4.グランフェッテ・アン・トゥールナン(1)

文字数 1,790文字

(あかつき)が叫んだ。
「ううん! それ、私のじゃない!」
ぶんぶん、首を振る。
顔の輪郭がブレて見えるほどの高速運動だ。

(もも)は、きょとんとした。
「でも、これ、暁の使ってた更衣室の棚に残ってたから」

(あおい)が、桃に詰め寄った。
「暁の棚にいたの? こいつ?」

ますます、桃は混乱した。
冷静な碧が、取り乱している。
小さな声が、さらに小さくなった。
「うん。だから……暁のかと」

「戻してきて! 桃ちゃん!」
「え? でも、暁のじゃなければ、落とし物だから届けないと」
空手教室の女子は、自分達二人だけだ。
必然的に、落とし物である。

そうは言ったものの、桃は怖くなった。

変わったところは無い。バレリーナの恰好をしている、白い猫の縫いぐるみだ。
ウインクしている顔に、紐が付いていて、ぶら下げるようになっている。
分からない。どうして、こんな反応をされるんだろう。

妹とは、ひどいものである。
思わず、それを兄に押し付けた。

(よう)! それ戻してきて!」
碧が矛先を変える。
「俺が?! 女子更衣室だろ、無理!」
鬼門だった。
「じゃ、私が戻してくる!」
暁が、ふわふわの白い体を掴み上げた。

すると。
ぱっちり
片目をつぶっていた猫の縫いぐるみが、両目を開いてしまった。

「ニャ、ニャニャニャニャ~!」
「うわ~。ちょっと待って、しろさん!」
碧が、絶望に満ちた声を上げる。

と、しろさんを抱いたまま、暁が息をのんだ。
「碧、私の足が光ってる……」
ジーンズ越しに分かるほどだった。
膝から運動靴まで、すっぽりと青白い光が包んでいる。
オーロラが訪れた、あの時と同じだ。

「それダメ! 暁! 止めて!」
「うん分かった! でも、碧、どうやったら止められるの?」
「知らないよ! そんなの!」

わあわあ騒ぐ三人を、桃は呆然と見ていた。

無理もない。ただの小さな縫いぐるみを、暁が持っているようにしか見えていないのだ。
猫の鳴き声も聞こえていない。
暁の足を包む、青白い光もだ。

ぴょん
しろさんが、暁の手から飛び出した。
それも、桃には見えていない。

ぽすっ
バレリーナのチュチュを着た白猫は、エレベーターのボタンの上に着地した。
ただし、横向きにだ。
体を突き刺すような恰好で、止まっている。
下に行くことを示す、逆三角形のボタンの上に。

「ニャニャニャニャニャニャー!!」
鋭く鳴いた。
それが合図だった。
始めるわよ、とでも言ったのだろうか。

白猫のバレリーナは、横向きのまま、回転し始めた。
重力を無視した動きだ。

くるり
カチャ
くるり
カチャ

片足で伸び上がり、くるりと爪先立ちで一回転してから、(かかと)を着けて降りる。
またもやトゥで立ち上がり、再び回転する。
真横な向きでやっているのを除けば、完璧なフェッテだ。

カチャ。踵が着地する度に、音がする。
エレベーターの下行きボタンが、押し込まれているのだ。

くるっ
カチャッ
くるっ
カチャッ

速くなった。
どんどんスピードが上がっていく。

くるっ
カチャッ
くるくるっ
カチャッ
くるくるっ
カチャッ

もはや連打だ。
二回転も混じってきた。
「ドゥーブル」という、難易度の高い技だ。

「ちょっと、しろさん! ストップ!」
「ニャニャニャッ、ンニャー!」
「ダメだってば!」
「ニャ、ウニャッ、ニャー!」
「すごいなあ、碧、猫語が喋れるのかあ」
「喋れるわけないだろ!」
陽にツッコむことだけは忘れない碧だ。

そうこうしているうちに、高速回転し続ける白猫のフォルムが、でろりと溶けだした。
まるでバターだ。

カチャカチャカチャカチャ
足元の逆三角ボタンが、光っている。
いつもの緑色じゃない。
青白く。

これって。
暁は、がばっと屈みこんだ。
ジーンズの裾をめくる。
やっぱり。同じ色だ。
目が痛いほど、激しく光っている。
足も、じりじり痺れるくらいだ。
どうしよう。絶対、この光のせいだ。

「止めなきゃ。えっと、えっと……そうだ! 水で冷やしてみたらどうかな?」
「ハンカチ濡らして巻けばいいんじゃないか」
陽が、すかさず具体案を出す。

「わかった! あ、ハンカチ忘れた」
「またかよ! 持ち物は出掛ける前にちゃんと確認しろよ!」
またも、言っていることがお母さんみたいな碧だ。

ポーン
軽やかな音に、子どもたちが向き直った。

しろさんの姿が、消えていた。
ボタンの光も、止んでいる。
でも変だ。いつものエレベーターの操作ボタンじゃない。
つるつるした白い逆三角形を、金色の優美な線が縁取っている。
どこかで見たようなデザインだ。

シュー
エレベーターの扉が、開いた。
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登場人物紹介

一ノ瀬 暁(いちのせ あかつき)


小学5年生の女の子。第一級の美少女だが、性格は猪突猛進。

双海 碧(ふたみ あおい)


暁の幼馴染。小学5年生の男の子。座右の銘は、用意周到。

三ツ矢 陽(みつや よう)


碧の「はとこ」※母親同士が従姉妹の間柄

小学6年生の、大柄な男の子。正直者すぎて、思ったことが全て顔に出る。

三ツ矢 桃(みつや もも)


陽の妹。小学4年生の、大人しい女の子。

ただし、兄には塩対応。

ド・ジョー


「オーロラの地宮」の住人。ハードボイルドな、金色のドジョウ。

水を操ることができる。オーケストラの指揮者。


マダム・チュウ+999(プラス スリーナイン) ※略称


「オーロラの地宮」の住人。オネエな、ピンク色のネズミ。

自らの美しさに相応しい名前を足していったら、999文字になったとの弁。

フルネームは、マダム・チュウ アナスターシア ベアトリックス クレメンタイン ディアーナ エリザベス フローラ ジェラルディン ハーマイオニー(書ききれない)


筋肉 一郎(きんにく いちろう)


「オーロラの地宮」の住人。筋肉を鍛え上げたあげく、巨大化した「マッチョ・スワンズ」の1号。

リーダーの白鳥である。


筋肉 二郎(きんにく じろう)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ2号。

筋肉集団の中で、唯一の頭脳派白鳥。


筋肉 三郎(きんにく さぶろう)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ3号。

血の気が多い直情派白鳥。


筋肉 四郎五郎マッスル左衛門(きんにく しろうごろうマッスルざえもん)


「オーロラの地宮」の住人。マッチョ・スワンズ4号の、心優しい黒鳥。

名の由来は、父親が四男で、自分はその父の五男として生を受けた、という意味。名前本体は、マッスル左衛門。


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