3.プレパラシオン(2)

文字数 2,908文字

遥か上の、つるつるしたフロアーにも、顔が映っていた。
(あかつき)だ。
しゃがみ込んで、足元を覗き込んでいる。

下には、一面に、色鮮やかな石が散りばめられていた。

白。赤。黄。緑。青。黒。
形も様々だ。円だけでなく、正方形や三角もある。石の大きさも、まちまちだ。
そして、それぞれ、上に数字が書いてある。

(せき)(てい)チャレンジについて、ご案内致します。体力増進と脳のトレーニングに、是非ご活用下さい』

音声が、電子案内板から流れていた。
デモ映像も、画面に映し出されている。
ホームシアターばりの、大きなスクリーンだ。

『同じ色の石の上を、書かれた数字の順に渡り歩きます。石の色は、難易度で分かれています。無理せず、易しいレベルの色から始めて下さい』

画面に、レベル表が示された。
白が、超初級のレベル1。
赤、黄、緑と、どんどん難しくなっていく。

かあぁ……
黄色い円形の石が、ひとつ、光り出した。
アシストだ。しばらく動かないでいると、次に踏む石を知らせてくれる。

ぴょん!
しゃがんだまま、暁が飛んだ。
大きなカエルが跳ねたような格好だ。
ぜんぜん歩いてない。

でこぼこした石の上には、透明な床材が覆い被さっていた。
固形化した水が、浅く溜まっているようにも見える。
さながら、偽りの湖面だ。
飛び跳ねて遊ぶ暁の姿を、静かに映している。

「どうして、こんな所に、こんな物を、作りやがった……」
息を切らしながら、(あおい)は、がっくりと肩を落とした。
稽古が終わるや否や、超特急で着替えて出て来たのだが、時すでに遅しだ。

高速の幼馴染に、敵うわけはない。
遊び始めてしまう前に、話がしたかったのに。

リニューアルオープンから数か月も遅れて、ようやく完成した設備が、これであった。
大喜びした暁は、数セットやってからでないと、頑として帰らなくなってしまったのだ。

さんざん付き合わされた碧まで、既に黒石レベルをアシスト抜きで攻略済みである。

最難易度をクリアーしてるっていうのに、まだやるか。

「もういいだろ、暁」
「あ、碧! あのね、今度は蛙飛びでチャレンジしてるんだよ」
ぴょんぴょん跳ねながら、暁が答える。
ダメだ、こりゃ。
待ってたら、ずっとやってるぞ。

「話があるんだ。ちょっと来て」
幼馴染を知り尽くしている碧は、ストレートに頼んだ。
そうすれば、きかない暁ではない。

エレベーターホールまで暁を連行して行くと、(よう)が立って待っていた。
碧に向けた顔に、ごめんと書いてある。
桃ちゃんにバレたことで、冷たい視線を浴びせられたのが、まだ堪えているらしい。

「もういいって、陽」
碧が溜息をついた。

「桃ちゃんなら、別にいいよ。って、あれ、桃ちゃんは?」
「まだ更衣室だ。遅いなあ」
「いや。暁と比べちゃ、可哀そうだろ。座って待ってればいいんだから」

広々としたエレベーターホールには、和風の腰掛けベンチが幾つも置いてある。
石庭に合わせた日本庭園風の(しつら)えだ。
ちらほらと、大人が腰掛けている。
セミナールームの待合室としても使われているのだ。

あんまり他人には聞かれたくないな。
隅っこのベンチに、人はいないけど。
お爺さんが一人、壁沿いの健康遊具を片っ端から試してる。遠からず接近してきそうだ。

慎重に見て取った碧は、あえて、石庭前の腰掛を選んだ。
座ると、じんわり暖かい。
畳になっている座面に、季節柄、ヒーターが入っている様子だ。

すぐに、碧は暁に勢い込んで尋ねた。ただし、声は可能な限り抑える。
「本当なのか? 稽古前に言ってただろ、あのペラペラ人間と、どこかで会ってるって」

すっ
立ったままの陽が、表情を変えた。
二人を見下ろす顔から、いつもの微笑が消えている。

私、みかげちゃんに会ったことあるのかも。
稽古が始まる直前に、暁が小声で言ったのだ。
碧が息を呑んだ所で、師匠が大声で挨拶しながら登場してしまった。

みかげは、この現実にいるってことか?
そんな馬鹿な。
のっぺらぼうのバレリーナと同じ、ただのお化けじゃないのか?

疑問が山ほど湧いてきて、碧は気もそぞろになってしまった。
当然、今日の稽古は怒られまくりだった。

暁は、腕を組んで唸った。
「う~ん。会ってる気がするんだよね。でも、はっきりしなくて。碧、知ってる?」

「いや。あんな知り合いはいない。万が一、いたとしたら、絶対に俺は気づいてる」
「そうかあ。碧が知らないんなら、私の知り合いでもないよね……」

黙っていた陽が、さすがにツッコんだ。
「いや、そうとも限らないだろう。暁だけの知り合いじゃないのか? たとえば、えっと、碧と一緒じゃない所は、どこだ?」

二人の交友関係が被らないところは?
そう、陽は聞きたいらしい。

考えながら、暁が答えた。
「塾のクラスと、」
「親戚関係、かな」
碧が続ける。

非常に狭い。
それ以外は、全て被るわけだ。
学校のクラス、登校班、習い事。
遡って、保育園まで一緒だ。

「でも、俺、うちの塾にいる奴なら、違うクラスでも顔は分かるよ。あんな奴はいない」
「うちの親戚でもないよ。う~ん、気のせいかなあ」

しきりに首を捻っていた暁は、呑気に言った。
「じゃ、またあそこに行ったら、みかげちゃんに聞けばいいか」

「暁、」
陽の低い声に、碧も驚いて見上げた。
いつも穏やかな「はとこ」が、試合の時みたいな顔をしている。
絶対に、ここは譲らないぞって目つきだ。

「もう、あそこには行かない方がいいと思う。だから、あの子が知り合いだろうが、そうじゃなかろうが、関係ない」
暁が、びっくりして黙った。
陽が、こんな言い方をするなんて。

隣を振り返った。
すると、幼馴染も真剣な顔で頷いた。
「陽の言う通りだよ。あそこは、決まった帰り道がない迷宮なんだ。これまでは帰って来れたけど、今後もそうとは限らない。だから、もう絶対に行っちゃダメなんだ」

ド・ジョーにも、固く戒められた。
碧も、譲る気持ちは無い。

「うん……」
暁は考えつつ、相槌を打った。

確かに、前回は際どい目にあっている。
それはそれは美しく、豪華な夢の世界だけど。
迷い込んだ者を閉じ込める檻と化す、危険な場所なんだ。

「そうだね。分かった。もう、あの世界には行かない」
暁は、完全に納得して頷いた。

だが、言った途端に、おろおろする。
「ええと、でも、私、今までだって、別に行こうと思って行ってないよ。どうすればいいの、碧?」

「よし。いいか」
碧が、自信たっぷりに切り出した。
座右の銘は、「用意周到」だ。
対策は講じてある。

「まず、2回とも、しろさんが化けたドアノブを開けてしまってるだろ」
しろさん。白猫のマスコットだ。

ドアにぶら下げられた縫いぐるみが、何故かクルクル回転して、白いドアノブに変わった。
そこから、不思議な地宮に迷い込んだのだ。

「だから、この先、しろさんが現れてドアノブになったとしても、絶対にその扉は開けない。それだけでOKだ。分かった? 暁」

「うん! 分かった!」
勢いよく暁が了承する。立派なお返事だ。

ふっと、陽が表情を和らげた。
もう、いつもの顔だ。
「ああ、桃が来たよ。帰ろう」

暁と碧は、腰を上げた。
桃ちゃんは螺旋階段を怖がるから、エレベーターで降りよう。

「行こ、桃ちゃん」
暁が笑顔を浮かべた。
そして、固まった。

桃が、白い猫のマスコットを差し出して、言った。
「暁、忘れ物」
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登場人物紹介

一ノ瀬 暁(いちのせ あかつき)


小学5年生の女の子。第一級の美少女だが、性格は猪突猛進。

双海 碧(ふたみ あおい)


暁の幼馴染。小学5年生の男の子。座右の銘は、用意周到。

三ツ矢 陽(みつや よう)


碧の「はとこ」※母親同士が従姉妹の間柄

小学6年生の、大柄な男の子。正直者すぎて、思ったことが全て顔に出る。

三ツ矢 桃(みつや もも)


陽の妹。小学4年生の、大人しい女の子。

ただし、兄には塩対応。

ド・ジョー


「オーロラの地宮」の住人。ハードボイルドな、金色のドジョウ。

水を操ることができる。オーケストラの指揮者。


マダム・チュウ+999(プラス スリーナイン) ※略称


「オーロラの地宮」の住人。オネエな、ピンク色のネズミ。

自らの美しさに相応しい名前を足していったら、999文字になったとの弁。

フルネームは、マダム・チュウ アナスターシア ベアトリックス クレメンタイン ディアーナ エリザベス フローラ ジェラルディン ハーマイオニー(書ききれない)


筋肉 一郎(きんにく いちろう)


「オーロラの地宮」の住人。筋肉を鍛え上げたあげく、巨大化した「マッチョ・スワンズ」の1号。

リーダーの白鳥である。


筋肉 二郎(きんにく じろう)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ2号。

筋肉集団の中で、唯一の頭脳派白鳥。


筋肉 三郎(きんにく さぶろう)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ3号。

血の気が多い直情派白鳥。


筋肉 四郎五郎マッスル左衛門(きんにく しろうごろうマッスルざえもん)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ4号の、心優しい黒鳥。

名の由来は、父親が四男で、自分はその父の五男として生を受けた、という意味。名前本体は、マッスル左衛門。


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