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文字数 1,728文字
「ちょっと待ってください。なんで央霞先輩に報せるんですか?」
みずきが央霞の携帯電話に連絡を入れようとするのを、山茶花がさえぎった。
「奈落人 同士が勝手に潰し合ってるだけなんでしょう? やらせておいたらいいんです」
カリンの五感を通して危機を知った《アード》は、すぐにそれを学生寮にいるみずきに伝えた。
敵である自分に報せたところで、助けが得られるとでも思ったのか。このままカリンが殺されてくれたほうが、こちらにとって都合がいいのに――
あえて、そう問い返してみた。
〈それでも、お願いします。ご主人様 を助けてください〉
刺青の状態から猫の姿にもどった使い魔は、みずきと真正面から向き合い、鼻を床にこすりつけた。
日頃、主に対しても辛辣な言葉を浴びせるような相手が、恥も外聞もなく、みずきに助けを請うていた。
「……いいわよ」
すこし考えるフリをしてから、みずきはそう答えた。
ほだされたわけではない。そこまで自分は甘くないと、みずきは思っている。
実を言えば、はじめからそうしようと決めていたのだ。
すぐに電話をかけたかったが、山茶花に止められたのは先に述べた通りである。央霞の不在時に万が一のことがあってはいけないと、彼女は千姫とともに、みずきの部屋に来ていた。
「わ、わたしも……三善さんに……賛成」
千姫は山茶花に同調した。
自分に好意を抱いてくれている彼女なら味方をしてくれるかもしれないと思ったが、まあ仕方がない。
「もう決めたの」
「またそういう我が儘を……」
山茶花が呆れたように言う。
付き合いの長い彼女は、みずきの子供っぽい側面もよく知っている。
当然、みずきがもっとも執着しているものはなにか、ということについても。
「先輩、ボクが央霞先輩に告白したとき、ものすごく嫌がってましたよね。央霞先輩が、カリンを構うのをやめないことにも、ずっと苛々してましたし」
「………」
「要するに、みずき先輩は央霞先輩を独占したいんです。なにをおいても、自分が一番でないと嫌なんです」
山茶花の隣で、千姫も咎めるような表情をして、みずきを見つめている。
だが、その点については、とっくの昔にみずきは開き直ってしまっている。誰に批難されようと、いまさら変えようとは思わない。
だから、きっぱりと言い切った。
「ええ、そうよ。だって、それが私だもの」
それを聞いた山茶花が、得たりという顔をする。
「それなら、カリンを助けるのはおかしいでしょう」
彼女はこう言いたいのだろう。
いいですか? これはチャンスなんです。
みずき先輩は、このままいつも通りに休日をすごすだけで、手を汚すことなくライバルを排除できるというわけです。
しかも相手は奈落人 。あなたやボクたちを殺しに来た刺客です。
いったい、なにを迷うことがあるというんです?
山茶花の目を見れば、このくらいすぐにわかる。付き合いが長いのはお互いさまだ。
「いいえ。おかしくなんかありません!」
みずきは勢いよく立ちあがった。
腰に手をあて、胸をそらす。
そして言い放った。
「だって、彼女を見捨てたら、央霞ちゃんに嫌われちゃうじゃない!」
山茶花と千姫は、そろって口をあんぐりとさせた。
「ふふ……どうだ。声も出まい」
「い、いやいや。そりゃあ呆れもしますって」
山茶花が、顔の前で手を振った。
「なんですか、その理由。最悪です。あと、央霞先輩ならたぶん、みずき先輩を嫌ったりしませんから」
「たぶんってことは、絶対じゃないんでしょ? なら、やっぱりわたしはイヤ。万にひとつが億にひとつだったとしても、央霞ちゃんに嫌われるなんて考えたくもない」
「ああ、もうっ! 屁理屈!」
山茶花は地団駄を踏んだ。
しかし、これで彼女も折れるしかないと理解したようだ。みずきがもう一度スマホを手にしても、もう止めたりしなかった。
勝ち誇りながら、みずきは彼女をコールする。
「もしもし、央霞ちゃん? いま大丈夫? えっとねえ……ちょっと、倉仁江さんが大変なことになってるみたいなんだけど――」
みずきが央霞の携帯電話に連絡を入れようとするのを、山茶花がさえぎった。
「
カリンの五感を通して危機を知った《アード》は、すぐにそれを学生寮にいるみずきに伝えた。
敵である自分に報せたところで、助けが得られるとでも思ったのか。このままカリンが殺されてくれたほうが、こちらにとって都合がいいのに――
あえて、そう問い返してみた。
〈それでも、お願いします。
刺青の状態から猫の姿にもどった使い魔は、みずきと真正面から向き合い、鼻を床にこすりつけた。
日頃、主に対しても辛辣な言葉を浴びせるような相手が、恥も外聞もなく、みずきに助けを請うていた。
「……いいわよ」
すこし考えるフリをしてから、みずきはそう答えた。
ほだされたわけではない。そこまで自分は甘くないと、みずきは思っている。
実を言えば、はじめからそうしようと決めていたのだ。
すぐに電話をかけたかったが、山茶花に止められたのは先に述べた通りである。央霞の不在時に万が一のことがあってはいけないと、彼女は千姫とともに、みずきの部屋に来ていた。
「わ、わたしも……三善さんに……賛成」
千姫は山茶花に同調した。
自分に好意を抱いてくれている彼女なら味方をしてくれるかもしれないと思ったが、まあ仕方がない。
「もう決めたの」
「またそういう我が儘を……」
山茶花が呆れたように言う。
付き合いの長い彼女は、みずきの子供っぽい側面もよく知っている。
当然、みずきがもっとも執着しているものはなにか、ということについても。
「先輩、ボクが央霞先輩に告白したとき、ものすごく嫌がってましたよね。央霞先輩が、カリンを構うのをやめないことにも、ずっと苛々してましたし」
「………」
「要するに、みずき先輩は央霞先輩を独占したいんです。なにをおいても、自分が一番でないと嫌なんです」
山茶花の隣で、千姫も咎めるような表情をして、みずきを見つめている。
だが、その点については、とっくの昔にみずきは開き直ってしまっている。誰に批難されようと、いまさら変えようとは思わない。
だから、きっぱりと言い切った。
「ええ、そうよ。だって、それが私だもの」
それを聞いた山茶花が、得たりという顔をする。
「それなら、カリンを助けるのはおかしいでしょう」
彼女はこう言いたいのだろう。
いいですか? これはチャンスなんです。
みずき先輩は、このままいつも通りに休日をすごすだけで、手を汚すことなくライバルを排除できるというわけです。
しかも相手は
いったい、なにを迷うことがあるというんです?
山茶花の目を見れば、このくらいすぐにわかる。付き合いが長いのはお互いさまだ。
「いいえ。おかしくなんかありません!」
みずきは勢いよく立ちあがった。
腰に手をあて、胸をそらす。
そして言い放った。
「だって、彼女を見捨てたら、央霞ちゃんに嫌われちゃうじゃない!」
山茶花と千姫は、そろって口をあんぐりとさせた。
「ふふ……どうだ。声も出まい」
「い、いやいや。そりゃあ呆れもしますって」
山茶花が、顔の前で手を振った。
「なんですか、その理由。最悪です。あと、央霞先輩ならたぶん、みずき先輩を嫌ったりしませんから」
「たぶんってことは、絶対じゃないんでしょ? なら、やっぱりわたしはイヤ。万にひとつが億にひとつだったとしても、央霞ちゃんに嫌われるなんて考えたくもない」
「ああ、もうっ! 屁理屈!」
山茶花は地団駄を踏んだ。
しかし、これで彼女も折れるしかないと理解したようだ。みずきがもう一度スマホを手にしても、もう止めたりしなかった。
勝ち誇りながら、みずきは彼女をコールする。
「もしもし、央霞ちゃん? いま大丈夫? えっとねえ……ちょっと、倉仁江さんが大変なことになってるみたいなんだけど――」