第11話

文字数 1,235文字

 繁華街から外れた場所にある古ぼけた雑居ビル。その屋上に女が俯せになっていた。彼女の傍には二脚と狙撃銃。バレットMRADの銃口は真っ直ぐ正面を向いている。近くには目立った建物はなく、少し先にシティホテルがあり銃口はそのホテルを捉えている。

(風がまだ強いな。早く止んでよ)

 内心で悪態を吐きつつスコープを覗けば、照準がシティホテルの一室に居る、一人の中年男に合わせてある。風さえ止めば、いつでも引き金を引ける。標的が居るホテルの周辺は明かりが多いが、女の周辺はひっそりとしている。距離は六百メートルしか離れていないが、地方の繁華街など僅かに外れると存外こんなものだ。

(さっさと終わらせて、休暇を貰わないと)

 女は早く風が止むことを祈りつつ、暗視スコープを覗き込んでいる。夜陰に潜むには不具合な、目立ちすぎる真っ白なパンツスーツ。歳は二十代半ばから後半といったところか。無駄のないしなやかな身体つきは、猫を連想させる。金色に染められた髪は、肩甲骨の下辺りまで伸びており、メイクも派手なものだ。白のスーツが汚れることなどお構いなしで、呼吸を整えながら、じっとその時が来るのを待っている。

 じりじりと焦がれるような時間が過ぎていく。本来ならばこんな風のある夜に狙撃は向かないが、ターゲットが都心を離れ地方に居る今しか、狙撃のチャンスがない。それほどまでに普段のターゲットは警戒心が強く、隙を見せない。この寂れた地方都市に何の用があって、ターゲットが半年に一度やってくるのか。その理由は、国家機密を反日国家に流すためだ。これだけで充分、女が所属する組織のブラックリストに載る理由だ。

 女に課された任務は、その外患誘致を平然と行っている国会議員の私設秘書を、秘密裏に抹殺することだった。肝心の国会議員は、一切その手の反日行為に手を染めていない。議員は日本人の戸籍を背乗りした工作員に、易々と懐に潜り込まれてしまった。

 そうこうするうちに、スコープの向こうで動きがあった。一旦ターゲットが視界から消えたが、すぐに若い女を伴って戻ってきた。チェックインしたときはターゲット一人だったので、この女はデリヘル嬢か仲間か。どちらでも構わないが、少々面倒だなと内心で呟く。

(女とお楽しみとは、随分とお盛んなことで。まぁ、最後になるけどね)

 腹の突き出た中年体型のターゲットは、下卑た笑みを浮かべながら娘ほどの年齢の嬢に、金を渡している。この時点で女は性風俗嬢と確定した。女も仕事とわきまえており、完璧な営業スマイルを崩さない。手を取らんばかりに、二人で浴室へと消えていく。その間にも屋上の女は、風が止むタイミングを見計らっている。

 やがて、みっともない身体にバスタオルを巻いただけの姿で、ターゲットが戻ってきた。嬢の方は素っ裸だ。同性である狙撃手も思わず見惚れるほど、美しいプロポーションをしている。だが暗殺のプロは、他人の情事などに心を動かさない。彼女はただじっと、風が止む一瞬を待っている。
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