第64話

文字数 1,609文字

 何とか逃げられないかと周囲を見渡すも、腕利き揃いの工作員やチーフたちに半包囲されて逃げ場がない。人質にしたヘリのパイロットは、何とかこの状況から解放されようと隙を窺っている。足の甲を踏みつけようか、鳩尾に肘鉄を入れ、怯んだところを顔面に裏拳を叩き込もうか。

 色んな脱出法を脳内でシミュレーションしてみるが、相手は暗殺のプロ。素人相手ならばともかくプロに生兵法など大怪我どころか確実に死に至る。冷や汗を流しながらも、半包囲してくれた救助の手を待つ。

「逃げられないぞ塚原。大人しく銃を捨てて投降しろ」

 副局長である生駒(いこま)が、いつでもエージェントたちに一斉射撃を命じられるよう声をあげる。合図があれば彼らは、ためらうことなく麻酔銃を撃つことができる。遠矢もテーザー銃を構え、いつでも塚原の自由を奪う準備はできていた。

「残念ですな、あんたは年下だがいい上司と思っていたのに」

 幽霊(ファントム)セクション最年長の暗殺者である、七十二歳の中田が溜息を吐いた。同時に生駒副局長が合図を出す。

 いきなり中田が空砲を撃った。

 空砲とはいえ銃声はするので、塚原は反射的に人質のパイロットを放り出す。身を伏せて反射的にヘリの中に隠れた。墓穴を掘った彼を嘲笑うかのようにエージェントたちが一斉にヘリに乗り込んでいく。

 ヘリが揺れる。大声で怒鳴り散らす声が漏れ聞こえる。工作員たちはみな麻酔銃だが塚原は実弾かもしれない。遠矢たちは確保に失敗した場合に備えて、外で待機する。三分後にはナイフと銃を突きつけられた塚原が降りてきた。

「これだけの犯罪悪事を尽くしてきたのに、随分とふてぶてしい顔をしているな。まぁいい、これからじっくりと泥を吐かせてやる」

 連れて行けと副局長が命じる。何処へ――勿論、地下のあの拷問室だ。

 連行されていく塚原と選りすぐりのエージェントたちの背中を見送りつつ、浅倉は隣に立つ遠矢に疑問をぶつける。塚原が裏切り者と判った、その証拠は何かと。

「その説明はオフィスでしましょう」

 浅倉を促し、オフィスに戻る。ソファに座らせタブレットを渡すと、遠矢はノートパソコンからデータを転送する。

「これは……」
「昨夜、いえ今朝早くですね。長澤さんが送付してきた証拠データの全てです」

 そこには塚原と佐々木の会話が収められた音声データファイルと、ガンスミス・セクションの大平チーフから提出された、ある証拠のデータがあった。

「この手書き報告書って、ガンスミスセクションの? どこが証拠になるんですか?」
「右下の角をよく見てご覧なさい。鉛筆で少し塗り潰したような痕があるでしょう? 該当部分をピンチアウトしてください。判ると思いますよ」

 言われたとおりにその箇所を拡大すると、鉛筆で塗りつぶされたことによって数字が浮かんでいる。数字が、小さくナンバリングされていた。

「これは?」
「大平チーフはアナログな部分も取り入れないと、機密を守れないという考えの方でした。ミステリーマニアらしく、報告書にもアナログな仕掛けを施しているんですよ」

 疑問を表情に浮かべる浅倉に向けて、遠矢は説明を始める。

 各ガンスミスが提出する報告書の下部中央に、外部の人間も確認できるナンバリングが印刷されている。しかし三年前の不審なコルト・ローマン修理をきっかけに、大平は透かし文字のナンバリング入り報告書を作成し、部下たちにそれぞれ渡していたNo.1~50までは誰に、51~100までは誰に、という風に。香澄はNo.451~500までを渡されていた。勿論それらにも可視できるナンバリングは中央に印刷されている。

「太平チーフは几帳面な方で、部下からの報告書はどんなに古くても全て保管してあるそうです。三年前の事件以降は、報告書のファイルをデータ化せずに、私室の隠し部屋に保管してあるそうですよ」

 私室の隠し部屋は二畳ほどのスペース。そこに可動式の書架を置き、人物別に保管してあるらしい。
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