第7話

文字数 1,665文字

「漠然とした不安とはこういうもので、山を登っている時のように何かを追いかけている時はそれだけを考えていれば良いのですが、何かを達成した後はその本質が見えるので、『こういうもんか・・・』って思うんです。それで特に次の目標を選ばなければいけない。また山に登る人もいれば、全く異なるレジャーを考える人もいる。そこに正解なんてないし、あるいは全部が正解。でも一つだけわかることは、一つのステージが終わったのだから、また次のステージに進まなきゃいけないということです」
エマは少し沈黙して考えた。
そしてゆっくり口を開いた。
「そうか・・・私はもう一つのステージをクリアしちゃったのね・・・」
クリスティーンはうなづいた。
そして、また絵葉書を取り出し、今度は5枚同時にみせた。
「これは、アメリカのグレートキャニオン、これはインドのデリーの写真、それからイスタンブールの街中に、サマルカンドのブルーモスク、これはオーストラリアのパースのビーチみたいです」
「それがどうかしたの?」
エマは不思議そうにそう言った。
「まだ私たちが知らない世界はいっぱいあるんです。多分、映像では知っているけど現地の生活や雰囲気は知らないし、それに経験したことがないことは世界中いっぱいあるはずです」

「でもね、私、なんだかんだで今の仕事はやめられないし・・・」

クリスティーンは首を横に振った。

「やめる必要なんてないじゃないですか!新しいことなんて、やれることから始めれば良いし、それが叶わないなら『いつか・・・』って思えば良いんです。『いつか・・・』っていう遠い未来を設定したとしても、目標がないより幸せな人生じゃないかと私は思うんです!」

エマは感心した。

「なるほど〜」

としか言わなかった。

シャーロットは一つの映画を見ているような気分だった。

ただ目をパチクリさせていた。

『クリスティーンは、この前すでにこれに気づいていたのか・・・』

といつも隣にいる超人めいた友人に感嘆を隠せない。
「そうね。確かに新しい目標を持つことは良いかも!」
クリスティーンは自分の説明が終わり、安堵からか笑顔をみせた。
そこで、クリスティーンは思い出した。
人差し指を上に立ててこう言った。
「ただ間違っても高級ブランド品の収集とかはダメですよ。むしろ気分が悪化しますから」
エマは自分のバッグを見て、少しギョッとした表情を浮かべた。
「そうするわ・・・」
最後にクリスティーンはエマに消しゴムを渡した。
なんてことのないただの消しゴムである。
「今は女優かもしれないけど。エマさんは明日には冒険家にもなっているかもしれない。世の中の人はそれは無理だというけど、それを決めるのはあなた自身。どんなにすごい経歴だって、どんなにすごい記録を持っていたって、いつだって最初から始めようとすることはできるのではないでしょうか?逆にいつだって小さな新しい発見とか希望とか見出せればこの世界は輝いて見えるはず。どんな決断をしたって良いけど、失うことを恐れていてはそれこそ惨めよ。何かを失ってもどんな時もいつだってまた新しい何かを見つけられるわ」
クリスティーンはそう言ってお辞儀をして、少し談笑した後にエマの前からシャーロットとともに立ち去った。
二人が立ち去った後、それは撮影の合間であったがエマは少しばかり涙した。
しかし、撮影再開10分前になるとエマはいつものみんなの憧れのスターの表情に戻るのであった。

数年後、エマは大学に通い始めた。
専攻は生物学のようだ。
動物が好きという安易な理由でその選択を選んだ。
ただ授業もろくに出ず、すでに成績はひどいものになっている。
おまけに映画の撮影などがないときは、動物園か野生動物を観に出かけてしまうからさらに成績は目も当てられない。
ただ、そんな彼女は野生動物の生態系を追うドキュメンタリーに今度出演するようだ。
撮影が始まる前の移動中、エマは小さな茶封筒を取り出した。
中には消しゴムと絵葉書が入っている。
久しぶりに、エマはクリスティーンに連絡してみることにした。
「お久しぶり、小さな探偵さん」

End
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み