第2話 捨てられるモノガタリ、拾われるモノガタリ
文字数 3,988文字
キレイな白蛇…。でも、頭にツノみたいなの生えてるし、本当によろずさんだったらまずいんじゃ……
日本人ならテンノーケの伝統を守るほうが正しいって親父が言ってたぞ!
止めないと…!ふつうの蛇でも、生き物をいじめるのはよくない…!ハズ…
物騒な雰囲気の少年たちに理美は話しかけた。できるだけ笑顔で、刺激しないように。
少年たちは、理美を一瞥したかと思うとすぐに視線を外し内輪で笑い声をあげた。バカにした様子を悪びれもなく見せつけられて、理美は自分の取り繕った笑顔をひどくみじめに感じた。
怒ってみせたらやめるだろうか、それともさらに笑われるだろうか、理美は次の言葉を考えたが、気持ちに反して涙がにじんできた。
しかし、先ほどの蛙の畏者(イシャ)のことを思い出した。もし畏者(イシャ)だったら、人間がこんなカタチで手を下してはいけないと理美は思った。たとえ畏者でなくても、物語では古今東西、生き物をいじめる少年にふりかからない災厄はないような気がした。
幸いここには人の目はない。理美が何をしようとも、とがめたり笑ったりする傍観者はいないはずだ。
(別に、反省しなくていい…とにかく止めさせたらいいんだから…!)
――『天と地が、はじめてできたころのお話です。天空にある高天の原に、イザナミとイザナギという神が生まれました』
知ってる?その…テンノーヘイカのご先祖さまのイザナミとイザナギのことは
し、知ってるよ、アレだろ!?その――お前知ってるよな!
え、えーと…最初に日本を作った神さま…だったっけ?
しめた、と理美は思った。
これは今読んでいる絵本の冒頭であり、実は理美もその絵本のメッセージを理解していなかったが、少年たちの注意を引くことができた。
この絵本に描かれている神々の子孫が天皇家であると考えられていることは、父親から聞いてなんとなく知っていた。理美は続けた。
そ、そうそう。えっと…そのイザナミとイザナギには3人の子どもの神さまがいてね――末っ子のスサノオノミコトに退治された『八岐大蛇』(ヤマタノオロチ)って蛇のことは知ってる?
それ、頭のわかれた蛇のことだよな?FGTのスーパーレアキャラであったから知ってる
――そう、蛇なんだよ?
だからね、蛇はすごい力を持ってるの。もし殺したら、憑りつかれちゃうかもしれないんだよ…
…ってことは悪いヤツなんだろ!じゃあいま殺してやるよ!
理美は自分の顔が熱くなるのを感じた。「蛇はすごいからいじめない方がいい」という話をしたかったのだが、少年というのは得てして自分とは考え方が違う生き物なのだ。
えっ、いや違うの!えーと、そう!聖書にも蛇が出てくるのは知ってる!?悪魔は蛇に入ってアダムとイブに智恵の実をたべさせたんだけど、それは蛇が賢い生き物だったからで…
理美はあわてて次の話題を出した。聖書についてもまた全貌などは知らない理美だったが、天地創造やアダムとイブ、ノアの箱舟といった話しは絵本を通して断片的に知っていた。
こちらでも蛇が登場したはずだ、と記憶をたどりながら言葉を継いだが、やはり少年には通用しないようだ。
だから、悪いヤツなんだろーが!じゃあ今すぐ頭潰しちまおうぜ!
理美は次の言葉を探したが、もう頭が真っ白だった。自分はこの少年たちを止める物語りができないのだと思った。脱力感に見舞われた理美は、なげやりに言葉を放った。
理美の言葉に応じるように、白蛇は少年の足に噛みついた。
白い蛇は器用に口を離した。噛みつかれた少年の足からは赤い血が流れ出ていた。それを見た少年たちはみるみる蒼白になっていった。
お、オレは蛇を押さえてたぞ!お前がゆるめたんだろ!
少年たちは手に持っていた木の棒を放り投げ、押し合いながら去っていった。
理美はその場に座り込んだ。心臓の鼓動はまだ落ち着かなかったが、とにかく安堵した。
理美は、独り言とも蛇に話しかけているともとれない口調でつぶやく。
理美はあたりを見渡したが、自分以外に誰もいなかった。となると、この白蛇がしゃべったのかもしれないと思い、白蛇を改めて見つめた。
――本当に畏者なのか、父親に連絡を、その前に捕まえておくべき?でも怒らせたらとんでもないことが起こるのでは、そう蛇だ。父がこぼしていた待望の蛇の畏者だ―― 理美の頭のなかを、様々な考えが駆け巡った。
硬直する理美をよそに、白い蛇は続けた。
そなたのモノガタリであいつらの気がそれ、かみつくスキができた。感謝す――
その瞬間、「ばさっ」という音が理美の耳をかすめ、視界に黒いものが横切った。
見上げると、一羽の大きな鳶(とんび)が白い蛇をつかんで青空を舞っていた。
え!え!え!よろずさんなら助けないといけない…よね!?
理美は、少年たちが放り捨てていった棒を手にとって助走をつけた。大きくふりかぶって、投げやりのように投げ放ち――
当たったかどうかを見極めようと木の棒を目で追っていたが、自分の足元に何もないことに気づいた。その瞬間、理美は足から湖面に沈んでいった。
はるか頭上に光が輝いている。光の揺らぎから、理美は自分が湖に落ちたことを思い出した。
(苦しくない)
(もしかして、もう死んだのかな)
(あの蛇、ホントによろずさんだったんだ…。それにしたってこんなの…間抜けすぎ…)
(ああ…けっきょく物語りのチカラなんて独りよがりなんだな――ハッタリしか効かなかったし――)
(…誰?魚のよろずさんとか?なんで私の名前知ってるんだろう……心が読めるのかな……)
―― 『一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる……』
(なんの一節だろう――ここは地じゃなくて湖なんだけど)
(ああ、地に落ちたら実を結ぶけど水に落ちたらきっと腐って終わりだから…私は死んでも役に立たないってことか…)
目に入ってきたのは見知らぬ天井と見慣れた父親と母親の顔だった。
理美は声を出したつもりだったが、うまくしゃべれなかった。喉に手をやろうとしたが、腕に細いチューブが刺さっていてうまく動かせない。
ああ、しゃべらなくていいのよ。そしたらあなた、あの方に……
理美の父親は、カーテンの向こうに誰かを呼びに行った。ほどなくして顔をのぞかせたのは、端正な顔立ちの銀髪の男性だった。
(ツノ…銀髪…赤い目…。もしかして、助けた蛇の…)
理美、この方は畏者だ。お前を助けてくれたのはこの方なんだよ。
すでに湖で少し話したからな。そのあとトビにさらわれた私を助けてくれたのだ
そ、そうでしたか。いやぁ、おとなしい子だとばかり思っていたからそんなことをするとは思いもよらず……それに、かえってご迷惑をおかけしてしまい……
理美、あなたずいぶん大それたことしたのね…
でも不注意すぎよ、湖に落ちるなんて聞いたことないわよ、まったく…
いや、その勇気と行動力にカンプクした。目覚めてこの肉体に変化するのに気づいたばかりで…手こずっていたのだ。それに、勇ましいだけではなく機知にも富んでいる。素晴らしい娘だ。
私が目覚めてすぐこのような娘と出会ったのは、何かの縁だろう。ぜひ私の妻に迎えたい
いやぁ、そこまで褒めていただくと恐縮です。しかしどうしましょう、もし我々人間にご協力いただけるなら、お世話役には神社を紹介するのが一般的でして…あっ、もちろん天皇家に縁のないところを紹介いたしますのでご安心を…あ、天皇家はスメラギのことで…
畏者たちはなぜか現代の言葉が話せるのだが、改めてその流暢さに理美は驚いた。
スメラギのことはわかる。長く眠っていたが、夢を通して人間のことは知っている。言葉にはそう不自由しない。
銀髪の男性は愉快そうな笑みを浮かべて続けた。蛇の時はかすれ声だったが、この姿の声は低く通った声だ。彫りの深い骨格に美しくおさまっている赤い瞳が、一瞬大きくなった気がした。
私は理美が良いのだ。元来、私のような者には取り次ぎ役として女が付くもの。
――この夜刀神(ヤトノカミ)、理美を妻として頂こう。
理美は、思わず夜刀神(やとのかみ)を名乗る男性を見た。しかし、すぐに目を逸らした。さまざまな疑問が出てきたが、何一つとして言葉にできなかった。
※作中引用:「国生みのはなし~イザナギとイザナミ~」荻原規子著 三浦佑之監修 斎藤隆夫イラスト 小学館 ※
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