、夜刀神(やとのかみ)さまにご不自由させませんよう、一同尽力いたします。ええ、ええ、取り急ぎ祭りの開催も致します。追って計画をお伝えいたしますので、ご要望などございましたら…

新たに畏者(イシャ)が現れて、しかもそれは待望の「蛇」だという。さらには、人間の娘を嫁に欲しいと表明している。


畏者課に勤める理美の父親:裕史(ひろふみ)は、戸惑う反面、事の重大さを察知したようだった。蛙の畏者の祭りから一夜経った翌朝、理美(りみ)は学校も休んで山上の別荘地に連れてこられていた。


なし崩しに夜刀神(やとのかみ)と一緒くたに裕史の上役から接待を受けて、今に至る。

(なんだか、大ごとになってきた…)
理美は、自分が助けた蛇の想像以上の存在感に気後れしていた。
夜刀神さまのような方に顕現(みあれ)していただけるとは、本当に心強く思っております
私のことがどのように伝わっているかはおいおい確かめさせてもらうが…どうせ良い話ばかりではないのだろな

夜刀神はソファに悠然と座り、美しいその顔に人の悪そうな笑みを浮かべた。


「夢を行き来していた」だけあって※2話参照、現代の文化にもさほど驚かないようだ。


それに比べると、理美の方がよほど戸惑っていた。夜刀神の左隣で、とにかく自分に話が振られてこないように身を硬くしている。



この状況で自分がどう振る舞えば良いのか、助けを求めたくて裕史に視線を送ってはいるが、裕史はで裕史で電話したりメールを確認したりに手一杯で娘に目をくれる暇はないようだった。

いえ!その、お力がある存在だと語られております…!やはり日本人の根源にはあなた様方への信仰が…!な、なぁ、中村くん?
は、はい?ええ、そうですね…蛇神様への信仰は、我々日本人の心の奥底にしみついていると言われております…

急に話を振られた裕史は、デバイスから目を上げて返事をした。そして、ふと何かに気づいたように神妙な口ぶりになった。

…このたび顕現(みあれ)になられたことは、やはり、今回の即位に関係があるのでしょうか
――

裕史の質問に、夜刀神は片眉を上げて黙ってしまった。

(なになに?お父さん、聞いちゃいけないこと聞いた…?)

即位、というと「女系天皇の即位」のことを指しているのだろうな、と理美は思った。ウワサでは天皇家の力が弱まったから畏者なる存在が現れたのだ、と言われているが(それは畏者たち自身が言っていることだとも)、実際には確認のしようがないことである。


古代史にも宗教にも疎い理美からしてみれば、女系天皇の即位と畏者がどう関わってくるのかわからなかったが、裕史の質問が少し空気を凍らせたことだけはわかった。



一瞬の沈黙のあと、夜刀神は口を開いた。

――さてな。しかし、ここまでの解放が初めてなのは事実だ。…スメラギの神の機嫌が悪いのは感じるな。



 

その口調が思いのほか柔らかかっことに、理美はひそかに胸をなでおろした。
そうでしたか、では…!

裕史の目が少し生気を帯びたように見えた。真面目な裕史は、「畏者課」に配属されて以来自分なりに調べたり仮説を立てたりしていた。夜刀神の答えはおそらく、自分の仮説の裏付けになるような事柄であったのだろう。


それが一体何を意味するかは、理美には見当もつかないのだったが。 

(…話しに全然ついていけない…)
色々聞きたくて仕方ないという顔だな。――しかし私は疲れたぞ。もう中年の顔にも飽きたし、そろそろ休みたいのだが
これはこれは、気が回らず申し訳ありません!中村くん、警備の手配はできたのかね!
は、はい、もう1時間以内には到着するはずです
1時間もかかるのか?以前私が紹介したところならすぐに来れただろう
い、いえ、それが…前回ドウロク様の警護の際に少々不備があり、今回は別のところに依頼するというお話しで…申請はしてあったはずですが…
私は聞いてないぞ!ダメだダメだ、あそことの契約を打ち切ったら私の面目が…!それならだいたい、昨晩はどうしたんだね…!
夜刀神と理美を前に、裕史と主幹は押し問答を始めてしまった。
(…お父さんは大変そうだし、私どうしたらいいの…?今日帰れるんだよね?まさか、イキナリここに泊まれとか言わないよね?)


(っていうか、私いま夜刀様に話しかけるべき?私から話しかけて大丈夫なの?失礼じゃない?)

――理美
え!は、はい!
一人で固くなっている理美に、夜刀神から声をかけてきた。夜刀神の深い眼差しがしっかりと自分をとらえているのを見た理美は、顔が紅潮するのを感じた。
そなたとはまだゆっくり話しをしていなかったな
はい…
そなたは私と民らとのつなぎ役。現代では、そう――巫女と呼ばれる存在だな

お前は私のものとなり、お前は私に仕える。そなたの物語る力を以ってすれば、よい巫女として勤めが果たせるはずだ。

物語る力…?
夜刀神の言葉に、理美は気遅れを感じた。



たしかに、読み聞かせを好ましく思ったことはあった。しかし、その行為はあまりにも形がなく、自身も小学生のチャレンジ以来あまり公にしたことがない。



先日も「文芸部の課外活動としてどこかに読み聞かせに行ってみてはどうか」と提案したのだが、あまり受けがよくなかったことが記憶に新しい。創りたい人間のほうが多いのだ。




だから、理美にはそれが神様に特別気に入ってもらえるほどの行為とは思えないのだった。



そんなことを考えているうちに、ふと、理美の頭にある疑問がよぎった。

…夜刀神様はこうやって人と話せるのに…

私が『物語る』意味は、あるんでしょうか…?
―――!

理美の質問を受けた夜刀神は顔を強張らせた。その表情を見た理美はしまった、と思った。怒らせてしまうのではないか、そんな恐怖に駆られて理美は謝ろうとした。


その瞬間、別荘に少年の声が響き渡った。

――おい、ヤツノカミ!!
ここはオイラの領地だぞ!

窓の外を見ると、ドウロク――先日、祭りの主役だった少年が立っていた。鬼気迫る雰囲気が遠くからでもわかった。

ドウロク様、なぜここに…!

裕史たちは狼狽しながらも窓を開け、ウッドデッキに出た。理美もなんとなく裕史に続いた。しかし、ドウロクの目線はまだソファに悠然と座っている夜刀神を見据えていた。

ちょっと古いからって、今さらノコノコ現れて偉そうにしやがって…!
ああ、先住か。まったく耳ざわりだな
ど、ドウロク様、落ち着いてください…!私たちはあなた様への信仰を失ったわけではありません、ですから…!
蛇はズルガシコイんだ!あんたたちにその気がなくても、甘い顔なんてみせたらすぐ乗っ取られるんだからな!
―――蛙というのは本当にアタマが悪くて困る
驚く様子もなさそうな夜刀神だったが、気だるそうに窓をくぐって、ウッドデッキに立つ裕史たちの横に並んだ。
蛙。かみつく相手が違うのではないか。お前も国つ神なら怒りはスメラギにでも向けるべきだろう
な!
…へんっ、その手には乗らないぜ。そうやって話をはぐらかす。そーゆーやり方はお前のおトクイだもんな!
……
スメラギのことはお前を倒してから考えるさ!サイキンじゃこの町の雨はオイラがチョウセイしてんだからな、お前みたいな寝ぼけた蛇になんて負けな―――
――チュウコクはしたぞ、蛙

夜刀神は、片腕をまっすぐ天にむけた。



たちまち、空に重たい雲がたちこめ、あたりに地鳴りのような音が響き始めた。

夜刀神が腕を振り下ろした瞬間、内臓をゆさぶるような轟音と光が響き渡った。

光が消えた後には、ドウロクの後ろにあった木が燃えているのがわかった。雷が落ちたのだ、と理美が理解するよりも早く、夜刀神はもう片方の腕を空高く上げた。


ふむ、久しぶりだがモンダイはなさそうだな。さて、火事になるといかんな

夜刀神が腕を振り下ろすと、雨が降り始めた。雷が落ちたところに集中的に降る雨だった。



 



雷、そして雨。先日ドウロクが見せた力よりもはるかにまさった「力」であることは一目瞭然だった。

…!…!
腰を抜かして呆然としているドウロクに向かって、夜刀神はにっこり笑いかけて言った。
ーーさて、蛙。命はとらん。



お前の持つ最もよいな宝を、私に納めなさい

―――…
理美は夜刀神の後ろ姿を見つめながら、右手のひらで自分の腕を握りしめた。


そこで初めて、自分が震えていることに気付いた。

(「空恐ろしい」って言葉、リアルで使ったことなかったけど…)
(こういう気持ちのことを言うのかもしれない…)
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登場人物紹介

中村理美(なかむら りみ)

高校2年生。昔、学校に来た絵本読み聞かせのお姉さんに憧れて、ネット配信で真似してみたことがある。しかしクラスの目立つ女子グループに発見されてからかわれて以来、目立つことが怖くなった。部活は文芸部に入っているが、人数は少なくかつ「作りたい」人が多いため、「読み聞かせ」に興味がある理美は少し違和感を感じている。父親は町役場に新設された「畏者課(イシャカ)」に配属されている公務員。

小池信哉(こいけしんや)



高校2年生。1年前に引っ越してきた、理美の同級生。始業式で「君が代」で起立しなかったことで少し話題になった。噂によると牧師の息子でクリスチャンらしいが、訳あり家庭のようでアルバイトに明け暮れている…らしい。

夜刀神(やとのかみ/やつのかみ)

理美の町に顕現してきた蛇の畏者(イシャ)。雨や雷を操ることができるらしい。かつて自分を追いやったスメラギ(皇統)を憎んではいるが、現在の興味はもっぱら「この町の人間にいかにしてあがめられるか」に集中している。理美の「物語る力」に惹かれて妻にしたいと言い出す。


若狭 孝澄(わかさ たかすみ)

理美の同級生の生徒会役員。成績優秀で親切心にあふれているため、学校では目立つ存在。巫女家となった理美の負担を心配して、助けてくれる。

【これまでに頂いた感想】

「とてもよくできていると思います。『よろずさん』の設定なんてところどころ物議を醸しだしそうだけど、それが物語の良さになってる。」(30代)




【これまでに頂いた感想】

「神道が好きな人が書いたんだなと思ったけど、聖書の言葉もちりばめられてて興味深い。続きに期待」(30代)

【これまでに頂いた感想】

「My thoughts from
reading all of this is that "Gospel For The Shrine Maiden" will make
one of the most impactful animations. The reason for this is it has a lot of
elements that the Japanese will understand. If you do the animation right this
has enough intriguing imagery that it will captivate a non christian audience,
and in the end that is the goal.」(アメリカ出身・大阪在住30代)

【これまでに頂いた感想】

「僕もゲームをよくプレイするけど、このシナリオはとても面白かった。これからも書き続けてほしい」(アメリカ・30代/意訳)

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