第7話 窓口を作りませんか?

文字数 1,481文字

G社は誰でも知っている大手出版社でした。わたしのような無名作家に、まさかこんな大手が声をかけてくれるわけがないと思っていたので、
「こんなところが電話くれるなんて?」
と、最初に電話を受けた時は半信半疑でした。

「坂口さんですね!原稿読みましたよ。いやあ~、久々に力のある作家さんを見つけたと思いましたよ」
わたしはG社にもメールで原稿を送っていたのです。その原稿を読んでくれたようでした。この人はI氏といいます。にこやかでよくしゃべる人でした。かなり長い時間話し合っていたのですが、その時、わたしが「忠臣蔵」の話をすると、
「それじゃ、売れませんよ」
と一蹴。
「アマゾンでしか売らないのでは、例えていうなら、広い宇宙空間に見えないほど小さい星をぽつんと一つ作るようなものです。しかも、そこへたどり着くためのルートが全然ないのでは、埋もれるだけです」
……ごもっとも……。
「どうでしょう?自費出版という形にはなってしまいますが、ウチから出しませんか。アマゾンだけでなく、他のネット通販はもちろん、全国の書店で出すことができます。わが社が何より力を入れているのは、販売戦略です。歴史の本に強い書店を選んで、売ることができますよ。
自費出版は、確かに大きな賭けです。ですが僕が思うに、坂口さんが今後も作家活動を続けていくのであれば、この作家と言えばこの作品!という窓口を作ることが大切だと思います。一緒に窓口を作りませんか?」

……以前、B社から自費出版の話を持ち掛けられたときは断ったわたしですが、この時はもう、あまりにも状況が違ってしまっていました。
賞がない。持ち込みは相手にされない。何より、一作目が完全な失敗……。
正直、八方ふさがりでした。このまま持ち込みを続けていても、永遠に商業出版の声はかからないに違いありません。

T社はアマゾンでしか売れませんでしたが、G社なら書店に並びます。一気に市場が広がります。それも、書店を選んで並べることができます。それに……。
この時、G社に送った作品は「曽我兄弟より熱を込めて」でした。実はこの作品、kindleで出している本の中でも、奇妙なほど売れ行きが良かったのです。「曽我兄弟」が、ある人気ゲームで取り上げられてミュージカルにまでなり、嘘のように人気が爆発したことが原因でした。
「個人がkindleで出しているだけで売れている作品……。こんな大手から出したら、ちゃんとまともな売れ方をするかもしれない。一作目の失敗をぬぐうことができるかもしれない……」
これが最後のチャンスかもしれないと思いました。

でも、わたしが最も心を動かされたのは、I氏の誠実さでした。
わたしが原稿を送ったのは、電話を受けた二日前。その間に、I氏は原稿を読んでしまっていました(約16万字)。しかも、電話で「では明後日にお会いしましょう」と約束して、G社のフロアで面会したところ、もう講評を用意してくれていました。それは商業出版する以前に期待していた「編集者」の姿そのものでした。
その後、何度かI氏と話し合いましたが、「この人なら信用できるだろう」と確信し、自費出版の契約を交わしたのです。

この時の、わたしの判断は間違っていなかったと、今でも思っています。その後、様々なトラブルが起こった時も、I氏はちゃんとした対応をしてくれましたし、現在でもその姿勢を変えずにいてくれています。わたしはI氏と話すたびに、「さすがはG社……こんな優秀な人がいるんだ」と感心したものです。

ただ、わたしの不幸は、このI氏ではなく別のF嬢という人物が担当者になったことだったのです……。
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