Fallen ※暴力表現ありR-18G
文字数 3,777文字
純白の羽根をはやした女性を見かけその美しさに後をついて行ってしまい、羽根に手を伸ばした瞬間に「つかまえた」と逆に掴まれてしまったのだ。そこは人目にはつかない場所で、そしてそのままどこから食べようかと女性が思案している間に両親と兄が走ってやって来たのだ。両親は「一華をはなせ!」と言いお兄ちゃんは「一華!」と名前を叫んでいてくれた。私は訳も分からず怖くなってしまい「おにいちゃん!」と叫び返していた。
「お兄ちゃんの所に帰りたい?」
と女性が言うので私はこくこくと頷き涙を流していた。
「ならあなたたち二人と交換ね」
女性が指さしたのは両親二人だった。
「子どもの肉はとっても美味しいの。その代わりにはあなたたち二人分いるわ」
それに対して「わかったわ」と間髪入れずに答えたのは母で、「烏頭、一華を頼むよ」と兄に話したのは父だった。その回答に満足したのか、女性は私を地面に下ろすと私は家族のもとへ走って行った。
「ごめんなさい!」
「いいんだよ一華」
「そうよ、大丈夫」
私の言葉に両親は優しく答え、兄と私を二人揃って抱き締めてくれた。
「愛してるよ、二人とも」
「愛してるわ」
この言葉を最後に二人は女性のもとへ向かいそのまま首を刎ねられた。
目の前では私たち兄妹を庇った両親が食べられている。
悍ましい光景は、ぐちゃぐちゃと血と臓物が混ざり合う音とそれを一心不乱に食べ続ける天使で、私はお兄ちゃんに抱き締められ「見ちゃだめだ、一華」と言われながらもその光景を必死に目と脳に焼き付けていた。ぼろぼろと両目からは涙が流れ続けていたけれどただただ必死だった。気付けば絶対に復讐してやる、と幼心にそう思いそして口に出していた。
お兄ちゃんはそう言った私をさらに強く抱き締め「ああ」と短く返事をしたのだった。
大人二人分をぺろりと平らげた天使は「約束は守るわ」と言い、その純白の羽根を大きく広げ飛び去って行ったのだった。
お兄ちゃんが「役所に行こう」と言うので私は「うん」と言い涙を拭い差し出されたお兄ちゃんの手を取った。その後は役所での手続きを行い(私は知らなかったが、天使による人を襲う事件が増えていたらしい)、数日後に骨も残らなかった両親の衣服だけが戻ってきたのでその衣服を弔いとして燃やしてお墓に埋めた。
忘れもしない、春の温かな季節の出来事だった。
「ん-」
ベッドの上で身体を伸ばしふう、と溜め息を吐く。
忘れもしない光景をあの日から延々と夢で見続けている。あの日から私は言葉がうまく発せられなくなり、お兄ちゃんの記憶はより早く失われる、というよりもとどめることができなくなっていた。すべての元凶はあの天使の所為だ。私はベッドから抜け出し壁に貼ってある切り抜きを眺める。これは天使による人的被害の事件ばかりだ、
そもそも天使は肉食で特に人の肉を好んで食べる種族だった。今では人を食べずに血液パックで済ませるようにという法律が施行されているが、当時はその辺りを取り締まる法律がなかったのだ。
憎い。私は新聞の切り抜きを睨みつけながらそんなことを思った。
私が気が狂ったふりをしているのはその方が周囲の人たちから警戒されて何をしていても遠巻きに見られるだけだからだ。
憎い。
あの天使は今も捕まっておらずどこかでのうのうと生きているのだろう。
憎い、憎くて堪らない。
胸中を支配しているのは憎しみで、それはあの当時から燃え続けている。
「ぜったいにみつける」
これは毎朝の儀式のようなものだった。あの日の夢を見て目覚め、決意を表明し、身支度をする。服を脱ぎ、着替えると私は一階に降りていく。リビングの扉を開けると、珍しくお兄ちゃんが起きていた。いつもはまだ寝ているのに珍しい。
「おはよお、お兄ちゃん」
「おはよう。今日も探しに行くのか?」
どうやら今日のお兄ちゃんは記憶がはっきりしているらしい。はっきりしていない日は挨拶だけで終わってしまうから。
「うん、そうする」
「……気をつけてな。まだ野良の可能性もあるから」
「大丈夫、わかってるよお」
この国に居る天使たちは全て役所からマイクロチップが埋められているのだが、一部の天使たちはこれを逃れている可能性があるのだ。
「俺は今日も荘園に居るから何かあったらすぐ来るんだぞ」
「うん」
お兄ちゃんは私の頭を撫でながらそんなことを言う。お兄ちゃん、お兄ちゃんは私のことを恨んでないの。わたしのせいでお父さんとお母さんは居なくなっちゃったのにお兄ちゃんは私のことを一度も責めたことがない。私が微妙な表情をしていたからだろう。お兄ちゃんは私の顔を覗き込みながら「どうした?」と聞いてくるが私は「なんでもない」と返し、机の上に置いてあるボディーバッグを取ると素早く身につけた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
外に出てすぐ、私は家の裏山の方へ足を進めた。この場所は何度も探した場所ではあるけれど一番天使の香りが強いのだ。天使は一人一人独特な香りを身に纏っており、その香りのことを覚えているのは私だけだ。さわやかな花の香りなのにに少しだけ甘ったるい残り香。最近はその香りが裏山の森からするのだ。あそこはバナナの荘園があるくらいだったのに、バナナの香りとは違い過ぎる。だから、一番怪しいのだ。
私は裏山へ辿り着くと、自分の鼻を頼りに歩き始めた。香りが一層強い方向へと足を進める。右か、左か、直進か。くんくんと嗅ぎ分けながら進み辿り着いたのはバナナの荘園だった。
「どうして……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。ここから香りがするということは、もしかして。
「こんにちは、見学の方ですか?」
背後からかけられた忘れもしない声に強くなった香り。そして先ほどの発言。導き出される答えは一つだった。
「荘園の管理者……」
「? はい、そうですが……」
私はゆっくりと振り返り、声の主を目に捉える。あの女だ。桃色の髪を束ね肩に垂らして、あの頃と変わらない純白の羽根が背中から生えていた。
「! あなたは」
「やっとみつけたあ」
私は天使に向かって飛び掛かるとボディーバッグからナイフを取り出し、彼女の首に刃先を当てた。
「忘れたとは言わせないよ、お父さんとお母さんの仇」
「……そうね、いつかこんな日が来ると思っていたわ。好きにして」
その発言はなぜか私の脳内をカッと燃え上がらせるには充分だった。ぐ、と刃先を強く押し当て横に引き裂こうと思った瞬間に「やめるのだ!」とかかった声の所為で私の手はぴたりと止まった。
「そ、荘園の管理者に危害を加えることは法律でき、禁止されてるのだ!」
「それが?」
「え」
私の発言にその少女は戸惑いを見せる。こちらはそんなことは重々承知なのだ。
「私はこの女に両親を殺された。その復讐をするのには誰にも邪魔させない」
「でも、でも……」
「いいのよ、ユイナ。これが私の罪だから」
女は少女、恐らく荘園のヌシであるユイナに向かって語りかける。
「やだぁ! 僕からエディをとらないで!」
うわあん、と泣き出してしまった少女はまるであの日の私じゃないか。最愛の両親を失った私と。同じ、あの思いを何も罪がないこのヌシに合わせるのか。でも、それでは私のこの感情はどうしたらいい。お兄ちゃんの記憶の整理はどうしたらいい。分からない、どうしたらいいのか。お兄ちゃん、お兄ちゃんたすけて。
「……」
私は無言でエディと呼ばれた女の上から立ち上がるとナイフをボディーバッグにしまい、砂埃を払い身支度を整える。
「……いいの?」
「よくない。けど、そこのヌシに私と同じ思いを合わせたくなかっただけ」
「ありがとう」
「やめて。私は、私たちはあなたのことを許さない。これからもずっと」
視線を一切合わさずにそう、会話を続ける。
「……お姉ちゃん、エディを殺さないでくれてありがとう」
ユイナが私の背中に向かったそう告げるが私は何も返事をしなかった。ただ、一度だけ振り返り、ユイナとエディが抱き合っているのを見つめその場を後にした。
私は気づけば駆けだしていた。行先はお兄ちゃんが居るぶどうの荘園だ。ハアハアと息が切れようとも足が疲れて転ぼうともすぐに立ち上がって走り続けた。ようやく辿り着いた時にはボロボロだったのだろう。お兄ちゃんが心配そうな表情で駈け寄ってきた。
「一華?!」
「おにい、ちゃん」
へたりとその場に座り込んでしまった私の肩をお兄ちゃんが掴む。
「どうした、なにがあった?」
「あのね、あのね、お父さんとお母さんの仇を見つけたの。でもね。殺せなかった。荘園の管理者になってて、それで、それで。うぅっ、あのね、ヌシを私たちと同じ目に合わせたくなかったの。でもじゃあ、私たちの思いはどうなるのって」
「もういい、もういいよ一華」
お兄ちゃんが私をぎゅう、と抱き締める。そうしたらそれまで一滴も流れていなかった涙が勢いよく流れ始めた。
「うわああん! ごめんなさい! お兄ちゃんからお父さんとお母さんを奪ったのに何も出来なくて!」
「いいんだ。一華が居れば俺はいいんだ」
お兄ちゃんの言葉に私はごめんなさい、ごめんなさいと叫ぶように言葉を発し、涙を零しながら抱き着いた。お兄ちゃんは「大丈夫だ」と言いながら私の頭を撫で続けてくれた。
これが私の復讐が終わりを告げた日だった。