第9話

文字数 1,448文字

 ブリーフィングと称して長澤が、皆をヘリポートに並ばせたまま声を出す。

「君たちが今まで当ててきた的は動かなかったが、実戦は違う。当然ながら相手も撃ってくる。己の身を守りつつ、動く的を的確に捉え仕留める。幸いにここは樹海だ、実戦形式で野外訓練に入る。ペイント弾を使用しながらの勝ち残り戦だ」

 いきなりだがそれが今日の課題だと長澤は言うと、樹海の中でも位置を補足できるGPS付きドッグタグを皆に配布した。さっそくレンジャー訓練の成果を見せる場が来たと皆は張り切るが、青木ヶ原樹海は鬱蒼と生い茂る高い木々が日光を遮り、不安感を同時に植え付けてくる。加えてどこから撃たれるか判らない緊張感が、精神力を削っていく。二人以上で行動したくとも、いつ裏切られるか判らない。

 ある者は音をできるだけ殺しての匍匐前進を、ある者は木に身を隠して素早く移動を。迷彩服に身を包んだ男女数名は、それぞれに支給されたハンドガンを手に移動する。緊張で身体が強張る。喉が異様に渇き、樹海の静けさが却って不安を煽った。

 昼間なのに暗い樹海は、昔から色んな噂があった。よく自殺の名所といわれており、実際に白骨化した遺体が幾つも地面に転がっていたり、木の枝からまだ腐肉を纏わせた状態で吊られていたり。そんな異様な緊迫感の中、訓練生たちは行動する。

 あちこちで銃声が響く。

 色とりどりのペイント弾が迷彩服や樹木の幹を汚す。どこかに監視カメラを内蔵したドローンが飛んでいるのか、被弾した訓練生は銃を収めてその場で待機を命じられる。

 有紗は身を低くし、できるだけ呼吸を詰めて気配を消す。前後左右、樹上から狙われていないかも確認する。空気の流れに異変はないか。気配を感じないか。僅かに草を踏む音はしないか。全身を耳と化していた有紗は、不意に左斜め前方から人の気配を感じた。咄嗟に右後方へ飛び退き着地と同時に銃を撃つ。一瞬だけ人の手が見えていた。有紗の右足付近の草が紫のペイントに染まる。

「そこまでだ」

 腰に付けていた小型無線機から、長澤の声が響く。同時に有紗が撃ち込んだ方向から、同年代らしき少年が両手を挙げつつ姿を現した。

「見事だ倉科(くらしな)くん。浅倉(あさくら)くんも大したものだ」
「ありがとうございます、教官」

 少年こと浅倉には、右手の甲に青いペイントが付着していた。有紗に近付いた彼は右手を差し出し、健闘をたたえる仕草をする。握手に応じつつ有紗は息を吐いた。

「すごいですね。ほんの一瞬だけ見えた手首を狙い撃つなんて。しかも、飛び退(しさ)った直後で」
「あなたこそ、私の膝を狙って撃ったんでしょう? 敵を無力化する最善の箇所を的確に狙えるなんて、なかなか出来ないわ」

 互いを褒め合いつつ、どちらかともなく微笑む。

「本日の優勝者は倉科くんだ。皆、彼女に負けないよう励むように」

 長澤の声が本日の訓練終了を告げる。本部まで連れ帰る人材が現れるまで待機と命じられる。陸軍での訓練の間に有紗は十八歳になっていた。浅倉は有紗より二歳下の十六歳。十代の訓練生は二人だけなので、今後も二人は互いに切磋琢磨していくだろうと、長澤はモニター越しに眺めながら口の端を軽く持ち上げた。

「若者をこんな血生臭い場に送り込むのは不本意だが、そうは言っていられないからな。簡単に死ぬんじゃないぞ二人とも。若い奴は生き残って、この国の未来を切り拓いて欲しい」

 先輩として教官として、長澤の本音を吐露した呟きは誰の耳にも届かない。ただ通信をオフにしたトランシーバーだけが、それを静かに受け止めていた。
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