第16話

文字数 954文字

 13階はエレベーターが閉じるとタールのような闇に浸された。エレベーターを呼び戻そうとしたが、操作パネルが存在しない。仕方なく手探りで前進を試みると、ドアらしきものに指先が触れて、それはオレの歩みにつれて奥へと開いた。ドアだったとすればおそらく室内に入ったのだろうが、そこもやはりとっぷりとした暗闇だ。オレが立ちすくんで様子をうかがっていると、ぼんやりと白いものが十個ほど闇に浮かびあがってきた。それは六、七歳の子供の頭部であり、オレをみつめてふらふらと浮遊している。オレは腰を抜かして尻餅をついた。カーペットの床から、それでも何をされるかわからないので空中を動きまわる頭部を恐怖しながらも見張っていると、それらの遠い奥から別の何かが現れ、それは近づいてくるにつれてやはり顔であることが判明した。十八歳くらいの女の子だ。さらに近づいてくるのでオレは這い逃げようとしたが、うまく体を動かすことができない。腰が抜けているのだ。と彼女の胴体や脚が見えはじめ、少なくともこの女の子には体があることがわかった。この娘がオレの妻なのだろうか? 彼女の横に着ぐるみのような1メートル弱の雪だるまめいたものが浮かびあがる。
「助けてあげる」と女の子はオレの頭上から云った。
「きみは誰だ、妻か」
 女の子は笑った。
「きみは誰だ、妻かって」そう笑いながら女の子が雪だるまに云うと、雪だるまも一緒になって笑った。
「誰なんだ、それに雪だるまがなぜ生きてるんだ」オレは云った。
「失礼だなあ、ぼくは雪だるまじゃないよ、お団子人間さ。でもいいよ、僕のことは団子って呼んでくれればさ」
「ごめんよ、団子だったのか」
「いいんだよ」とお団子人間は云った。
「それできみは?」とオレは女の子に訊いた。
「いまは詳しいことは云えないけど、オフィリアとでも呼んで」とどうみても日本人、少なくともアジア人の女の子が云った。「とにかくあなたの奥さんは別室であなたを待っているわ」
「案内してくれるの?」
「まさか。わたしたちはあなたを助けにきたのよ」
 どうなっているのだ一体。誰がオレの味方なのだ。誰を信用すればいいのだ。
「それにしても、浮いてる子供の首みたいなものはなに?」とオレは訊いた。
「子供の首よ、見てのとおり。体を取られちゃったの」
 依然、すべてが謎だった。
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