第2話

文字数 807文字

 風は一瞬だけで、すぐにおさまった。僕は持っていたビールを開けようとして、手を止めた。僕がビールを開ければ、パシュッと音が鳴るだろう。一人だけビールを飲みながら、星を見るのはなんとなく気が引ける。同じ(そら)を眺めていると、思いのほか親しみを感じてしまうものらしい。

 僕は足元に置いてあったもう一本のビールを取ると、そっと隣に差し出した。一瞬、戸惑ったような間が空いた。けれど僕が失敗したかな、と思うか思わないかのうちに、白い手がすいっと伸びてきて、ビールを受け取った。
 ビールを受け取った方とは反対側の手が、手刀をきって(ありがとう)と示した。彼女は何も言わなかったけれど、それが正解のような気がして、僕は夜空を見上げて、パシュッとビールを開けた。

 すると隣からガサガサと音がして、今度は僕の方に、柿ピーの小袋が差し出された。
 なるほど。彼女も一杯やりながら、流れ星を見ようと思っていたらしい。
 それから僕たちは、時折同じ流れ星を見つけては、「おっ」とか「あっ」とか言ったりした。僕はビールを飲んで、彼女がくれた柿ピーをポリポリ音を立てて食べた。

 僕たちは、時々ベランダで会うようになった。会うといっても、顔は見えない。ときおり吹く夜風が、彼女の気配を届けてくれるだけ。そして、ただ壁越しにおつまみや飲み物を手渡したりして、一緒に飲むだけだ。何も話さない。
 次第に僕は、雨が降っていない日のベランダで過ごすひとときを楽しみにするようになっていた。彼女も同じだと思う。
 なぜなら、僕はコンビニで美味しそうなつまみを見ると、二人分買うようになっていたし、彼女が差し出す飲み物も、新製品だったり少し珍しい銘柄のビールだったりした。つまり選んだモノたちだったんだ。
 けれど(話しかけてみようか?)と、迷っている時に限って、彼女の手はすぐにベランダの向こう側に引っ込んでしまうから、僕は彼女に話しかけるきっかけをつかめずにいた。
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