第2話 この世界の秘密

文字数 2,938文字

 森を歩いて数十分は経っただろうか。何も建物が見えてこない。そういえばこの歩いている道は獣道と言う訳でもない辺り誰かの私有地なのだろうか?もしかしてずっと手を掴んで引っ張ってくれているこの子が?そんなことが有り得るのだろうか。でもどうやらこの世界は自分が生きてきたあの場所とは違うみたいだし。どうなんだろう、と思った辺りで彼の足が止まる。必然的に自分も足を止め下ろしていた視線を上げると中世ヨーロッパのようなまるで漫画の中の世界のような建物が建っていたのだ。
「行くぞ」
「あ、うん」
 再び手を引かれその建物に向かって行く。そして慣れた手つきで扉を開けたかと思うと入口すぐ横の窓口に向かい始めた。そこは9番窓口と書かれた場所でこの建物は元の世界で言う市役所のようなものなのだろうかと考えを巡らせる。彼を一瞬見やるとぐい、と手を引かれカウンターに近付かされ受付のお兄さんと話しだした。
「こんにちは、どうされましたか?」
「新しい異界落ちだ、説明をお願いしたい」
「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
 僕をおいて話はどんどん進んでゆく。受付のお兄さんが書類の準備をし始めたのを見た彼はパ、と僕の掴んだ手を離すと「じゃあな」と立ち去ろうとするので慌ててその手を掴む。
「あの、ありがとう、本当に」
 彼は手を振り払わない、あちらの世界の人とは何もかもが違う。
「気にしなくて良い」
「僕、竜胆って言うんだけれど君の名前は?」
「名前を聞いても忘れると思うから意味があると思えないが……烏頭だ」
 それってどういう意味と追求したかったが受付のお兄さんが「どうぞー」と声をかけてきたので出来なかった。いつかまた会えたらその理由が分かるだろうか。
「どうぞ竜胆さん」
「はい」
 どうして名前を、と思ったがおそらく先ほどの会話を聞いてきたのだろう。そのお兄さんは何種類かの書類を手に持ち、いくつかある内の一つなのだろう個室に案内してくれた。なんだかテレビで見る取調室みたいで嫌な気分になったのは内緒だ。
「それでは竜胆さん、この世界の仕組みとあなたに何が起こっているのか、それとこれからどうしていくかをお話ししましょうか」
 これから、という言葉にびくりと身体が反応する。それを見たお兄さんが「大丈夫ですよ」と笑いかけてくる。
「……はい」
 人を安心させる笑みだ。でもこの人が僕にとって"善い"人とは限らないから注意しなきゃいけない。
「まず、あなたが住んでいた世界は地球と呼ばれる場所ですか?」
「はい」
「国の名前は分かりますか?」
「日本です」
「わかりました」
 そうお兄さんは言うと一つの書類を取り出し僕の目の前に置く。
「ではこちらの書類に記入をしてもらえますか?」
「わかりました」
 僕は書類と筆記具を受け取ると内容に目を通す。
名前は、性別は、年齢は、こちらの世界に来る前にしていたことは、エトセトラ、エトセトラ。両面に渡った質問の最後の内容は『元の世界へ戻りたいですか』だった。僕は思わず動きを止めてしまう。元の、世界へ?戻る?どきりと、鼓動が五月蠅く脳に響いた。
「竜胆さん? どうかされましたか?」
「この、最後の、しつ、もんって……」
「ああ、それですか」
 恐らく僕の表情は青褪めていただろう。目の前のお兄さんは「うーん」と唸り声を上げたあとに「ではそこは保留にして先に説明にしましょう」と言った。説明、説明?そこで先ほどのお兄さんの言葉を思い出す。この世界の仕組みと僕になにが起こっているかを説明してくれると言っていた。それが最後の質問と関係があるのかは分からないが聞いてみることにした。
「まずこの世界の名前はドゥニャといいます。五つの大陸に分かれていて、北がクゼ、南がグネ、西がバト、東がドグ、真ん中の大陸がクロールク」
 お兄さんが僕の目の前に置いてくれたのはこの世界の地図だろう。一つ一つの大陸を指差しながら説明をしてくれる。この世界はどうやら中心のクロールクという大陸を囲み東西南北と他の大陸が存在するらしい。
「私たちが居るのはここ、北のクゼという大陸です。比較的様々な種族の方が住んでいる大陸ですね。自然が豊かな土地に都会の喧騒もあり、気候も穏やかで……ああこの辺りは竜胆さんのいらっしゃった日本と同じように四季がありますと言う風がわかりやすいですかね。ただ他の大陸からは蛮族の国とも呼ばれています」
「へ」
 蛮族の国?僕には今の説明でどこにそんな要素があるのか分からなかった。
そうするとお兄さんは眉毛を下げながら理由を話し始める。
「この国の食べ物は全て人の形をしているんです」
「え」
「肉、魚、野菜、果物。加工品や輸入品はこれには当て嵌まりませんが、この国で育つ食物は全て人の形なんです」
 それ以外はいい国なんですけどね、とお兄さんが話していたが僕はそんなこと頭に入っていなかった。
「そんなの……」
「あ、やはり竜胆さんも」
 お兄さんが悲しそうな声を出しながら話すのを僕は言葉を被せて阻止する。
「最ッ高の国じゃないですか!!」
「えっ」
「あ」
 思わず勢いよく立ち上がってしまった僕は恥ずかしさに頬に熱が集まるのが分かる。
お兄さんはぽかんと数分した後に一頻り笑い声を上げたあとに「ありがとうございます」と言った。
「役所の人間としてはこの国を好いてもらえるのは嬉しいものです。では以前の世界に帰るという話はどうされますか?」
「あの、もし以前の世界に戻る場合は僕はどんな形で戻ることになるんでしょうか」
 僕は椅子に座り直すとずっと気になっていたことをお兄さんに質問した。この頃にはもう最初にあった緊張はなくなっていた。僕はこの世界に来る前にビルから飛び降りている。だから生きていることは有り得ない筈なのだ。
「そうですね……ああ、竜胆さんの場合はもう亡くなっているので新しい肉体が用意されることになります。そしてその肉体で新たな人生を過ごすことになりますね」
「そうですか……」
「どうされますか?元の世界に戻られるか、この世界に残るか」
 違う容姿なら今度はまともな人間として扱ってくれるかもしれない。両親だって愛してくれるかもしれない。友達だってできるかもしれない。人並みの、自分の思い描く人生が送れるかもしれない。けれど。
「この世界に残ります」
 僕は人の醜さを知ってしまっていた。勿論この世界でも醜さに直面することもあるだろう。それでも彼は、初めて会った彼は僕のことを拒まずに手を差し伸ばしてくれた。このお兄さんもだ。それだけで、たったそれだけのことでこの世界に残ることを選ぶには十二分だった(もちろん食物がすべて人の形という僕の特殊な欲求を満たすことが出来るのも魅力的だったが)。
「かしこまりました。では、住む家や色んなことを決めていきましょう」
「はい。あの」
「? どうされました?」
 もじ、と言葉を濁らせる僕にお兄さんは優しく言葉をかける。
「僕の名前は竜胆と言います、あなたのお名前を教えてくれませんか?」
「これは申し遅れました。僕の名前は久世と言います。一応この大陸を治めています」
「っ」
「さあ、始めましょうか」
 僕の驚きを他所に久世さんはいろいろな種類の書類を取り出し並べ始めるのだった。
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登場人物紹介

竜胆(りんどう)


この世界に落ちてきた存在。

元々の世界では容姿のことから虐められており

(また、両親からも毛嫌いされていた)

全てを諦めてビルの屋上から飛び降りたところ、

目を開けたらこの世界にいた。


その際に出会い、面倒を見てくれたのが烏頭だった。

食物が人型であることに怯むことなく馴染み、

元々あったカニバリズム染た欲望を

満たすことが出来るこの世界のことを愛している。


烏頭のことを色んな意味で

愛している上で食べてしまいたいが

そうなったら後悔することが分かっているのでしていない。


烏頭(うず)


物忘れが激しく、すぐに忘れてしまう。

が、時たま記憶が戻ったり以前のように明るく朗らかな性格で振舞ったりする。

それ以外の時は厭世家気味。


過去、飼っていた魚に

「自分が死ぬ前に食べて欲しい」と言われ涙を流し吐きながら食べてからは

ブドウしか食べることが出来ない。

その件がきっかけでブドウ園の従業員になることになったが、烏頭自身はその件について覚えていない。

それをきっかけに記憶を留めておくことが苦手になり

今現在飼っていた魚のことは一切覚えていない。

ブドウ畑からの帰り道に竜胆を見つけ保護した。

竜胆に対してはそういう性癖もいるよな、

というくらいしか感じていない。一応友人。

一華(いちげ)


烏頭の妹。

気が狂っている。

いつもへらへらと笑いながら周囲をふらついており

間延びした話し方は聞く人が聞けば恐怖を感じるかもしれない。


かつて両親が目の前で

天使に食われたことによって気が触れてしまった。

そのことだけは一華も烏頭も覚えておりいつかその天使に出会ったら

復讐したいと話している。

言ってしまえばそれだけが生きがいである。


ぶどう畑の主


同個体が何人も存在するうちの唯一である主。

体内でぶどうを生成しているため

採るためにはその腹を割かなければいけない。

ブドウ園の従業員である烏頭のことは個体認識している。

また同一体は自分を欲してくれる人に好意を抱きスキンシップは多め。


かつて、何も食べれなくなった烏頭がブドウ畑に迷い込み芳醇な匂いにつられ

無理やり食べたことからブドウを食べるようになったが、

その事を覚えているのは主だけである。

基本的にヌシも同個体もニコニコ笑顔で楽観主義。


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