第26話

文字数 766文字

 何時間もバスに揺られ、犯罪者じみた連中とつれていかれた先は、それ自体が街といっていい厖大な大きさのビル建設現場だった。
 雲にとどくかのような塔を別にすれば平均した階数は20階ほどだろうか。とにかく複雑な形をしているが、端っこはどこにあるのか、見通せない距離の先にある。
 だいたいの部分はまだ骨組みができただけで、どこから集めたのか、やはりカタギともみえない連中が汗水たらして奴隷のように作業に従事していた。やりたくなければ暴動でも起こして逃げればいいじゃないかと、オレは考えもしたが、どうしても暴動あるいは逃亡できない事情があるらしい。
 オレたちを連れてきた親方のようなヤツは、オレたちをバスから降ろすと、Uターンして去ってしまった。なんの指示もなしだ。
 奴隷のような無数の凶悪顔の連中の中には、オレたちをチラッとみる者もあったが、それだけで、あとは無関心だった。

 そうして10分も立っていただろうか。
 日射しに紛れて最初はハッキリしなかったが、どうやら巨大な深海魚みたいなものが、鉄骨の枠組みをとおって、空中を泳いでオレたちのほうにむかってきた。上空とおくから悠々と、しかしその異様な姿で着実に。
 それをみて胃をやられたのか、いっしょに来た連中の何人かが地面にむかって激しく嘔吐した。その吐瀉物のあまりの臭さにイラだって奇声を発して地面をムチャクチャに踏み鳴らす者もいたが、空の深海魚が巨大に迫ると固まって声を飲み込んだ。
 いずれにせよ、縛りつけられたように、オレたちはその場を動けなかった。
 いずれにせよ、とうぶんの間、よいことは起きそうにない。
 そして気づいた。今は赤黒い、病変におかされたような色合いぬめりの深海魚は、カエデが消えたときに渋谷の上空にいっしゅん見たものと同一のものだと。あのときは幻のように透明だったが――
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