第6話 この本はお取り寄せできません

文字数 2,251文字

N氏の協力を得て、ようやく印刷にかけられた「忠臣蔵より熱を込めて」。(印刷までの間に、S氏が地図を入れる場所を間違えたり、せっかく入れた注釈を消してしまったりとミスを立て続けにおかし、それをすべてわたしが直さなければなりませんでしたが)

発売日となってアマゾンのページを開いて見ると、わたしの本が販売されていました。この時の感慨深さは、作家でなければ分からないでしょう。それまでの苛立ちも悔しさも、一瞬のうちに氷解するようでした。

浮かれたわたしは、その日のうちに近くの大型書店へ……。
「お近くの書店で、御著作を置いてくれそうなところはありますか?」
と、初めにアンケートを取られていたので、「もしかしたらT社が売り込んでくれていて、置いてあるかも?」と思ったのです。(この書店はわたしの行きつけで、仲が良いのです)
棚をあちこち見ましたが、ありません。
「歴史モノは意外とあちこちの棚にあるからな……。探せてないだけかもしれない。念の為店員さんに聞いてみよう」
と思って、サービスカウンターへ。
「すみません。こういう本を探してるのですが」
ニッコリ笑って、すぐに対応してくれた店員さん。ですが、すぐに顔を曇らせて
「申し訳ありません。そういうタイトルの本は、販売されておりませんが……」
「エ⁈」

今までの人生で、ここまで驚いたことはありません。
「そんなはずはないです!このアマゾンのページに載ってますよ!」
「はい、アマゾンなら購入できますが、書店では販売できないんです。申し訳ありませんが、お取り寄せもできません」
「そんな……どうしてですか……」

その理由を聞いてみて、わたしは足元の地面がスッポリなくなるような気がしました。
「T社が問屋に本を卸していないからです。書店は本を問屋から仕入れていますから、問屋に置いていない本は仕入れることができないのです。T社はアマゾンさんにのみ、本を卸しています。書店がT社で出している本を仕入れようとしたら、T社と直取引して、それ専用の銀行口座を作らなければなりません。わざわざ、そんなことをする書店はありませんので……」
「そんなことが……」

販売日当日に、奈落に突き落とされた気分でした。
今どきの作家の常識として、
「出版したら、それっきりじゃいけない。著者も積極的に書店を回って、作品を置いてくれるように頼むべき。書店営業はかなりの効果がある」
と言われています。ですが、わたしの場合は、第一歩目からその道を閉ざされていたのでした。
「これって、法に触れてないだけで詐欺みたいなものじゃないか……」
問屋には卸していない。書店に並ばない。アマゾンでしか売れないなんて、一言の説明もなかったのです。しかも「置いてくれそうな書店はありますか」なんて聞いておいて……。
「騙された方が悪い」
なんて良く言いますが、たとえ作家でも、こんなマイナーな情報を知っている人が、いったい何人いるでしょうか?
いえ、そもそも、作家の書く作品がなければ出版社は成り立たないのに、その出版社が作家を騙していいのですか?そんなことがあっていいのですか?

これは後から知りましたが、「著者買いとして100冊著者に買わせる」ことで、T社は十分な利益を出していたのです。だから例え、アマゾンで一冊も売れなかったとしても、T社は何も困らないのです。
T社はよく口癖のように
「わが社は感想や編集などにかける手間や時間を、すべて売る努力に費やします!良書を一冊でも多く売りたいのです!」
と、わたしに言っていました。
しかし蓋を開けてみれば……T社はアマゾンのページを開いただけで、あとは何もしませんでした。ツイッターやインスタグラムで宣伝するでもなく、無料のプレスリリースすらやらず、「売る努力」なんて一かけらも払わなかったのです。当然、売れ行きは最悪でした。

「でも……ここで潰されるわけにいかない。どうしても売らないと。T社が何もしないなら、自分で売らないと」
小学校教員で、営業なんて一度もやったことのないわたしでしたが、必死でした。もともと、大のSNS嫌いでしたが、ツイッターやフェイスブックやインスタグラムを始めて宣伝し、当然ブログでも宣伝し、知っている限りの忠臣蔵関係者を訪れ、忠臣蔵グッズを置いている店にポスターを貼らせてもらい……(このポスターは自作でした)。

わたしがここまで必死になったのは、出版業界の、ある恐ろしい「決まり」があったからです。それは、
「デビュー作が売れなかった作家には、二冊目の声は絶対にかからない」
という、作家生命を断たれる「決まり」。
わたしの歴史作品は、すべて「熱を込めて」という題が付いています。わたしはこの「忠臣蔵より熱を込めて」を第一巻として、シリーズとして書いていく夢があります。だからどうしても、ここで諦めるわけにはいかなかったのです。

数か月間、わき目もう振らずに宣伝し続け、ある日初めての印税が入りました。
10,458円。
……売れたのは、100冊ちょっとだったそうです。

こうして、わたしはものの見事に「デビュー作が売れなかった作家」になったのでした。
この間も、わたしは新作を書いてはkindleで出し、相変わらず「持ち込み」を続けていましたが、当然、二作目の声はかかりませんでした。

ところが、そんなある日のことです。
「坂口さん、わが社から出しませんか」
突然、電話がかかってきました。それは、わたしが二作目を出すことになるG社だったのですが、ここでも出版業界の闇を見ることになるのです……。
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