2.白鳥像(1)
文字数 1,791文字
とりわけ、兄に対しては態度が違う。
とても優しくて、大人しい子だね。
なんて評されていたとしてもだ。
口調は、取り調べする刑事よりも厳しい。
「で、その
「うん」
同意してから、
「あれ? 桃、なんで知ってるんだ?」
馬鹿正直な兄である。
攻略方法は、簡単だ。
空手の
「ねえ、あれ、どうしてお父さん達に話せないの?」
「う~ん、碧がなあ……」
「話しちゃダメって?」
「そう。なんでって、碧に聞いたんだけどさあ。信じられないような話だし、そんなところに行ったって知れたら、心配させちゃうから、だって」
「そんなところって?」
結局、西センターに着くまでの間に、全てが妹の知るところとなっていた。
家には、専業主婦の母親がいる。
こそこそ内緒話なんて、できたものじゃない。
桃は、
「お兄ちゃん、自分で喋ったでしょ」
「あ、そうかあ! 俺、馬鹿だなあ!」
心から自嘲する陽である。
そのわりに笑顔だ。
地顔であるから、しかたがない。
冷静な同意が、隣を歩く妹から返ってきた。
「そうね」
ぽーん
音を立てて、自動ドアが開いた。
玄関ポーチを抜けると、内扉も開く。
とたんに、案内放送が聞こえて来た。
今日のエントランスホールは、少し様変わりしていた。
奥のカウンター前に、パイプ椅子が並べられている。
座っているのは、いずれも高齢の方々だ。
大画面から流れる音声によると、何か行政手続きのコーナーが特設されているらしい。
よかった。座りにくい簡易ベンチの方には、誰もいない。
その奥のプレイコーナーも、がらがらだ。
大画面まで、今日はバリアフリー仕様になっていた。
日時が、いつもより大きめに表示されている。
15:05
うん、大丈夫そう。
道草をくっても、稽古の時間までは、まだ余裕がある。
無人の滑り台に近づいて、桃は小声で問い質した。
「ここから帰ってきたのよね?」
ついてきた兄が、黙って頷いた。
幼児向けの遊具だ。
滑り台といっても、おもちゃに近い。
ジャングルジムを三段だけ上り、プールの
特に変わった様子はないけど……。
ぐるぐる回って、念入りに検分してみても、同じだった。
誰も信じないと思う。
ここが、不思議な場所に通じていたなんて。
じゃあ、簡易ベンチの方は?
桃は、顔を上げて、向かいを見遣った。
いつ見ても、ばかでかいホチキスの芯みたいだ。
コの字を立てた形の棒が、ざくざくと床に刺さっていた。
上部にクッションを巻き付けて、どうぞ腰を下ろして下さいという仕様だ。
無理があるデザインである。
危なくて、たまったものじゃないだろう。
今日だって、お年を召した人達は、誰も座っていない。
果てしなく実用性が低いのは、明らかだ。
どうして、こんなのにしちゃったんだろう?
リニューアル前に置かれていたベンチじゃ、ダメだったのかな。
数か月ほど前の話だ。
びっくり仰天するニュースが、三ツ矢家に舞い込んだ。
碧が叱られたというのだ。
この簡易ベンチを鉄棒がわりにした
まったくもって、碧らしからぬ振る舞いだ。
桃は、聞いたときから疑念を抱いていた。
それが、兄から地宮の話を聞き出した瞬間、
「もしかして、あれもそうだったんでしょ!?」
「ああ、そうだよ。一回目は、あのベンチから帰ってきたんだって」
桃は、芯の群れに近づくと、ちょこっとだけ触れてみた。
このクッションさえ無ければ、確かに立派な鉄棒だ。ちょっと低すぎるけど。
でも……ベンチだって、特に変わった様子は見られない。
「そろそろ行こう、桃」
陽が促した。
生返事で歩き出しながら、桃は考え続けた。
もし、これが兄ひとりの話だったら。
聞いた瞬間に、全否定している。
居眠りして、夢でも見てたんじゃないの?
しょうがないんだから、お兄ちゃんは。
だが、碧は違う。
桃が物心ついた頃から、お行儀の良い、知性の
禁じられていることをしでかすなんて、あり得ない。
まして、夢と現実の区別がつかない話なんて、するわけがない。
ということは。
本当に、この西センターは、地下の不思議な世界に繋がっているの?