第20話

文字数 1,655文字

 日本政府は月満ちて誕生した王子の旧N王国内における身分を認定し、日本人としての戸籍も用意した。その後に二人は密かに日本国内へ移され、匿われた。内保局が発足したのは十年前で、それまで母子の護衛は警察の警備部が担当していた。王子はいま二十四歳。旧N王国内には、王政復古を願う元近衛兵を中心としたレジスタンス組織が存在しており、王子を旗頭にして政権の転覆を図っている。

「ここまで秘匿してきたヴェロスラフ第二王子殿下の存在が、どういうわけか最近C国に洩れた」
「解せませんね。確かに内保局が誕生するまでは、反日国家に内通している政党が一時的に政権を取ったこともありますが、それもわずか一年。しかも二十年も前のこと。王子の存在が発覚する機会は、二十年前にあったのでは?」

 健人の疑問も、もっともなことである。現与党が政権を取り戻し、当時の首相がスパイ防止法と内保局を成立させるまで、十年間のタイムラグがある。その間に一度たりとも王子の存在が明らかにならなかったのに、なぜ今頃になって発覚したのか。三人の顔には等しく疑念が浮かんでいる。

「そこだ。ここからが君たちを呼んだ理由と、任務の説明になる。手許の資料BーⅢを見たまえ」

 三人が該当するそれを手にした刹那、表情は動かなかったが、場の空気は一気に緊迫したものに変わった。ただの白紙がBーⅢとナンバリングされていた。熱によって文字が浮かび上がる特殊な紙とインクを使っている証拠だ。ここまでして警戒するということは。

(まさかとは思うが、チーフは内保局の人間が密告したと疑っている?)

 三人はこの部屋の何処かに盗聴器がしかけられている可能性も考慮した上で、塚原がこのような資料を渡したことを察した。塚原が上着の左ポケットから立派なライターを取りだし火を付けた。代表して健人が白紙を火に近付けると案の定、文字が浮かび上がってきた。

「内部監査によると、どうやら王子の存在をリークしたのは、この内保局の人間らしい。我々は三年前、不測の事態に備えて極秘に王子の替え玉を用意ておいた。君たちは替え玉と合流し、送られて来るであろう暗殺者たちを撃退して欲しい」

 盗聴を警戒してか、塚原は唇の動きだけで三人にそう告げる。

「では、早速に」

 同じように読唇術で返す。一読し内容を叩き込んだ上で、三人はその密書を燃やした。

「上層部は裏切り者の特定に奔走している。くれぐれも内外の敵に後れをとるな」

 塚原はCーⅡページを見るよう声を出して指示する。偽王子が住んでいるマンションの住所が記されているCーⅡページは、内部密告者の目に触れても大丈夫なように、わざと内保局内のパソコンで作成・印刷されている。

「君たちに限って抜かりはないと思うが、相手はC国の秘密諜報員たちだ。一人として生かして国に帰さず、且つ情報を吐かせるように」
「最善を尽くします」

 再び読唇術に戻った塚原に倣い、普段の軽さを引っ込めた隆宏が真面目な顔で返答する。兄妹も力強く頷き同意した。

 塚原の部屋を出た三人は、それぞれ愛用の武器の状態を確認するために武器庫へ赴く。銃器類はエージェントの掌紋認識が採用されていて、仮に他人に奪われても本人以外に使用できない。有紗はハンドガンのコーナーへ足を向け、自分専用のセカンドガンH&K・USPと、シグザウエルP239、各種パラベラム弾と予備弾倉をそれぞれ取り出す。サブのハンドガンたちは左のショルダーホルスターとヒップホルスターに入れ、ジャケットで覆い隠す。

 男たちは、ナイフの保管庫へ向かった。健人がタントー・ブレードナイフと、近くにあるシルバー色のナックルダスター(メリケンサック)をジャケットの内ポケット等にしまい込む。隆宏もベア・グリルスナイフと健人と同じくナックルダスターも持つ。次いで建人は自身の愛銃であるコルト・ガバメントを左のショルダーホルスターに入れ、予備弾倉も腰のホルスターに押し込んだ。武器を手にした三人は、男女別になっている仮眠室へ赴き、ひとときの眠りについた。
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