第6話幼馴染み
文字数 1,330文字
――厭な予感しかない。
立花壮介は動かしていた万年筆を止め、目の前の窓に目をくれた。
白い太陽が眩しくて一瞬目を細めた。
『健?』
幼馴染みで一緒に暮らしている健司の名を口にして、背後を振り返るが本人は仕事に行っている。
先程電話で、同僚と呑みに行くから夕飯はいらないと連絡を寄越してきた。よくあることだから別に構わないし、多少抜けていたとしても社会人だ、トラブルがあっても大抵は自分の頭で考えられるだろうが、壮介の懸念はそこではない。
少し思案をして、外出の支度をした。
幼い頃から健司は
本人は気付いていない。
壮介が全て守ってきた。
立花家は大昔から陰陽師の家系である。
といっても恭仁京家のように国に認可されていない一般の陰陽師。しかしだからと陰陽師の殆どが所属している大老會に所属しているわけでもなかった。
壮介も陰陽師としての能力は持っているが、幼馴染みを守るためだけの力があれば良いと思っている。
父親のような陰陽師を生業にするつもりは毛頭ないし、壮介は純文学の小説家としてそこそこ成功していて、贅沢せず普通に生活する分には不自由ないのだから全く問題ない。
そもそも健司は壮介がそういう能力を持っている事を知らないのだ。
幼稚園からの付き合いがあるが、何故か壮介は幼馴染みに隠している。健司に限ってそんなことはないとは思っているが、色眼鏡で見られるのを恐れていた。
『随分強い妖気を感じるが……例の事件に関係しているのではあるまいな?』
副担任を勤めるクラスに恭仁京上総がいることを幼馴染みは云っていた。
あまり気分が良いものではない。
余計な事に巻き込まれやしないかと気が気でないのだ。
健司が仕事の都合で東京から滋賀に越さなければならないと知ると、全く地理不案内の健司を一人で行かせるのは心配だ、と元々滋賀出身で作家の身であるために自由に動ける壮介に、他の友人達は頭を下げた次第なのだが、その友人達の判断は正解だったのだろう。
実際、健司は想像以上に生活能力が皆無だった。昔からの付き合いだ、分かりきっていたのだが。
掃除も洗濯も料理もまともに出来ない。
どこのお坊ちゃんかと思うが、健司は天涯孤独の身の上なのである。
両親は健司が幼い頃車の事故で亡くなり、健司自身も未だに消えることのない大きな傷を身体に残している。その後、母方の祖父母に引き取られたが二人も健司が高校生の時に再び交通事故で亡くなってしまった。
『ふぅ……やれやれ』
暢気な顔で笑顔を見せる幼馴染みは、どんなに辛くてもまっすぐだった。
そんな健司を壮介を含めた友人達は守ろうと誓い合ったのだが、やはり、そんなことになっているのを当の健司は知らない。
眼鏡を外し、長い黒髪を一つに束ね、夏物の若草色の羽織を腕に通してマンションから出た。
不穏な空気が街の中で充満している。
空は晴天なのに、だ。
猟奇事件に対しての住民達の不安が空気を悪くしているのだろう。壮介は眉間に皺を寄せ、足を速めて健司の仕事場に急いだ。