第5話 それから ※暴力表現あり
文字数 2,247文字
と、竜胆はつる棚の下で呟く。そこは休憩所のような場所でベンチが一つだけ置いてあるのだ(竜胆はここに来る時はよくこのベンチに座っている)。
竜胆の視線の先には烏頭がおり何個かのブドウたちに囲まれている姿はさながら保育所の先生のようだ。すべての個体が烏頭を慕い愛情を向けているのは烏頭が生産者だからなのかそれとも本当に情をもっているからなのか。それではなぜ食べられることを良しとしているのか。竜胆はこの五年間ずっと考えてきたが、結局真実も答えも分からなかった。ブドウたちに問うてみても「うずのことすきーりんどうのいってることはむずかしー」「ねー」「そうだよねー」「たべられるのはうれしいよ! だってそのためにうまれてきたんだもん!」「そうそう」とびいびいと鳴く雛鳥たちのように言葉が返ってくるだけだった。ヌシに聞いてみても「お好きなように考えればいいんですよ」と意味深なことを言われてしまった。では烏頭に聞いてみるかと聞けば「そんなこと気にしてるのお前だけだと思うけど。そもそもこの世界ではそれが普通なんだよ、その普通に意味を求めても誰も答えられない、しいて言うのなら生きるためとかいう有り触れた言葉なんじゃないか」知りたいなら自分で探すことだなと放置され数日後にもう一度その話をした所「そんな話したか?」といつもの物忘れを発動させていたのでもう誰かに聞くのはやめにした。
烏頭の言う通り自分で納得しなければならない問題なのだろう。
さて、話は変わるが烏頭の物忘れにもこの五年間で竜胆はしっかりと慣れたものだった。
最初の方は名前を忘れられる度にショックを受けていたがヌシからのフォローや彼の妹の(薄紫色の明るい髪色の髪を腰まで伸ばし烏頭と同じ色の瞳をもった)一華からのこれもフォローで(兄妹で二人暮らしをしているらしく、両親は幼少期に事故で亡くなっているらしい)名前と顔を覚えてもらったのだった。ある朝会った瞬間に「よう、竜胆」と言われた時の感動は忘れられないと竜胆は一人感慨にふける。
「なに百面相してるんだ」
そんな竜胆に話し掛けてきたのは先ほどまでブドウたちに囲まれていた筈の烏頭だった。
「あれ、烏頭。あの子たちは良かったの?」
「ああ、アイツに任せてきた」
烏頭はそう言いながら持ってきていた水筒の蓋を開け中身を呷る。竜胆は「ふうん」と言いながら先ほどまで烏頭が居た場所に視線をずらすと、ヌシがこちらを見ながらにこやかに手を振ってくるので。見透かされたような微妙な気分になりながら手を振り返す。
「ねえ烏頭とヌシさんってさ」
「ああ」
竜胆は今まで聞きたくても聞けなかったことを口に出す。
「どういう関係なの」
ざあ、と風が吹きぶどうたちがきゃらきゃらと声を上げる。烏頭は水筒の蓋を閉め自分の方を見ようともしない竜胆を見下ろしながら口を開いた。
「どういう関係も何も食料と消費者でしかないけど」
「は」
「ああ、ここのオーナーと従業員という間柄でもあるな」
「……そういうのじゃないんだけどなあ」
ガクリ、と竜胆は肩を落とし落胆の意を表すが、烏頭はなんのことかと小首を傾げ、そして考えるだけ無駄だと判断したのかすとりと竜胆の隣に腰を下ろした。
「そういえば店、開くらしいな」
「うん肉屋。自分の欲求も満たしながら働けるなんてありがたいよ。まあ、上手くいくかはわからないけどね」
竜胆の言う自分の欲求とは、人肉嗜食だ。それを実際に行うつもりは竜胆にはないわけだが、この世界では疑似的にその欲を満たすことが出来る。しかも味は本来の食材の味で。人肉の味を知りたくないと言えば嘘になるがそれを実行するのは愛したものだけにしたいと竜胆は考える。これは竜胆なりの一種の愛情表現のようなものだった。
「まあ烏頭が利用することはないと思うけどたまには覗きに来てよ
「そうさせてもらう。うちは一華のがよく行くことになるかもしれないな」
「ご贔屓さんが増えるのは嬉しいからありがたいよ」
「開店祝いにうちのブドウ詰めて持ってくよ」
「はは、ありがとう。あ、そういえば最初から言葉が通じていたのってチップが入ってたからだったんだね」
「お前も五年経ったからチップ入れる時期か」
「そう、この前入れてきたんだよね」
竜胆は手根骨の辺りを撫でながらそう呟く。恐らくそこにチップを入れたのだろう。
元々この国で生まれた者は、生まれて直ぐにチップを入れられる。それは個人の暮らしがどうなのかや税金を納めているか、未成年であれば学校へ行っているか。まあ平たく言えば監視されている訳だが、いい面もある。行政との連携が取りやすいのと様々な種族との独自の会話が翻訳されるのだ。異種族の言葉は自分たちの言葉に、自分たちの言葉は他種族の言葉に、だ。様々な個人の情報は抜かれてしまうが、これもこの国で暮らす為の儀式みたいなものだ。と竜胆は受け止めていた。
「まさかお前とこんな長い付き合いになるとはな」
と烏頭はなんでもない風に言うが、竜胆にとっては違った。付き合いを続けたかったのだ。自分を初めて受け入れてくれた存在を手放したくなく、自分に初めて触れてくれた人に恋慕に似た感情を抱いてしまった。雛鳥が初めて見たものを親鳥だと思う感覚である刷り込みなのかもしれないが。
それでもよかったのだ。竜胆にとっての感情がそうだと言っているのだから。
再び、ざあと周囲に風が舞いあがる。
どちらからとでもなくお互いは見つめ合うと「よろしく」と言い合うのであった。