第1話:小姓の八作

文字数 1,346文字

ある山間の集落。
 八作は武家屋敷で薪割りに精を出していた。
八作は新しめの麻の着物を着ていた。
「ふぅ」
八作が一息ついたとき、絹で出来た着物を着て、刀を脇に差した男が声をかけてきた。
 「おい八作、薪割りは済んだか?」
八作はすぐに答えた
「これは、旦那様。もうすぐ終わります」
「そうか…そうか…」
旦那様は、少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「それが終わったら、道場まで来なさい」
「山向こうからわざわざ、お前と一手交えたいという者が来ている。」
旦那様は試合を楽しみにしている顔を浮かべていた
「それは、それは。相手方を待たせるわけにはいけませんな」
八作は握っていた斧を薪に振り下ろした。
「薪割りは終わりました。それでは道場に向かいましょう」
旦那様は笑顔になり、
「うむ、それでは向かおう」
と快く返事を返した。
 向かった先の道場には、懐に木刀を携え、静かに佇む侍がそこにはいた。
 齢二十五歳を超えており、まさに今が絶頂期と言わんばかりの様相であった。
 「あの方が、今回訪ねてくださった方ですか」
 「そうだ。わざわざ山を越えてきた御仁だ」
 「それは大変だったでしょう。一晩でも休ませてあげてはどうでしょうか」
 この一言が、件の侍の闘志を激しく燃やし、されど平静に答えた。
「いえ、急に尋ねたのは拙者でござる。そのような気遣いは、結構にござる。」
矢継ぎ早に侍は続けた。
「八作殿といえば、山向こうの拙者にも響いておりまする。ぜひ1度手合わせを願いたいと思い、ここまで参りもうした」
 「そうとなりましたらこちらも手を抜くわけにはいかないでしょう」
 八作は自身の得物を手に取る。
それを見届けた侍は、ひと呼吸を置き、
「では、いざ尋常に勝負」
と屋敷中に響き渡らんとする大声で試合の合図を出した。

 カーン

勝負は一瞬で決まった。
 侍が振りぬいた木刀を弾き飛ばし、そのまま一閃を顔の前で止めた
 「勝負あり!」
 静かに見守っていた旦那様はは、試合終了を宣告した
 「むむむ…参った!」
 終了の宣告とともに、侍は降参の宣言を行う
 「噂には聞いておったが、ここまでの使い手であったとは。貴殿であれば都に出ても良い報酬で奉公できるだろうて」
「手前を高く評価していただき光栄です」
 
 勝負が終わり、旦那様は侍を厚くもてなした。特段この侍が特別というわけではなく、時たま私の噂を聞きやってくるものとの勝負を主は楽しみにしており、感謝も兼ねているとのこと。なんでも、手塩にかけた私が爽快に勝つところがなんともうれしいとのことだ。

 「八作、今回の試合も良きものであった」
 「お褒めいただき光栄です」

このような関係になったは、五年前に遡る
 昔、私は家の裏手で剣士のまねごとをするだけの百姓であった。旦那様に見初められたのは、ほんの戯れに斧を刀のように振りぬき、薪を割ったところであった。
 『手斧でそれだけ鋭く振れるのであれば刀であればもっとできるであろう』
 その日、ここら辺を一手に引き受けていた武士の旦那様は両親に説明し、私を小姓として取り立ててくださった。
 それ以来、屋敷にて刀の稽古をつけてくださり、旦那様の目利きの通りどんどん強くなり、今では村一番の剣士として名も通り、その名は近くの村にも響くようになった。
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登場人物紹介

八作:武家屋敷に努める小姓。正式な武士ではないものの周りでは有名な強者として知られている

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