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文字数 1,902文字
当たりだ――カリンは思った。
きらびやかな街には、かすかではあるが、邪神の気配が漂っていた。
カリンの頭髪には、邪神限定の探知能力が付与されている。
用途が限定されすぎる上、目的が達成されればそれまで。しかも戦闘力の向上には寄与しない。それゆえ、他の騎士は見向きもしなかった能力である。
しかし、一介の貧乏貴族に過ぎなかったカリンにとっては、一発逆転の切り札となり得る。
これも、貧しい暮らしをしている家族や領民のため――カリンは、なけなしの蓄えをはたいて改造医 に手術を依頼し、この能力を手に入れた。
目論見は見事に的中し、カリンは神殺しの英雄となった。
実際はとどめを刺し損ねたわけだが、あらためて追討の役に任ぜられたのも、その能力を買われてのことであろう。
少なくとも、ロウタス一世の考えはそうだろうし、グローリアーナもそう言って少年王を説得したにちがいない。
「ふ……ふふ……」
思わず笑みが込みあげる。
この能力が、《こちら側》でも有効とは、ありがたいことこの上ない。
「待っていろ、邪神め。ぜったいに逃がさん……!」
気配をたどって歩く。それにしても、なんという人の多さか。
強烈に発光する看板は、建物だけでなく通りのそこここにも置かれ、絶えずこちらを威圧してくる。
すこし、足許がふらついている。
人混みに酔ったか。それとも、知らない土地で、見慣れぬものをいっぺんに見たせいだろうか。
〈あっ〉〈危ない〉〈ご主人様 !〉
「えっ?」
人混みを抜け、すこし広い通りに出た瞬間。
大きくて黒っぽい塊が、物凄い鳴き声をあげながら突進してきた。
「お、乙種……!」
〈ダメだよ!〉〈目立つのはダメ!〉〈よけてよけて!〉
とっさに剣を取り出そうとしたのを思いとどまり、カリンは横に跳んでその塊を避けた。
怒ったような声を響かせて、塊は走り去る。
「危なかったな、あのメイドさん」
「なんかフラフラしてない?」
「酔っ払ってんのかな?」
通行人が遠巻きにこちらを見ながら、そんなことを言っている。
はて。メイド?
「それにしても、いまのはなに?」
〈なんだろね〉〈牛かな?〉〈馬かな?〉〈それにしては〉〈堅そうだったし〉〈目も光ってたね〉
まったく、恐ろしい生き物がいるものだ。
よろよろと道の端まで移動し、そこにぺたんと腰を下ろす。
「よう、大丈夫?」
「キミ、どこの店の娘?」
顔をあげると、若い男が三人、カリンを取り囲んでいた。
「体調悪いの? なんか、車に轢かれそうになってたけど」
「クルマ……そういう名前なのか、アレは」
「あれ、外人さん? 日本語うまいね!」
なにがおかしいのか、男たちはいっせいに笑い声をあげた。
カリンを見る彼らの目には、好色な光がある。
(こういう手合いはどこにでもいるわね)
心中密かにため息をつく。
男たちは、なれなれしくカリンの身体にふれたかと思うと、腕をつかんで強引に立ちあがらせ、明かりの届かない路地までひっぱっていった。
「疲れてンだろ?」
「ゆっくり休めるところ、知ってっからさ」
また、下卑た笑い声。
この胸のムカつきは、きっと体調のせいばかりではあるまい。
路地から通りへともどったとき、カリンはいくぶん晴れやかな気分になっていた。
「あれがこの世界の男? だらしないったら」
ぱんぱんと手をはたきながら言う。
路地のほうからは、三人分の呻きが聞こえてきた。カリンに叩きのめされた男たちだ。
「まるで素人。欲望に目が眩んで、私の力量をはかることもできないなんて。お話にならないわ」
〈まあねえ〉〈ゆっても〉〈最強の騎士様ですから〉〈むしろ大人げないともゆう〉〈ゆうねー〉
「黙りなさい」
こめかみを押さえつつ、壁によりかかる。
戦闘自体はどうということはなかったが、緊張を解いたとたん、疲労感が襲ってきた。
次元回廊を渡る際にもどすことになるからと、食事を抜いたことも響いている。
どこかでなにか口に入れたいところだが、知識にない物を食べるのも不安だった。
使い魔たちの声も、さすがに気遣わしげになる。
〈大丈夫?〉〈探索はボク達でやろうか?〉〈休んでたほうがいいんじゃない?〉
「平気よ。また不測の事態が起きるかもしれないから、バラバラにならないほうがいいわ……なにより、探知能力まではあなたたちと共有できないでしょ」
両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
大丈夫。まだ全然大丈夫。
一刻も早く邪神を倒し、愛する家族と再会するのだ。
きらびやかな街には、かすかではあるが、邪神の気配が漂っていた。
カリンの頭髪には、邪神限定の探知能力が付与されている。
用途が限定されすぎる上、目的が達成されればそれまで。しかも戦闘力の向上には寄与しない。それゆえ、他の騎士は見向きもしなかった能力である。
しかし、一介の貧乏貴族に過ぎなかったカリンにとっては、一発逆転の切り札となり得る。
これも、貧しい暮らしをしている家族や領民のため――カリンは、なけなしの蓄えをはたいて
目論見は見事に的中し、カリンは神殺しの英雄となった。
実際はとどめを刺し損ねたわけだが、あらためて追討の役に任ぜられたのも、その能力を買われてのことであろう。
少なくとも、ロウタス一世の考えはそうだろうし、グローリアーナもそう言って少年王を説得したにちがいない。
「ふ……ふふ……」
思わず笑みが込みあげる。
この能力が、《こちら側》でも有効とは、ありがたいことこの上ない。
「待っていろ、邪神め。ぜったいに逃がさん……!」
気配をたどって歩く。それにしても、なんという人の多さか。
強烈に発光する看板は、建物だけでなく通りのそこここにも置かれ、絶えずこちらを威圧してくる。
すこし、足許がふらついている。
人混みに酔ったか。それとも、知らない土地で、見慣れぬものをいっぺんに見たせいだろうか。
〈あっ〉〈危ない〉〈
「えっ?」
人混みを抜け、すこし広い通りに出た瞬間。
大きくて黒っぽい塊が、物凄い鳴き声をあげながら突進してきた。
「お、乙種……!」
〈ダメだよ!〉〈目立つのはダメ!〉〈よけてよけて!〉
とっさに剣を取り出そうとしたのを思いとどまり、カリンは横に跳んでその塊を避けた。
怒ったような声を響かせて、塊は走り去る。
「危なかったな、あのメイドさん」
「なんかフラフラしてない?」
「酔っ払ってんのかな?」
通行人が遠巻きにこちらを見ながら、そんなことを言っている。
はて。メイド?
「それにしても、いまのはなに?」
〈なんだろね〉〈牛かな?〉〈馬かな?〉〈それにしては〉〈堅そうだったし〉〈目も光ってたね〉
まったく、恐ろしい生き物がいるものだ。
よろよろと道の端まで移動し、そこにぺたんと腰を下ろす。
「よう、大丈夫?」
「キミ、どこの店の娘?」
顔をあげると、若い男が三人、カリンを取り囲んでいた。
「体調悪いの? なんか、車に轢かれそうになってたけど」
「クルマ……そういう名前なのか、アレは」
「あれ、外人さん? 日本語うまいね!」
なにがおかしいのか、男たちはいっせいに笑い声をあげた。
カリンを見る彼らの目には、好色な光がある。
(こういう手合いはどこにでもいるわね)
心中密かにため息をつく。
男たちは、なれなれしくカリンの身体にふれたかと思うと、腕をつかんで強引に立ちあがらせ、明かりの届かない路地までひっぱっていった。
「疲れてンだろ?」
「ゆっくり休めるところ、知ってっからさ」
また、下卑た笑い声。
この胸のムカつきは、きっと体調のせいばかりではあるまい。
路地から通りへともどったとき、カリンはいくぶん晴れやかな気分になっていた。
「あれがこの世界の男? だらしないったら」
ぱんぱんと手をはたきながら言う。
路地のほうからは、三人分の呻きが聞こえてきた。カリンに叩きのめされた男たちだ。
「まるで素人。欲望に目が眩んで、私の力量をはかることもできないなんて。お話にならないわ」
〈まあねえ〉〈ゆっても〉〈最強の騎士様ですから〉〈むしろ大人げないともゆう〉〈ゆうねー〉
「黙りなさい」
こめかみを押さえつつ、壁によりかかる。
戦闘自体はどうということはなかったが、緊張を解いたとたん、疲労感が襲ってきた。
次元回廊を渡る際にもどすことになるからと、食事を抜いたことも響いている。
どこかでなにか口に入れたいところだが、知識にない物を食べるのも不安だった。
使い魔たちの声も、さすがに気遣わしげになる。
〈大丈夫?〉〈探索はボク達でやろうか?〉〈休んでたほうがいいんじゃない?〉
「平気よ。また不測の事態が起きるかもしれないから、バラバラにならないほうがいいわ……なにより、探知能力まではあなたたちと共有できないでしょ」
両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
大丈夫。まだ全然大丈夫。
一刻も早く邪神を倒し、愛する家族と再会するのだ。