兄と弟

文字数 704文字

 サッサと実家を去ろうと玄関で靴を履いていると、悠斗が声をかけてきた。
兄さん!
よう。帰ってたのか。今日も仕事だって聞いてたけど。
さっきまで会社にいたんだ。夕方にはイランに飛ばなくちゃならない。しばらくそっちに滞在する予定だから、荷物を取りにね。
 悠斗は今でもここに住んでいる。勤務する大東亜石油の本社が大手町にあり、ここからならチャリでもタクシーでもすぐだから、引っ越すのが面倒だったらしい。
 ちなみに俺は就職が決まってすぐ、銀座の外れに1LDKを借りて移り住んでいた。蒼通の近くが便利だったからというよりも、単にオヤジと距離を置きたかったのだ。
イランか。核武装問題やら何やらで、あっちは色々きな臭くなりそうだな。気を付けろよ。
兄さんの方は、仕事、順調なの?
ああ、俺、蒼通を辞めることにした。
……え? なんで?
実はあんまり深く考えてないんだ。ちょうど三分前に決めたところさ。
東王印刷に行くの?
いかねーよ。俺とオヤジが仲悪いこと知ってるだろ。修復不可能ってヤツだ。
父さんも兄さんも、どっちも意固地になってるだけなんだよ。二人ともガンコだからなぁ……。じゃあ蒼通を辞めるってどういうことさ?
 いずれ織葉家の後継者として指名されることを、悠斗は知らない。きっとその辺りのことは何も考えず、俺が継ぐと思い込んでいるに違いない。弟とはそういうものだ。
 俺としては、悠斗がオヤジから後継者として指名されたときに、あまり俺に気を遣わないようにしてやりたい。
そのうち身の置き所が定まったら話すよ。あんまり期待せず楽しみにしておいてくれ。
ちょっと、兄さん!
 悠斗の声が追いすがってきたが、俺は振り向きもせずに正門を抜け出した。
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