第7話出会い
文字数 1,669文字
『あ……』
上総は、目の前を歩く着流しに羽織を着た長身の男に釘付けになった。
事件の影響でか日が高くても市中は人影は疎らだ。
『お父……さん?』
後ろ姿が微かに記憶の中にある、十年前行方不明になった父に似ている。
高身長に着流しを着た黒くて長い髪の毛。その黒髪を一つに纏めている後ろ姿は父にそっくりそのままだ。
上総が三歳の時に突如行方を眩ました父、恭仁京甲斐 は、当時三十代にして恭仁京家当主だった。
まさか失踪してから十年経って、日中堂々と本家に近い街中を歩いているわけがないと分かってはいるものの、どうしても正面に回って顔を確かめないと気が済まなかった。
相手に気付かれないように追い越し、少し先へ行った所で気付かれない程度にチラリと振り向く。
振り向いて落胆した。
分かってはいるのだが、やはり期待はある。
少し、いや、かなり。
記憶の甲斐は、いつも黒縁眼鏡の奥がにこやかで怒った姿はとんと覚えが無い。
いつも優しい目で上総を見守ってくれていた。
穏やかな性格だったのだろう。
大好きだった、と記憶している。
いつも抱っこしてほしいと、父に短い両腕を伸ばしていた。
目の前の着流しの男は、上総が記憶している父の姿と似ても似つかない顔。
切れ長の双眸、凛と引き締まった口元、顎もほっそりとしていて、博学であろう出で立ち。
『うん、そうだよね、そんな都合良いこと無いよね……』
『何がだ?』
『うわぁっ!?』
着流しの男がニッコリと笑って上総の前に立っていた。
『視線を感じるなって気になってたら、君だったんだな? 何か用かい?』
人通りも少ない場所で、上総の行動は不審な姿にしか見えなかった。
『あ、いえ、ジロジロ見て済みませんでした』
しどろもどろになる上総を、お返しとばかりに男は見ていたが、ふと、首を傾げた。
『君、恭仁京の者か? 強い力を感じる』
『!?』
まだまだ未熟だが、上総の中には生まれつきの強い力が眠っている。上手く引き出せてあげられれば、素晴らしい陰陽師として化ける可能性を秘めていた。
『ふむ、所謂ダイヤの原石、か、しかし勿体ない』
『え?』
『ああ、いや、済まない。私は立花壮介。しがない物書きをしているんだが、それより恭仁京君、君は今からどちらに向かう予定かな?』
『え? えっと……』
壮介は羽織に着流し、上総は白の袴姿だ。
端から見れば文明が発達した現代に二人の様相は時代がピタリと止まっているようだが、それをこの地域で気にする者は一人とていない。
容易く陰陽師の仕事の最中か修行中と考えられる上に上総に関しては街の人々に顔は割れている。
壮介のことは上総は初めて見る人物だった。
父親に後ろ姿が似ているのだ、過去にも会ってれば忘れよう筈がない。
『君、一人かい?』
咎めるような口調の壮介に上総はたじろいだ。
恭仁京の当主が一人でお供も付けず、しかも
『が、学校に……』
『ほう?』
『ジロジロ見てしまったのは本当謝ります。ですが、済みません、急いでいるので!』
慌てて去ろうとする上総の腕を掴んだ。
『待ちなさい。私は如月健司の知古でね、今から迎えに行く所なんだ。君の行き先と一緒の――』
『な、何でっ先生が!? だ、だったら危険です! 僕が迎えに行くので立花さんは待っていてください!』
『危険、とは?』
『が、学校に非常に凶悪な妖気を感じるんです。先日世間を騒がせた犯人の可能性も高いので、陰陽師でなければ危険です』
大きく腕を振り払い、上総は駆け出した。
『――何でって、そりゃ教師は夏休み関係なく仕事しているからねぇ』
走る小さな背を見詰めながら、苦笑した。
『お手並み拝見というのも悪くはないが、悠長としている訳にもいくまい。健に何かあったら
上総は、目の前を歩く着流しに羽織を着た長身の男に釘付けになった。
事件の影響でか日が高くても市中は人影は疎らだ。
『お父……さん?』
後ろ姿が微かに記憶の中にある、十年前行方不明になった父に似ている。
高身長に着流しを着た黒くて長い髪の毛。その黒髪を一つに纏めている後ろ姿は父にそっくりそのままだ。
上総が三歳の時に突如行方を眩ました父、恭仁京
まさか失踪してから十年経って、日中堂々と本家に近い街中を歩いているわけがないと分かってはいるものの、どうしても正面に回って顔を確かめないと気が済まなかった。
相手に気付かれないように追い越し、少し先へ行った所で気付かれない程度にチラリと振り向く。
振り向いて落胆した。
分かってはいるのだが、やはり期待はある。
少し、いや、かなり。
記憶の甲斐は、いつも黒縁眼鏡の奥がにこやかで怒った姿はとんと覚えが無い。
いつも優しい目で上総を見守ってくれていた。
穏やかな性格だったのだろう。
大好きだった、と記憶している。
いつも抱っこしてほしいと、父に短い両腕を伸ばしていた。
目の前の着流しの男は、上総が記憶している父の姿と似ても似つかない顔。
切れ長の双眸、凛と引き締まった口元、顎もほっそりとしていて、博学であろう出で立ち。
『うん、そうだよね、そんな都合良いこと無いよね……』
『何がだ?』
『うわぁっ!?』
着流しの男がニッコリと笑って上総の前に立っていた。
『視線を感じるなって気になってたら、君だったんだな? 何か用かい?』
人通りも少ない場所で、上総の行動は不審な姿にしか見えなかった。
『あ、いえ、ジロジロ見て済みませんでした』
しどろもどろになる上総を、お返しとばかりに男は見ていたが、ふと、首を傾げた。
『君、恭仁京の者か? 強い力を感じる』
『!?』
まだまだ未熟だが、上総の中には生まれつきの強い力が眠っている。上手く引き出せてあげられれば、素晴らしい陰陽師として化ける可能性を秘めていた。
『ふむ、所謂ダイヤの原石、か、しかし勿体ない』
『え?』
『ああ、いや、済まない。私は立花壮介。しがない物書きをしているんだが、それより恭仁京君、君は今からどちらに向かう予定かな?』
『え? えっと……』
壮介は羽織に着流し、上総は白の袴姿だ。
端から見れば文明が発達した現代に二人の様相は時代がピタリと止まっているようだが、それをこの地域で気にする者は一人とていない。
容易く陰陽師の仕事の最中か修行中と考えられる上に上総に関しては街の人々に顔は割れている。
壮介のことは上総は初めて見る人物だった。
父親に後ろ姿が似ているのだ、過去にも会ってれば忘れよう筈がない。
『君、一人かい?』
咎めるような口調の壮介に上総はたじろいだ。
恭仁京の当主が一人でお供も付けず、しかも
無防備
で街を歩くのはいかがなものであろうか、壮介は胸の前で腕を組み上総の言葉を待った。『が、学校に……』
『ほう?』
『ジロジロ見てしまったのは本当謝ります。ですが、済みません、急いでいるので!』
慌てて去ろうとする上総の腕を掴んだ。
『待ちなさい。私は如月健司の知古でね、今から迎えに行く所なんだ。君の行き先と一緒の――』
『な、何でっ先生が!? だ、だったら危険です! 僕が迎えに行くので立花さんは待っていてください!』
『危険、とは?』
『が、学校に非常に凶悪な妖気を感じるんです。先日世間を騒がせた犯人の可能性も高いので、陰陽師でなければ危険です』
大きく腕を振り払い、上総は駆け出した。
『――何でって、そりゃ教師は夏休み関係なく仕事しているからねぇ』
走る小さな背を見詰めながら、苦笑した。
『お手並み拝見というのも悪くはないが、悠長としている訳にもいくまい。健に何かあったら
怒られるのは
私だからね』