第4話 どうします?今からでも自費出版します?

文字数 2,635文字

「忠臣蔵より熱を込めて」は、約14万字。
中編、といったところでしょうか?

最初の約束では、B5判、1500円で出すとのことでした。B5とはビジネス書サイズのことで、最も手に取ってもらいやすいサイズのことです。1500円も、まあ歴史の本でこのくらいの値段なら、まあまあ?わたしは最初「文庫がいい」と言ったのですが、これは「文庫は大量に刷らなきゃならないから、有名作家じゃなきゃ文庫は出せない」という決まりがあるのだそうで。

さて、手直し原稿に取り掛かっている、そんなある日のことでした。「デザイン担当S氏」なる人物から、とんでもないメールが届いたのです。
「坂口様の作品は14万字もあるため、B5では難しいとのことになりました。A4判(けっこう大きいサイズ)に変更します。値段も1600円に値上げします」
「エエッ!」

14万字だからダメ……?この人たちは一体何を言っているのだろう?持ち込みした時からこの文字数だったでしょ……?
しかも値段1600円?税込みにすると1760円?無名の作家の、そんな高い本、誰が買うの……?

寝耳に水とはこのこと!わたしはすぐに「値段がそんなに高くなったら、誰も買わない。どうしてもB5で」と訴えました。
ところが、そんなわたしにS氏はこんな一言を……。

「そう言われても、14万字もある作品はB5じゃ出せませんよ。文字を極限に小さくしてもB5に収まり切りません。予算の都合がありますからね。どうします?今からでも自費出版にしますか?それならB5で出せますよ」

自費出版……?あれだけ苦労して商業出版にたどり着いて、今さら……?

「それとも4万字減らしますか?10万字にすればB5にできますよ」

何それ……。一度手直しさせておいて、今から4万字も?14万字じゃ無理って、そんな大事な話を、何で今さら言うの……?最初から分かってたことでしょ?最初から14万字だったんだから。

文字数を減らせば……でも……。

この本、14万字にはこだわりがありました。忠臣蔵とはメンバーが47人いるのですが、普通、本にする時、リーダーの大石内蔵助だけにスポットを当てます。でもこの作品では、他のメンバーたちにスポットを当てていたのでした。「全員で勝ち取った勝利だったんだ!」と強調したかったからです。そのメンバーの数を減らせば、10万字は出来なくもないけど……それでも悩みに悩んで、ギリギリまで絞った人数だったのに……?

「分かりました……A4でお願いします……」

結局、言いなりになってしまったのでした。

こうして、本のサイズも値段も勝手に変えられて、これで終わりかと思いきや、まだS氏の横暴は続きます。
「ページの紙は、どんなものを使うんですか?現物を見たいのですが」
と言えば、
「じゃあ、弊社から出版している他の本をいくつか購入してください。その中からお好みのものを選んでください」
他にも、
「あの、表紙の件ですが……」
「ご自分で作ってください」
あなたはデザイン担当なんでしょ……?何の仕事してるの?
仕方がないので、表紙はわたしが作りました。たまたま、わたしは小学校教員で図工が得意だったのですが、他の方はどうなさっているのでしょうか?イラストレーターをクラウドワークスか何かで雇ってるのかな?

ですが、一番ぶっ飛んだのはコレです。
「江戸時代の地図の著作権と、浮世絵の著作権は、ご自身で確認してください」
「そんな……!確認って……どうすればいいのか教えてください」
「ご自身でお調べください」
……江戸時代の地図の著作権?現在の地図の著作権だって、よく分かんないのに、江戸時代の地図の著作権って、誰が持ってるものなの?それに浮世絵の著作権って……知らないよ!著作権って死後五十年じゃないの?それとも浮世絵は別なの?あなたは出版社の人間でプロなのに、何で何にも教えてくれないわけ?調べ方くらい言えよ!

いや、それより……これって出版社側の仕事じゃないの?それとも著者がやるのが普通なのかな……?

シロートのわたしには、何もかも分かりません。しかたがないので悩み抜いた末、地図や浮世絵が載っていた専門書の出版社に電話しました。窓口の方はかなり驚いてましたね。
あれこれやり取りがあって、何だかよく分かりませんが、あちこちの部署に電話を回されました。
「ええ~、この本ですか?どうなんだろう……。もう著者さんが数十年前に亡くなってるんですよね。弊社の関係者も、もう誰もいなくて……」
ご迷惑をかけて申し訳ございません……。電話口の向こうで、何か書類をバラバラめくっている音と、パソコンをパチパチ叩いてる音がしました。相当あちこち調べてくれたみたいです。ハア~、と溜息ついて、
「あの~、著者さんなんですよね?普通、著作権の問題は出版社の人間が担当するものですよ?その方が話が早いですし、色々スムーズですから……。失礼ですが、どの出版社さんですか?」
「はあ、T社です」
「ああ~、T社ですか!」

やっぱり……。
もう怒りも感じませんでした。それからしばらくして、電話口の人が
「この本を出版した著者さんが所属していた、TG会の会長さんの連絡先をお伝えします。そこで伺ってみてください」
こうしてわたしは、TG会の会長さん、N氏に電話することになったのです。

「はい、もしもしNですが」
N氏はかなりご高齢の方でした。後から知ったのですが、80はとっくに超えているとのことです。ですが、わたしが著作権のことを尋ねると
「ああ!それでわざわざ電話したの?いいよ。使っても」
ハハッと笑って、続けてこうおっしゃったのです。
「あなた若いのに、忠臣蔵書くなんて珍しいね。へえ~、小学校の先生なの?これがデビュー作?それじゃ、苦労してるでしょ。俺もさ、何冊も本出してるけど、色々大変だよね。困ったことがあったら、また電話しなよ。年寄りだからさ。たいてい家にいるからね」

本を書き始めてから、わたしはこんなに親切な言葉をかけてもらったのは初めてでした。わたしはいつもいつも、K氏やS氏の暴力にも似た言葉にキリキリ舞いしていたのです。持ち込みをしていた時も、「受け取りました」の返事すらない「無視」という形で苦しんでいたのです。
涙が出るほどうれしいとは、こういうことを言うのでしょう。
「ありがとうございます……」
嬉しすぎてほとんど返事もできないまま、電話を切りました。

この後、わたしはこのN氏の思わぬ助けによって、デビュー作を出版することができたのです。
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