第5話

文字数 1,975文字

クリスティーンは図書館に着くと、すぐに認知科学の本棚に向かった。
『知らない本が多いなー・・・』
クリスティーンは未知の領域に踏み込んだ感じがした。
今まで人の気持ちや心理については、なんとなくみてはいけないものをみようとしているように思えて気が引けたが、手を出して見るとなんだか面白そうな予感をクリスティーンは察した。
それは未開のジャングルに踏み込むようなもので、きっかけがなければ行こうとは思わないが、いざその地についてみるとなんだかワクワクしてしまうようなものだ。
クリスティーンはそのワクワクする気持ちが何かヒントになる気がした。

クリスティーンは本を読み進めていくうちに、心理の観点からは、人はある程度何種類かに分類ができることに気がついた。
明るい人、暗い人・・・
だとすれば、エマと同様の女優という職業の人たちの習性を観察すれば何か手がかりがあるかもとクリスティーンは考えた。
そこでクリスティーンはシャーロットを誘い再度エマの1日を観察できないか頼んでみた。
エマは「良いわよ」と快諾してくれた。

後日、クリスティーンはエマの撮影現場に同行する。
今回観察するのはエマ本人ではなく、その他のキャストである。
エマとその他のキャストの習性に共通するものはないか、クリスティーンは目を凝らした。
そこでクリスティーンが発見したものがあった。
それは、エマが他の女優と話していた時だ。
クリスティーンやシャーロットといる時にも、少し自慢のような話はするが、他の女優と話している時のトーンとは明らかに違う。
もっと闘争的で、自分は何本T V C Mに抜擢されているとか、有名な監督の映画に出演が決まったとか、少し背伸びをしているように感じた。
一方で、話を聞いている方の女優も黙っていない。
自分はファッションブランドのモデルをしているとか、出演単価がいくらだとか、やはり鼻持ちならない口調で自慢している。
「ああ、こういう背景が一つか・・・」
クリスティーンはそう思った。

次にクリスティーンが発見したのは、サインを求める人たちの顔ぶれである。
行列を待つ人々はだいたい毎回違う顔をしている。
一方で、毎回くるお馴染みの人もいる。

加えてクリスティーンが注目したのは、エマのあくびの回数である。
明らかに緊張感のない様子で台本を眺めている。
クリスティーンはエマに問う。
「その台本、楽しくないんですか?」
エマは、ハッとした表情を見せた後、目を擦りながらこう答えた。
「ああ・・・そうね。台本が面白くないんじゃなくて、台本読むのに慣れちゃってるのよ」
クリスティーンは『やはり、そうだ・・・』と思った。

エマの同じ仕草は、インスタグラムのアカウントを開いている時にもみられた。
あくびをしながらも、エマは神妙そうな顔も時々浮かべた。
決して明るい表情ではなく、どちらかといえばその表情は曇っていた。
これは彼女の撮影の休憩中の様子である。
ステージ上やカメラの前では、彼女はそんな様子は一切見せない。

一通りの撮影が終わり、この日のスケジュールから解放されたエマにクリスティーンは尋ねた。
「お疲れ様でしたエマさん。ところで最近ワクワクした撮影ってあったりしましたか?」
エマは首を傾げた。
「うーん・・・いや、撮影中や本番前はいつもワクワクしてるわよ」
「あ、そうですよね・・・」
クリスティーンは枕詞を置いた後、
「私の選んだ言葉が悪かったのですが、なんていうか『すごい嬉しい!』みたいな興奮する気持ちというかそういうものって最近ありましたか?」
「あーなるほど!そういうことか!」
エマは指を顎に当てて少し沈黙した。
「う、うーん・・・そうね・・・映画の配役や化粧品のC Mのキャスティングが決まった時と・・・映画がクランクアップした時と・・・」
エマは思い出すように呟いた。
「そんなものかしら・・・あら、撮影が始まる前と終わった時しかないわ!」
エマは自虐的な笑みを浮かべた。
自分でも皮肉に思えたのだろう。
その様子を見て、クリスティーンは何か掴めたように思えた。
「エマさん、あと一週間ほど考える時間をください。おそらくそれで私の中で回答が出ると思います!」
シャーロットは始終横にいながら、なにがわかったのかさっぱりわからなかったので、丸い目をさらに大きく見開いた。
シャーロットはこの時、驚きの声も出なかった。
「あら!本当!楽しみだわ!」
エマは一回ぴょんと飛んでみせた。
「あ、最近興奮したことに今の経験も入れておいてちょうだい!」
エマはそう言って鼻歌を歌いながら帰っていった。

「何がわかったの?」
シャーロットはエマが去った後、クリスティーンに小声でそう尋ねた。
「お楽しみに!」
とクリスティーンは言った後、吹き出したように笑い始めた。
「それより、シャーロットのあの驚いた顔、私忘れられないわ!」
クリスティーンは陽気に笑い続けた。

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