第3話 カシコキモノは、弱肉強食
文字数 3,405文字
新たに畏者(イシャ)が現れて、しかもそれは待望の「蛇」だという。さらには、人間の娘を嫁に欲しいと表明している。
畏者課に勤める理美の父親:裕史(ひろふみ)は、戸惑う反面、事の重大さを察知したようだった。蛙の畏者の祭りから一夜経った翌朝、理美(りみ)は学校も休んで山上の別荘地に連れてこられていた。
なし崩しに夜刀神(やとのかみ)と一緒くたに裕史の上役から接待を受けて、今に至る。
夜刀神はソファに悠然と座り、美しいその顔に人の悪そうな笑みを浮かべた。
「夢を行き来していた」だけあって(※2話参照)、現代の文化にもさほど驚かないようだ。
それに比べると、理美の方がよほど戸惑っていた。夜刀神の左隣で、とにかく自分に話が振られてこないように身を硬くしている。
この状況で自分がどう振る舞えば良いのか、助けを求めたくて裕史に視線を送ってはいるが、裕史はで裕史で電話したりメールを確認したりに手一杯で娘に目をくれる暇はないようだった。
急に話を振られた裕史は、デバイスから目を上げて返事をした。そして、ふと何かに気づいたように神妙な口ぶりになった。
裕史の質問に、夜刀神は片眉を上げて黙ってしまった。
即位、というと「女系天皇の即位」のことを指しているのだろうな、と理美は思った。ウワサでは天皇家の力が弱まったから畏者なる存在が現れたのだ、と言われているが(それは畏者たち自身が言っていることだとも)、実際には確認のしようがないことである。
古代史にも宗教にも疎い理美からしてみれば、女系天皇の即位と畏者がどう関わってくるのかわからなかったが、裕史の質問が少し空気を凍らせたことだけはわかった。
一瞬の沈黙のあと、夜刀神は口を開いた。
裕史の目が少し生気を帯びたように見えた。真面目な裕史は、「畏者課」に配属されて以来自分なりに調べたり仮説を立てたりしていた。夜刀神の答えはおそらく、自分の仮説の裏付けになるような事柄であったのだろう。
それが一体何を意味するかは、理美には見当もつかないのだったが。
(っていうか、私いま夜刀様に話しかけるべき?私から話しかけて大丈夫なの?失礼じゃない?)
たしかに、読み聞かせを好ましく思ったことはあった。しかし、その行為はあまりにも形がなく、自身も小学生のチャレンジ以来あまり公にしたことがない。
先日も「文芸部の課外活動としてどこかに読み聞かせに行ってみてはどうか」と提案したのだが、あまり受けがよくなかったことが記憶に新しい。創りたい人間のほうが多いのだ。
だから、理美にはそれが神様に特別気に入ってもらえるほどの行為とは思えないのだった。
そんなことを考えているうちに、ふと、理美の頭にある疑問がよぎった。
理美の質問を受けた夜刀神は顔を強張らせた。その表情を見た理美はしまった、と思った。怒らせてしまうのではないか、そんな恐怖に駆られて理美は謝ろうとした。
その瞬間、別荘に少年の声が響き渡った。
窓の外を見ると、ドウロク――先日、祭りの主役だった少年が立っていた。鬼気迫る雰囲気が遠くからでもわかった。
裕史たちは狼狽しながらも窓を開け、ウッドデッキに出た。理美もなんとなく裕史に続いた。しかし、ドウロクの目線はまだソファに悠然と座っている夜刀神を見据えていた。
夜刀神は、片腕をまっすぐ天にむけた。
たちまち、空に重たい雲がたちこめ、あたりに地鳴りのような音が響き始めた。
夜刀神が腕を振り下ろした瞬間、内臓をゆさぶるような轟音と光が響き渡った。
光が消えた後には、ドウロクの後ろにあった木が燃えているのがわかった。雷が落ちたのだ、と理美が理解するよりも早く、夜刀神はもう片方の腕を空高く上げた。
夜刀神が腕を振り下ろすと、雨が降り始めた。雷が落ちたところに集中的に降る雨だった。
雷、そして雨。先日ドウロクが見せた力よりもはるかにまさった「力」であることは一目瞭然だった。
そこで初めて、自分が震えていることに気付いた。