2・英霊の話

文字数 2,802文字

2・英霊の話
 十月のある日の土曜日の夜。メールの着信音が鳴った。
同じ教会に通う韓国から来ている留学生のユンハさんだ。「明日の礼拝後、予定ある?」とあった。
私は、「特に予定はないよ」と返信をした。
一分ほど経ってから折り返し、着信があった。
「礼拝後、午後1時にパン屋さんのバースデーで待っているわ。日本の英霊について、教えてほしい。」
という内容だった。
「たいしたことは知らないけど、私の知っている範囲でなら教えることができます。」と返信した。
「了解」というユンハさんからの返信メールに、ペコリと頭を下げる添付動画の画像に私は思わず笑ってしまった。
ユンハさんが生まれた韓国では、日本の英霊に対する印象はあまりよくない。日本のA級戦犯を靖国神社に英霊として祀って以来、中国や韓国での英霊に対する印象がよくないのだ。
ユンハさんが、私に英霊について聞きたいと思ったのには理由がある。ユンハさんは、韓国から日本に留学して以来、なぜ、日本人が英霊を祀っていることに抵抗がないかについて疑問を抱き、それを教会の婦人会の一人に訊ねたのだという。その婦人の方は、「英霊のことなら、イチローくんに聞くといいよ。」と振ったのだ。私が、大学の図書館でずっと英霊について調べていることを知っていたのだ。「若い人は若い人同士で話しなさい。」とユンハさんに言ったのだという。
2週間ほど前だ。2週間前の礼拝後、教会の婦人会の方から、「そのうち、ユンハさんが、あなたに英霊のことを聞きにいくと思うから、礼拝後の都合の良い時間に喫茶店にでも行って、ゆっくりと話しておあげなさい。ユンハさんにも伝えてあるから。」ということだった。
先週、礼拝後にユンハさんから誘われるかと思ったが、ちょうど、風邪をひいたらしく先週の礼拝を欠席したので、明日の礼拝後になった。
私は別に英霊について学問的に研究しているわけではない。
大学四年生にそんなだいそれた知識があるわけではない。
だが、日本人の韓国人や中国人の間に英霊に対する誤解があることには気づいている。
その誤解の原因は、漢字に対する語源に対する理解の違いから起きているようだ。
今、コンピューターが急速に進み、漢字の検索が容易になっている。今まで図書館で時間をかけて調べ、検索していたことが世界中の図書館と連携し検索することができる。
私は大学3年の夏から、英霊の言葉の語源をコンピューターを使って分析解析している。
英霊についてわかったのは、日本語の言葉として英霊が出てくるのは幕末から明治にかけてだ。
古事記、日本書紀、続日本紀、万葉集などの文献には出てこない。
出てくるのは神霊という言葉だ。つまり、現在、日本人が使っているのはかつての神霊だ。
なぜ、英霊という言葉が幕末明治期に使われたか。
ここが日本人と韓国人の誤解の原因がある。
英霊という言葉は、元々三国志の中で使われた言葉で、中国の三国時代に戦争で亡くなった中国民族の戦死者のために孔子が使った言葉だ。韓国では漢字が使われなくなり、ハングル文字が主流となった。日本の英霊という言葉は、孔子の英霊に由来するが、そのことの理解があれば、日本の英霊と韓国人が考える英霊は、似て非なるものだということがわかると思うのだが、日本人の中でも「古代から日本の国を守った英霊」という表現からわかるように日本人自身が、英霊の語源がわかっていないから、ややこしくなり感情的になっている面がある。
そもそも日本には古代から英霊は存在しない。
中国や韓国では古代から現代までに置いて言葉として存在している。
日本の古代から現代までに存在するのは3通りの霊が存在している。
第1に古代から現代までに存在する神霊。
第2に古代から現代までに存在する古代中国由来の英霊。
第3に幕末・明治維新期から太平洋戦争までの戦没者である英霊。
この3種の霊は似て非なるものだ。
靖国神社には二四六万柱を超える英霊を一座とし、北白川宮能久親王と北白川宮家久親王を一座がある。
鎮座という言葉が英霊に用いられる。鎮座とは座に鎮まっているという意味だ。
では、なぜ「座」なのだろうか。
「座」は、「广」+「坐」であるが古い文体は「坐」である。
 「史記」には、「座、坐位也」とある。解字(漢字の成り立ちの解釈)は「すわる場所」である。
 英霊が留まり鎮まる場所という意味だ。
大漢和辞典に「座は書きかえ字」とある。「坐」は「土」の上で「人」が互いにむきあう形だ。
靖国神社の「靖國」は正字なのに、なぜ御霊の鎮座するところは「書きかえ字」の「座」なのだろうか。
靖国神社のホームページの由緒の末尾に「神霊(靖国の大神)」の記載がある。
 諸葛孔明の祈祷にある「英霊」は、天上にあるので「靖国神社」に鎮座する英霊とは違うのであろう。
靖国神社の由緒には、「国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め」とあるが、「御霊を慰める」はずがなぜ、過去四〇年にわたり、中国や韓国から毎年のように批判を受け続けなければならないのだろうか。
いわゆるA級戦犯(法務死)の「合祀」をきっかけにしているが、語源を調べているうち、諸葛孔明の考える「英霊」は天上にあり戦死者の勝者、敗者の区別をしない。一方靖国神社の英霊は、天上にあるのではなく「二座」として英霊全体が靖国神社に収まっている。
したがって、中国や韓国の方々が考える「英霊」とは違っていることがわかる。
漢字の解釈について、英霊を諸葛孔明の考える「英霊」と同じに考えれば合祀の問題は消える。
日本古来の日本の「天照大神(あまてらすおおみかみ)」は天上にあって、英霊は「神霊」ではあるが日本古来の神とは異なっており、地上の靖国神社の境内に鎮座する「英霊」である。
ちょうど、「国家安康」の本来の意味が、中国古代の書物に由来し王室の平安を願う意味であったのに、家康の体を二つに切る意味での呪詛であると捉えるかの解釈の違いと似ていると私は考えている。
「古代から日本の国は守ったのは神霊」であり、古代から中国の国を守ったのが中国の英霊だ。古代朝鮮の歴史も中国の影響を受けているので、韓国の国を守っているのも英霊だと考えている人は少なくない。
中国では文化大革命によって漢字の辞典が破壊され、韓国では漢字からハングル文字に変わった。
日本でも漢文を読める人が少なくなり、有名な評論家が「古代から日本の国を守ったのは英霊だ」と勘違いした発言をする時代になっている。日本の国語辞典には、すべて「英霊とは幕末以来の戦没者の霊」と記載している。
日本書記、続日本紀、古事記、万葉集などに英霊の文字が出てこないことは検索をすればすぐわかることだ。
「古代から日本の国を守ったのは神霊であり、英霊」とするのが本来の表現なのだと思う。
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登場人物紹介

私・イチロー(大学4年生)

韓国人留学生・ユンハ


イ・ユンハ 韓国からの仙台の大学に留学している女性

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