第27話

文字数 1,136文字

 兄妹に飲み物を持ってきた浅倉は、気になっていたことを問う。

「女はどうしたんですか?」
「事故死よ」

 用済みになったので感電死させた。正式な外交ルートを経て入国したならば国際問題に発展しかねないが、彼らの入国は公式記録にない。したがって、日本に入国していないも同義。非合法なやり方で他国に入国した人間が死のうと、秘密裏に処理してしまうのはお互い様だ。

 マンションで撃ち殺された暗殺チームと女の遺体は、今頃は広大な青木ヶ原樹海のどこかに無造作に打ち捨てられている。無論、身元が判明するもの一切を剥奪されて。

「僕が遠矢サブチーフに有紗さんの案を話しておきます。一刻も早く上層部に話を通して、本物の王子を本国に帰しましょう」

 そう言って浅倉は立ち上がり、遠矢サブチーフのオフィスへと向かった。兄妹も血生臭い自分たちの姿に遅まきながら気付いたらしく、私室に戻ろうと立ちあがった。とにかく疲れ切っていた。神経をすり減らす護衛任務と拷問を終えたばかりで、三人は塚原から言われていた『内保局内に潜む裏切り者』の存在を、すっかり忘れていた。

 今は三人とも、熱いシャワーとやわらかなベッドが恋しかった。ただただ、惰眠をむさぼりたい一心で三人はそれぞれの私室に戻っていった。




 一ヶ月後。

 クーデター以来、ずっと日本に身を隠していたヴェロスラフ第二王子が、故郷のN国に突如現れ、C国の傀儡政権をレジスタンス部隊と共に多少は時間がかかったが打倒した。日本が正式に王子の身分を保障していたので、離縁されていたと思われていた側妾が産んだ第二王子殿下。その王子が立派に成長し王政復古を高らかに宣言し、新たな王朝を開いた。老齢の旧N国民は、穏健派だった亡き王太子の面影を残すヴェロスラフ第二王子殿下の姿に涙を流して伏し拝んでいた。

「……とりあえず、任務の半分は終了したな」

 建人たち四人は、隆宏の内保局内における私室に集まっていた。彼らの前にはタブレットがあり、インターネットで世界同時配信されている戴冠式の様子を感慨深げに見ていた。

 本物の王子の顔は、整形手術を受けた浅倉と寸分の狂いもない。一ヶ月前に本来の顔に戻るため整形手術を受け、目と口以外の顔全体に包帯を巻いた浅倉も安堵の息を吐いていた。

「やっと肩の荷が下りましたよ」

 建人は浅倉を労うように、軽く肩を叩くが懸念の声をあげた。

「だけどチーフが言っていた、情報漏洩の裏切り者が判らないな」
「そうね。暗殺チーム撃退で手一杯で、裏切り者の特定まで手が回らなかったわね」
「洩れるとしたら、情報を専門に扱うセクションだな」

 隆宏の台詞に、兄妹の肩がほんの僅かに動いたことを、浅倉は見逃さなかった。だが彼がそれを問う前に、四人がいる部屋に緊急の内線が入った。
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