善光寺平生業控(五)江戸から来た男

文字数 21,768文字

                           NOZARASI 9-5
 善光寺平生業控 (五)
    江戸から来た男達

 善光寺平を囲む山々の雪もやっと消え始め、千曲川沿いの川柳の芽吹きが、柔らかな緑を醸し目にも心にも優しく染み通る。見上げる春の空には白い雲の塊がいくつか浮かび、東へとゆっくり流れ、野辺には春の兆しがそこここに満ち始め、何とは無しの長閑さを感じさせる季節になってきた。
 今朝早く、文蔵親分の手下が、昼過ぎにでも店に来てくれないかと家にやって来たが、何やら江戸からの客が来たという。
 客といっても、いつもの仕事の客とはちょっと違うらしい。
 まぁ話は会ってからだと、家を早めに出た要は、急ぐでもなく、善光寺さんにお参りをしてから長い石畳を下って行った。
「温かくなりましたねぇ」「はい、好い空ですね」と、顔見知りの人などと挨拶を交わし合ったり、行き交う人と笑顔で会釈を交わしたりしながら文蔵親分の小間物屋の暖簾を潜った。

 一見穏やかそうではあるその目の奥に、ギラリと人の心を見通すような光を宿した男が、文蔵とお茶を飲んでいた。
 文蔵と同じ目明し商売だなと要は直感したが、何も言わずに低頭し、先に名乗った。
「恐れ入りやす、滝村様に先に名乗られたんでは、ははは、とんでもねぇ罰当たりだ。江戸の日本橋界隈を任されているしがねぇ岡っ引きで、嘉平と申しやす、お見知りおきを」
「先ずは、伊勢屋さんからの紹介状をご覧ください」と、文蔵が要に書状を渡す。
「伊勢屋さんですか」と、要が訝る。
「懇意にして戴いております」と、嘉平と名乗った目明しが頭を下げた。
 が、書状の中身は季節の挨拶や先般の礼といった類で、土地勘も何もないだろう嘉平の相談に乗ってやってはくれまいかと最後に書かれた、ただそれだけのものであったし、別に切羽詰まったようなことが書かれてあるという訳でもなかった。
 だが、嘉平の話を聞くうちに、これは何かおかしいぞと、要は次第に気をそそられてゆくのであった。

「ひと月ほど前、夜の日本橋の河岸で人が殺されやした。三人も」
「三人もですか」
「へい、大坂から来た西廻船の加古が三人、刀でバッサリ」
「船乗りの方達ですか、刀ということは喧嘩ではないと」
「抜け荷の口封じらしいですよ、滝村様」と、要が現れる前に粗方のことは訊いていたのであろう文蔵が口を挟んだ。
「口封じですか……」
「細かいことが皆目分からねぇえんでやす……」
「分からないのに、何故この善光寺平へ。糸口になるような何かがここにあるというのですか」
「その現場を見た者がいて、どうも抜け荷の連中に追われているんじゃねぇかと」
「その男がここら辺りに逃げ込んだと……」
「その源治という男の故郷が善光寺平近辺らしく、いつも善光寺さん善光寺さんと自慢話をしていたと」
 善光寺平近辺の人々は、善光寺様とは言わず、親しみを込めて善光寺さんと呼ぶ。その源治という男が善光寺さんと呼んでいたのであれば、この辺りの者である可能性は高い。
「百姓だったらしく、根が優しいのでしょう、親兄弟の話もよくしていたと……」
「親元へ逃げ帰ったかもしれないというだけ、雲を掴むような話ですからねぇ」と、文蔵が申し訳なさそうに言う。
「これは内々の話でやすが、月番だった北町奉行所からあっしらを含め、この件の手柄を挙げた者に十両という報奨金が出ていやす」
「十両って、いくら抜け荷がご法度だからって、その男を捕まえるだけでですか」と、文蔵が目を剥いている。
「はい、御用を預かるあっしらから見たって、何人もの人を殺めたとかいうのでもなく、逃げただけの荷揚人足に十両とは、何かおかしい。抜け荷の品か何かに曰くがあるんじゃねぇかと……」
「善光寺平ということで伊勢屋さんですか」
 文蔵や要を知る伊勢屋であれば、ただ人を探し出すだけなれば、嘉平に会って話を聞けばそれで用は足りるだろうと判断し、余計なことは書き添えなかったのであろう。
「まさか伊勢屋さんも……」と、文蔵が一応確かめている。
「ははは、あの方はこんな話とは縁のない立派な商人、こちらの方へは絹の取引で頻繁に行かれ、それなりに詳しいということをお聞きしておりやしたんで、奉行所の方を介して頼み込んだという訳でやす」
「伊勢屋さんの頼みとあれば、お断りする訳にもいきませんのでしょうが、さて、ただ闇雲に探してみてもですよ」と要が言えば、文蔵も相槌を打ちつつ思案顔である。
「ははは、あっしにはもっともっと……」と、二人の当惑に嘉平も情けなさそうな顔である。 
 碓氷峠を越えたのも初めてだという、土地勘も何も無いのである、ただ源治を探せというだけでは困り果てるのも当然のことであろう。
「もうお昼も大分回ったし、お由さんとこももう混んではいないでしょう」と、蕎麦でも食べようと、要が二人を促して店を出た。
 石畳を下り、脇道へ入るとすぐ、
「そのまま後ろを見ないでください、付けられていますよ」と、要が小声で二人に言った。
 素知らぬ振りでお由の営む蕎麦屋「こふじ」の暖簾を割る。やや於いて旅姿の二人の男が入ってくると、奥の要たちから一番離れた入り口に座った。
 何という大胆さだ。
「あの厚かましさ、江戸から付けてきたのは、二人だけではないのですよ。あの二人は面が割れても構わない役回りの者達なのでしょうね」
「あちゃっ、面目ねぇ」と、嘉平が臍を噛む。が、この男達がとんでもない連中だと気付くのはもっと後のことであった。
「これでは話も出来ませんね、お近づきにお酒でもどうですか」
「ははは、こうなりゃ自棄だ、畜生、じゃんじゃん飲むぞ」と、嘉平は反省しているのやらしていないのやら、すっかりその気である。
「ここの御蕎麦で一杯も中々好いものですよ。それに、とっておきの肴もありますので」と、要はお由に注文をした。
 善光寺さんの話などをしながらのんびり飲んでいる三人に、向こうもこれでは埒が明かないと判断したのであろう、蕎麦を食べ終わると客を装ったまま店を出て行った。
「なんてこった、金魚の糞みたいに何人も道連れを従えていたとは」と、嘉平がまだ悔しがっている。
「嘉平さんの目的が何か、何処かから彼等の側に漏れているのですよね」と要が言えば、
「江戸からですからねぇ、そうでなければ付けて来たりはしませんよね」と、小首を傾げる嘉平を見ながら文蔵が応える。
 やがて蕎麦の焦げるいい匂いが流れて、お由が蕎麦の素揚げを運んできた。
 ちょっと塩を振り、バリバリと噛み砕いた嘉平が、熱燗を口に含んだ。
「かぁー、これは好い、飲み過ぎちまう」
「まぁ今日はとことん飲んで、旅の疲れを癒してください」
「畜生、浜町の嘉平ともあろう者が、江戸から遥々善光寺まで牛の代役かよう、こうなりゃぁ意地でもあいつ等に良い思いはさせねぇぞ」
「ははは、その意気です、明日早起きして善光寺さんにお参りをしてください、きっとご利益がありますよ、嘉平親分」と、要が茶化す。
「ははははは、ではお言葉に従い、明日は早起き、善光寺様にお参りして厄払いをしておきやす」
「ところで、源治さんのことで分かっているのは……」
「ただの荷揚げ人足でやして、仲間と飲んだ後、酔っぱらって偶然その現場に出くわしたらしいんですが、追われていたのを匿ったという仲間を見つけやして、そいつからは話が訊けたんでやすが、当の源治はその前に姿をくらましやがって、こちとらも、何のことやらと思っていたんでやすが、酷く怯えていたらしく、何か見てはいけないものを見たか、それともとんでもなく高価な抜け荷の品でもくすめ取ったか拾ったか」
「何も河岸で斬り殺さなくとも、船の上で殺して重しでも括り付けて海に放り込めばいいものを」
「その辺りもよく解りやせんので……」
「兎にも角にも、先ず見つけ出して話を聞かなければどうにもならないということですね」
「へい」
「ここまで嘉平親分を追ってきた者が数人もいるということは、早く見つけ出してやらないと源治さんは殺されますね」
「源治がでやすか」
「はい、何か余程のことがあるのですよ、先に見つけ出さねばあの者達に殺されますよ」
「あいつらは、その類の連中ということでやすか」
「はい、あの二人は町人の装いをしていますが、そうではなく、それなりのことを受けた人を殺すことなど平気な者達でしょうね、恐らく抜け荷に携わった商人の店に関わる者か、頼まれた者。それとも……」
 要が言葉を切ったのは、その時脳裏にふと浮かんだ暗い想いからであった。それは、もっと深い所に大きな根があるのではという不安であったが、二人に必要のない不安を与えたくはないと口を噤んだのであった。が同時に、嘉平もそれを知れば源治と同じように命を狙われることになるであろうし、要や文蔵もそれは当然のことであろうと……。
「これが人相書きでやすが、これといった特徴は何もございやせん。ただ、右の二の腕のここんとこに火傷の跡が小さくあるそうでやす」と、嘉平が肩のすぐ下を指さした。
「二の腕ですか、ちょっと見た目には判りにくいですよね」
「腕丸出しの真夏じゃないですから、そんなものは探す目当てには程遠いや、これは難儀なことですよ、滝村様」
「申し訳ねぇ、頼るとこはここしかねぇんで、どうかよろしくお願い致しやす」
「ははは、嘉平さん、心配はいらないよ、困ってる人を見捨てるような滝村様じゃありません、俺も手助けしますから」
「ありがてぇ、宜しくお願い致しやす」
 見知らぬ土地での人探し、その上に、人を殺すことを何とも思わない怪しき奴らが現れては、本当に心許無いのであろう、要と文蔵は目を見合わせ、互いの心を嘉平に通い合わせるのであった。

「逃げ込んだ先の人足仲間も、伝馬船で河岸まで送られてきた大身の武家らしき者が下船すると、船頭三人は即斬り殺されたということ以外何も詳しいことは聞いていないのですよね。すれば、恐らく源治さんはこの件の重要なことを誰にも話してはいない。何故話さないのか、彼らはそれを承知しているのでしょう、見つけ次第一応問い詰め、埒が明こうと明くまいと、有無を言わさず斬り殺すつもりでしょうね」
 着かず離れず要たちの後を付ける二人に浪人が一人加わったが、要には浪人の持つであろう雰囲気は感じ取ることが出来なかった。恐らくその男も歴とした侍の変装であろうと思われた。
「多分他にも何人かいて、手分けして源治さんを探しているのでしょうね」
「抜け荷は重罪、関わった者は一蓮托生、打ち首獄門。奴ら命がけでしょうから」
「先に見つけてやらないと……」
「それはこちらも同じことでやすよね」
「はい、何が何でも。それに、根が深ければ……」
「根が深いって、それはどういうことでやすか」
「うーん、よくは解りませんが、普通ならこんなに深追いはしないでしょうから」
「江戸をふければ、まぁ大概はそれで済みやすねぇ、それを善光寺平まで追いかけてとなると、余程のことがある。奉行所の十両といい、解んねぇことばかりだぜ」
「一体何を見たというのだ、源治という男は……」と、不安に駆られるかのように文蔵が呟くのであった。
「兎に角、奴らより先に源治を見つけねぇと……、宜しくお願ぇ致しやす」
「はい、今はそれが一番だと……」
 が、源治の家が善光寺平とは限らない、あちこちと手を尽くしては見るが、焦れば焦るほど時間の無駄のようにも思われてくるのであった。
「文蔵親分、こうなったら奥の手、宍倉様にお願いしてみましょうか」
「宍倉様に、ですか」と、要の真意が解らぬとみえ、文蔵が訝る。
「はい、問屋の帳簿を見せて貰えば、江戸からの物に何か手掛かりがあるかもしれません」
「手紙か為替ということですか」
「はい、心根の優しい男が親兄弟を残して江戸へ出稼ぎに行っていたのです、盆か暮れには……」
「仕送りがされている」
「はい。筆頭同心の宍倉様なら問屋さんも断れないし、人一人の命が掛かっているのですから」

 果たして源治は、善光寺の西、妻科の百姓家に為替を送っていた。
 宍倉の計らいで十人近い人数を加勢に貰い、付けてきた者達を牽制しながら源治に会うことが出来た。
 人殺しの現場を見た、それに気づいた連中が自分を追う、自分もあのように殺されるかもしれないという恐怖感から江戸を逃げ出したが、追っ手はこないかと不安な源治は、地元の役人が来たことに安堵したようで、素直に調べに応じた。
 源治は家族にも何も言わなかったらしく、皆一様に何事かと驚いていた。
 あの夜見たことは役人にバレた、もうこうなっては源治はお払い箱だろう。が、ややこしいことに、源治の話では、四人の侍が伝馬船から降り、加古と何やら言い争っていたが、その中の立派な身なりの侍がいきなり刀を抜いて三人を斬ると、懐を探り何かを取り出し確かめていたという。立ち去った後、恐る恐る近づくと、見事な牛の根付の着いた立派な印籠が落ちていて、拾い上げた時に足音が聞こえ、慌てて逃げ出したのだという。
「これですが」と源治が、象牙細工であろうか、蹲った牛のそれらしい根付を家の奥から持ち出してきたが、印籠は無かった。
「何が何でもその印籠を取り返したいのだな奴らは。それで、印籠はどうしたのだ」と宍倉が問うと、源治の顔色が蒼ざめ、体が震え出した。
「ははぁん、印籠の家紋だな」と問う宍倉に、恐怖をありありと浮かべた源治がやっとの思いで頷く。
「葵の御紋ですか」と、要が吐息のように言った。
 要のその言葉に、その場の誰もが口を閉ざし、しばらく微妙な沈黙が続いた。
 出稼ぎの百姓が知るであろう家紋、それは、身近に見る者の家紋か、三つ葉葵くらいであろう。これほどに怯えるということは、勿論後者なのだ。
「してその印籠は何処にあるのだ」と、宍倉がやり切れぬものを振り払おうとするかのように口を開いた。
 それは当然のことであろう、誰しもそんなものが絡む悪行に関わりたくはない、まして関わり無き藩の役人であれば尚更のこと……。
「逃げる途中、浜町の灯台近くの石塔の脇に穴を掘って隠しました」
「そいつは利口だったな、そんなものを持ち歩いたり他人に見せたりして見ろ、何があろうと言い訳無用だぞ」
「おら、字が読めねぇからなんて書いてあるかは知らねぇが、朱い判の押された書付がその中にございました」と、更に核心に触れてきた。
「葵の御紋かよぉ、その書き付けはいったい何なんだ。奉行所が十両なんておかしいと思ったで」と文蔵が吐き捨てるように言うと、
「それもそうでやすが、奉行所と奴ら、この事件にどういう風に絡んでいるんでやしょうか」と、嘉平も疑問を投げかける。
「それぞれの異なる思惑が交差しているのであろうな」と宍倉が、背負わされた重いものの苦渋を吐くかのように言葉を吐き捨てた。
「と言いやすと、同じ目的で源治を追っているのではないということですか」と文蔵が訊けば、
「奉行所は表向き抜け荷、奴等は自己保身かな」と、宍倉はご機嫌斜め、ややこしいものを持ち込んでくれたなぁといわんばかりに、また吐き捨てるように言う。
「奉行所は表向きって……」
「ああ、表向きってことは、その裏があるってことだよ」
「ははは、それはそうですが……」
 取り付く島もない宍倉の言葉に文蔵の言葉も萎んでゆく。
「奉行所はこの事件に最初から深く関わっていたか、成り行きを見ていたということだよ。葵の御紋が抜け荷や人殺しの張本人だと世間に知れて見ろ、どうなる」
 やっと吹っ切れてきたか、覚悟を決めたか、宍倉の言葉がしっかりとしてきた。
「自己保身はどうなんでやすか」
 いつもに戻った宍倉にホッとしたのであろう、文蔵が続けざまに問う。
「金欲しさの単なる抜け荷であれば、まぁ事は容易い。葵の御紋が関わっていることを端から知っていて内偵を進めていたら、そこで何かもっと重大なことに行き当たった。その何かを企んだ連中は、抜け荷で得た金を使ってその重大なことを企んでいる。その企みが何であるかを証明する印籠の中の書付を外部の人の手に渡すことは致命傷になる」
「……」
 文蔵も嘉平も、共に黙り込む。
 それはそうであろう、これは正に葵の御紋、幕府に関わることだ、下々の自分たちには関わりは無いといえたし、積極的に関わることもしたくは無いのであろう。
「権力抗争とあれば尚更……」と、要も哀しそうに言うのであった。
「下手をすれば天下が大揺れだ、早いとこ手を引かないと、俺たちもヤバいぞ」
「済みません」と、いきなり嘉平が土下座をした。
「知っていたのですか」と要が問うと、
「いえ、何にも知りやせんでした。が、黒幕は大きな商人だろう、まぁそれに群がるのは大身の武家ぐらいとは想像致しておりやしたが、まさか……」
 口にするのも怖いのか、それとも悍ましいのか、嘉平の顔も蒼ざめていた。が、その目の奥には、はっきりと怒りの炎が見て取れた。
 この男、行動を共にする内に、正義感の強い男だと要は信頼を置くようになってきていたが、どうやらそれは当たっていたようである。
「いや、まだ葵の御紋のお方が本当に関わっているというには確証が乏しいのではと思われますが」と、要が言えば、
「そうだな、奉行所がその印籠のことを承知で動いているとすれば、何か思惑があるのだろう。が、こうなれば、覚悟してかからざるを得ない、そうだな嘉平親分」
「へい」と、宍倉の引き締まった顔に、嘉平が心を決めたかのように応えた。がそれは、手を引くというものでないことは確かであった。
「源治、悪いがこの根付も印籠も始めから無かったことにしてくれ、根付は嘉平親分が江戸へ持ち帰る。お前は殺しの現場を見ただけ、この件はそれで終わりだ。それでいいな」
「はい」と、源治の顔にやっと安堵の色が差す。
「奴らが善光寺平から引き揚げ安全を確かめるまで、お前はしばらく番屋の牢に入ってもらう、それしか身の安全は確保できぬ、いいな」
「その後は……」と、源治が恐る恐る宍倉に訊く。
「ははは、心配はいらぬ、俺達は奴らからお前を守れればそれでいい、江戸の筋からは書状も何も来てはおらぬし、罪など問われはせぬよ。嘉平親分が奴らを引き連れて江戸へ戻れば、お前はただの百姓に戻れるよ。奴らにとってそれ以上は無駄なこと。そうだな、嘉平親分」
「へい、ごもっともでございやす」
「文蔵、こいつを如何にも葵の御紋の印籠だと大仰に包め、そしてそいつを大事そうに胸に抱え番所まで戻る。後日、滝村殿が江戸まで嘉平親分と共にお届けになる」
「滝村様がですか」
「そうだ、滝村殿がだ」
「ありがてぇ、これで生きて江戸の地が踏めるという訳だ。滝村様、どうか宜しくお願ぇ致しやす。宍倉様、文蔵さん、ありがとうございやす」
 嘉平の顔に、ホッとしたのであろう笑みが浮かんだ。
「はい、乗りかけた船、こちらこそ宜しくお願い致しますよ、嘉平親分」と、宍倉から何かを聴いたわけでもない要が笑って引き受けるのであった。
「ですが……」と、戸惑っているのは嘉平であった。
「礼金のことですか」と要が察する。
「へい、源治を探すだけということで、あの一両しか……」
「一両かぁ、江戸までの行き帰り、その路銀くらいにしかならないよなぁ」と、この仕事を持ち込んだ文蔵が困り顔である。
「出立は明後日にしてくれ、嘉平親分」と、ぶっきらぼうに宍倉が言った。何か思案があるのであろうか。が、確約は出来ないのであろう。

「ふーん、そんな不可解な件で江戸まで行かれるのですか。何となく心配ですね、香澄には」
 詳しくは話さなかったが、どうやら無頓着な香澄にも不可解な依頼のようであった。いや、無頓着というのは、こういうことに対してであり、決して日常のことではないと、香澄の名誉を守るために一応申し上げておきます。
「嘉平親分はとても好い人ですよ、そんなお方が殺されるかもしれない危難を見捨てるなんぞは出来ません」
 一両という謝礼に気がひけるのか、要が香澄に言い訳がましいことを言う。
「そうですよね、香澄はそんな要様が大好きです、無事のお戻りをお待致しております」
「ありがとう」
 とまぁ香澄は賢婦である、要が心配することは無いのであるが、まぁ曲がりなりにも一家の大黒柱である、言い訳の一つも出はしよう。

 翌日、要が家で旅の準備をしていると、宍倉が庭に現れた。
「お母ぁさま、宍倉様ですよ」と、当の要に知らせるでもなく、香澄が大声で母に知らせる。
 宍倉は、要の母にお茶を淹れて貰い、ちょっとした世間話をするのがとても嬉しいらしく、時折現れては茶話をしてゆくのであったが、宍倉は幼くして母を亡くし、独り身を通した父に育てられたせいか、どうやら要の母にその面影を追っているらしかった。
「勘定方が雑費ということで渋々出してくれたよ、少なくて済まぬが、これで何とかしてくれ」と宍倉は一両の包を要の前に差し出した。
「ありがとうございます、助かります」
 葵の御紋がとは何があろうと口には出せぬ、違いなく関りなき事件であろう、この一両を勘定方から引き出すのは中々の至難、それを思えば要もちょっと心苦しい。が、長引けば二両でも足るまい、大助かりである。
 要の性分からして、仕方ないというのではない、例え身銭を切ろうともここで半端なまま引き下がるということは有り得なかった。増して嘉平の命が掛かっているのだ。

 後を付けてきた者達が動いたのは、人の往来の途切れた碓氷峠の下りであった。
 五人もの浪人が現れ、いきなり二人を襲った。
 が、要の腕を侮ったか、峯撃ちに叩き伏せられた五人は、気を失う者、蹲る者、逃げ出す者と、這這の体で崩れ去った。
 唖然としている嘉平に、
「歩きながらそれとなく窺ってください、かなり後方にあの三人、その更に後ろに頭らしい男ともう二人、歴とした侍が付いてきています、歩き方からしてどうやら本気になって来たようですね」
「本気にですか、歩き方で解かるんでやすか」
 浪人たちの攻撃が効を奏しそうだと判断すれば、そのままなだれ込んで要たちを襲うつもりで後を付けていたのだ、刀に頼る武士であれば当然その腰に力が入り、歩き方にも気が漲る。
「奉行所に絶対これを渡したくはない、江戸まで行きつかないうちに殺られるかもしれませんね、今の浪人たちは俄かの雇われ者、小手調べでしょうね。それに、余り表立っては動きたくないのかもしれませんよ」
「やはり根が深ぇんだよなぁ、こうなりゃぁあっし独りで逃げやす、滝村様は関係ねぇ、手をお引きになられて、ここから善光寺平へ戻ってくださいやし」
「好いですねぇ、私がお守りするのはこの背中の醜い物ではなく、嘉平親分だということの決心はしていましたが、仕舞まで宜しくお願い致します」
「ははは、ありがてぇ、あっしが強がってみたところで何ともならねぇのは承知してやす。が、滝村様に廻り遭えて、嘉平、命拾い致しやした」
「いえいえ、相手が相手のようですから、まだ命拾いしたかどうかは……」
「余り脅しっこなしですよ、滝村様。ははは……」
 何とも情けなく笑う嘉平には、彼らがそれなりの者達だとはまだ見抜けないようであったが、そろそろ正体を現し始めたその不気味な気配に、気を引き締めてはいるようであった。
「気を付けていくと致しましょうか」
「合点承知」と微笑んだ嘉平が、小さな袋を懐に戻した。
「礫をやられるのですか」
「ははは、お恥ずかしい」
「いえいえ、二人が顔を抑えて怯んでいましたから、あれっと思ったのですが、助かりました」
「子供の頃から目明しになりたくて、剣術の道場にも通ってみたんですが、ははは、哀しいことに才能が無いと笑われやして、まぁ剣術は護身程度。ところが、その道場に剣術修行の旅の途中だという凄腕の御方が長逗留しておりやして、ある日廊下の拭き掃除を致しておりやしたら、パシッ、パシッと何かが当たるような音が聞こえやして、不思議に思い道場の脇に回り込むと、その御方が礫の稽古。いやぁ上手なもので、百発百中、思わず、すげぇって声を漏らしちまいやしたが、笑いながらやってみるかと誘われまして、ひと月も教わりましたか。そのお方が道場を後にするとき、剣の腕はなぁと首を傾げ乍ら、礫をやれ、筋は好過ぎるほどに好いって褒められやして。ははは、虚仮の一念、恥ずかしながら、今ではまぁ何とか様になるようになりやした。仲間内では『礫の嘉平』なんて冷やかされておりやす」
「ははは、得手不得手は誰にでもありますよ、見事なものでしたよ、礫の嘉平親分」
「ははは」 

 それからもずっと後を付けてきてはいたが、数日後の夕暮れ時、いつの間にかもう板橋宿、今日はここで泊まり、明日は江戸かと一安心していたが、
「このまま急ぎやしょう、北町の番所まで、急げば一刻もかかりませんから」と、嘉平はそのまま先を急いだ。
 一刻も無いのか、それならと要も共に足を速める。
 が、白山の坂を下り終えかけた時、暗がりから湧き出るかのようにかなりの人数が行く手を塞ぎ、あっという間に二人を包み込んだ。
「十人以上いやすよ、滝村様」と嘉平が呆れたように言う。
「うーん、先に人を走らせ、江戸に入る前に人数を揃えたのでしょう、かなりの手練れを揃えてきたようですよ、楽しい道行も遂に御仕舞、万事窮すですかねぇ」
「何をそんなのんびりしたことを言ってんでやすか、まったく」
「ははは、ですが、私は往生際のあまり良くない人間ですから、やるだけのことはやりますよ、嘉平親分」
「申し訳ねぇ」
「またそんな他人行儀なことを、三途の川を手に手を取って共に渡りますか、親分」
「三途の川でやすか、あっしで申し訳ねぇが、滝村様がそう仰ってくださるのならなら合点承知だ。くそぉ、ただじゃぁ死なねぇぞ、こん畜生」
 じりじりと二人を取り囲む輪が狭められてゆく。
「後に続いてください、坂下に向かって斬り込みながら逃げますよ、親分」
「合点承知、こちとら逃げるのはお得意と来てらぁね」と強がる嘉平の手には、しっかりと礫の袋が握り締められていた。
「ははははは、三十六計逃げるに如かず。じゃぁ行きますよ」と言い、峯を返した要を睨みつけながら、頭らしき男が前に出、
「この場に及んでも峯を返すか。が、滝村とやら、残念ながら逃がすわけにはゆかぬ」と、ニヤリと暗闇にその白い歯を覗かせた。
 要を知っている。既に素性は調べてあるのだ。
「……」
「よしっ、行くぞっ」と、頭の合図に十余人に及ぶ者達が一斉に動いて、素早く縦一列数人単位の陣形を組んだ。
 取り囲んだ要達二人を扇の要に、その骨のように列を組んで並ぶと、そのまま三重の人垣を作って波状攻撃に来ようというのであろうか、水も漏らさぬ陣形である、とても二人では防ぎきれまい。それに、一点突破の逃げ口も見事に封じられてしまった。
 その時、「うわっ」と輪の外で動きが起こり、陣形の一角が乱れた。
 その乱れの向こうから要を呼ぶ声が聞こえた。
「滝村殿かっ、無事かっ」
「曽根様っ」
「御助勢仕る」
「有り難き幸せ」
「寺社方同心、曽根玄之丞、多勢に無勢とは赦せぬ、義によって助太刀仕る。儂は、多勢に対し峯を返すなんぞという器用なことは出来ぬ故、それを承知で来られたい」
 曽根のその言葉は、明らかにこの者達の正体を知っているのだ、でなければ寺社方を名乗りはしまい。
 突然の助勢と寺社方という名乗りに、明らかに乱れた陣形の間隙を突くように、要は素早く動いた。
 列の先頭の者が形勢不利と見るや、その後ろに控えた者が前に押し出してくる。
 が、要も曽根も、確実に一人二人と叩き伏せてゆく。その対する相手に、後方から嘉平の礫が違わず顔を目掛け浴びせられ、覿面の効果を表し要と曽根の動きを助ける。
 曽根はと見れば、これもまた見事な太刀捌き、深手を負わせぬよう相手の膝や肘の筋を捉えながら、まるで剣舞の如く摺り足で小さく素早く動いている。
「無外流か」と、心の中で要は呟いた。
「浪人の格好はしているが、こ奴らは黒鍬者だよ」と、曽根が要に伝える。
「えっ、御庭番ということですか」
「そういうことだ、おっ、誰かと思えば、浜町の嘉平親分ではないか、ならば、ここは先ず北町奉行所に逃げ込んだ方が得策だな」
「合点、滝村様、こちらでやす」
「ところでで親分、なんで滝村殿と一緒なのだ」
「ははは、曽根様、詳しい事の次第は後程」
 こんな場面で何をと、曽根の問いかけに嘉平が苦笑いである。
「それもそうだな、心得た」
 どうやら二人、顔見知りのようである。
 逃げようと走り出した三人に、五、六人と残り少なくなった者達が、そうはさせじと追い縋る。
 が、やがて北町奉行所の塀に差し掛かると、闇に消えた。
 走り寄り門を激しく叩く嘉平に気づいた門番が慌てて潜り戸を開け、三人は転がり込むように門内になだれ込んだ。
「助かったぁ」と、嘉平がその場に座り込んでいる。
「ありがとうございました」と、曽根に要が低頭する。
「あの近くの寺に用があって遅くなったのだが、暗がりに何だか人の群れが蠢いていてだな、剣撃の音まで聞こえる。何が起こったのかと駆け付け、よぉく見れば見覚えのある顔、何と滝村殿ではないか、これは一大事と」
「ははは、本当に一大事、あの手練れ、あの人数に囲まれてはとても捌ききれませぬ、危うく命を失うところでした」
「寺社方にはこれ以上は深入り無用でしょう、拙者はこれで」
「ありがとうございました、善光寺平に帰る前に、本所の菖蒲へお伺い致します」
「それは嬉しい、また旨い酒が飲めそうですなぁ」
 曽根は奉行所の者に会いもせずそのまま帰っていった。
 
 その夜の内にさり気なく印籠は掘り起こされ、さり気なく奉行所に持ち込まれた。
「ほうっ、会津塗ですな。これは違いなく会津藩の御紋のようですし」と、筆頭与力の内藤と名乗った侍が、武鑑を片手に言う。
「会津藩ですか」
 三つ葉葵の御紋といっても、将軍家から御三家、各地の松平家と、それぞれ様々、微妙に文様なども異なる。
「では某はこれで」と、要が暇しようとすると、
「もう泊まるところもござらぬ故、今夜はここにお留まりくだされ。嘉平もまだ出歩いては危ないやも知れぬ、滝村殿と共に留まれ。明日になれば奉行もお戻りになられる」と、客間であろう部屋に通され、膳には酒も添えられていた。
「ははは、奉行所に泊まるなんざぁ初めてでございやすよ、それも酒付と来てらぁ」
「何事も経験ですから、好いんじゃないですか」
「ははは、でも、滝村様が一緒の部屋にてと申されました時の、内藤様のお顔は見物でしたねぇ」
「ああいうお方は概して固いのでしょうから」
「遠山様は二度ほどお顔を拝見致しやしたが、砕けた御方のようでやすのにねぇ」
「それで釣り合いが取れるってこともございますから」
「何だかこういうところで呑む酒は、下り酒の上物なんて言ってやしたが、あまり旨くありやせんねぇ。けりが着いたら、馴染みの店で飲み直し致しやしょう、お付き合い願えますか」
「勿論です、こちらからお願い致しますよ、親分」
「そうこなくっちゃいけねぇや、うん。ところで曽根様とはどういう経緯で」
「ははは、以前に江戸での仕事が御座いまして、その時に泊まった宿の女将の親戚とかで、気が合いまして、色々と世話になり、共に飲み明かしました」
「菖蒲ですね、好いねぇ酒飲みは、一晩酌み交わせばもう積年の朋でやすから」
「嘉平親分とも、もう幾度酌み交わしましたか、違いなく朋友ですよね」
「ありがてぇ、そのお言葉、嘉平、この胸に決して忘れず大事にしまっておきやす」
「私も同じ思いですよ」
 とまぁ、ここから先は奉行所か大目付の出番であろう、これで一応の仕事は終わりかと思っていたのであったが、事は想わぬ展開を見せてゆくのであった。

「いろいろと世話になったのう、滝村殿」と、北町奉行遠山は、近しみを籠め礼を言うのであった。
「いえ、某は頼まれた仕事に従ったまで、御奉行様に礼を言われるほどの大したことは致しておりませぬ」
「ははははは、この度のこと、会津藩の大物が絡んでおってな、幕閣にも金を積まれた後ろ盾が潜んでおるらしく、奉行所も大目付も表立っては動けぬこと故、如何したものかと困惑いたしておったのじゃよ。また、嘉平を独りで遣わしたこと、危険過ぎはしないかと案じておったのであるが、滝村殿のお陰で事は上首尾に終わった、この遠山、心から御礼申し上げる次第じゃ」
「畏れ入ります」
 踏み込んでは来ぬ要に好感を抱いたか、それらしく匂わしながら、まぁこれで納得してはくれぬかといった風情ではあるが、何かを切り出す機会を窺っているようである。。
 要にとっては、嘉平の命を守れたことで納得はいっていたし、詳らかにその事どもを聴いたとしても、それは所詮別世界のことであろう。が、遠山は矛先を向けてきた。
「ところで滝村殿、早々に善光寺平にお戻りになられるのかな」
「はい、曽根様との約束が済み次第」
「ははははは、奴は大の酒好きとか聞く、それは、一晩飲み明かそうということかな」
「御意」
「いいのう、男の付き合い、儂らではそうはいかぬ、羨ましきことよ」
「畏れ入ります」
「ところで滝村殿、曲げてこの遠山の願いを聞き届けては貰えぬか」
「……」
「会津容敬様は今、国におられる」
「あれを某に会津まで届けろと」
「流石じゃのう」
「お断りは出来ませぬか」
「やはりのう、断られるとは思うていた。が、儂も気づかなかったが、黒鍬衆が動いておることはもう御承知の通り、彼らを操れる者はご存知御上であるが、御側衆の中に不届き者が居てのう、どうやら会津藩の大物とつまらぬことを画策しておるらしい」
「……」
 そんな諸々のことなんぞ、要にとっては下らぬこと、首を突っ込む気は毛頭ありはしなかった。
「容敬様は遠戚筋からの養子じゃ、下らぬ思いを抱く者がおるようじゃがのう、権力争いというものは醜いもの、関わる下の者達のことなんぞは斟酌もせぬ。藩内の者同士で陰湿な諍いになれば、幾人ものそういった人々の命が掛かってくる。容敬様は三歳で藩主となられた先代の影武者のような存在であられたが、それが故に血の繋がりも薄き者がと疎まれてきたであろうことは確か、それ故、人の心の痛みを誰よりも知る御方じゃよ」
「救えましょうかその命、某に」
「分からぬ、分からぬが、儂には滝村殿を置いて頼む者がおらぬ。また、これほど頼み甲斐があるお方は他には居らぬとも信じる。事は秘密裏に運ばねばならぬし、ご法度に触れることに、まさか幕府の役人を差し向ける訳にも参らぬ、滝村殿の人形は嘉平に訊いた、あの男の人を見る目は儂よりも上じゃ」
「……」
「抜け荷の上の諍いにまさか葵の御紋が関わりあろうとはのう、あの印籠が我が手に落ちたのが幸い、容敬様は賢い御方じゃ、印籠の中身を確かめれば、大事にはせず、内々に全てを収めてくれるであろう。このことはのう、大目付が関われば、会津藩士だけではなく、幾人かの首が飛ぶし、腹を切る者も出よう。黒鍬衆を使えぬとあっては、それを防げるのは、何の関わりも持たぬ滝村殿しかいないのじゃよ」
 大目付には言上せず、自分の胸に仕舞いこみ、全てを終わらせるつもりでいるのであろうか、当然のこと、まさかの時は自らの命に代えるつもりなのだ。
「ただこの印籠をお届けすれば、それで宜しいのですね」
「引き受けてくれるのか」と、遠山が哀しい顔で言った。
 それは、とりもなおさず、己の覚悟と要の覚悟が重なり合うことを確信したからに違いなかった。
「多くの人の命には代えられませぬ。恐らく、その方達にも家族という者がおりましょうから」
「済まぬ」
「いえ」
「訊かぬのか」
「某に印籠の中のことどもは関係なかろうかと」
「それよりも、己には関わりのなき人の命の方が大事と言われるのか」
「……」
「羨ましいのう、儂にもそんな生き方がしたいと思うたときもあった」
「……」
「黒鍬衆に対するにはそれなりの加勢を付けたい、が、儂の傍にはそう腕の立つものは居らぬ、却って足手纏いになろう、赦してくれ」
「いえ、案ずるには及びませぬ」
 今の要にその策があるというのではなかったが、命がけだけに、他人を巻き込みたくはなかった。
「これが内々に託された容敬様からの報奨金の十両、そして、儂の懐から出した今回の費用も含めた十両じゃ。足りぬということは無いのであろうが、事の重大さを鑑みれば、余りにも些少であろうと儂は思う。が、これが今の儂にできる目いっぱいなのじゃ、赦せ」と、遠山はちらりと奉行所の内証を覗かせた。
「何を仰せられます、義には義でお応えするのもまた人の道、全力を尽くしまする」 
「嬉しいのう、滝村殿」
 立場は違うが、互い命がけ、覚悟の心は通い合う、要はそれだけで満ち足りていた。

「ははははは、それでは要殿としては断れぬのう」と、曽根は愉快そうに笑ったが、
「しかし難儀なことじゃのう、あの陣形、それに身の熟し、流石御庭番、この太平の世にも拘らず戦い方を鍛錬し心得ておる。相手は黒鍬の面目を掛け、全力で要殿を抹殺にくるぞ」
「はい、一昨日のことは身に沁みております」
「俺が行けたら着いてゆくのだがのう」
 心に懸かる愁いはあったが、好い酒であった。
 翌朝、要は意を決して伊勢屋を訪れた。
 突然の要の訪問を喜びながらも、無理難題ともいえよう願いを、本人の承諾が得られればと言いつつ、伊勢屋は引き受けてくれるのであった。
 
 斯くして、思わぬ二人旅が始まった。
 命を懸けた旅の伽を二つ返事で受けてくれたのは、勿論、伊勢屋の戸隠参りで共に旅し、今は店の常雇いになったというあの時の居合の達人、福本清三郎である。
 幸手宿の宿で寛ぎながら、
「会津まで七日から十日かな、嬉しいのう、要殿とまた旅をし、こうして飲めるとはのう、ははははは」と、福本は楽しげに笑うのであったが、命がけのこの旅の困難さは潰さに伝えてある。要の頼みに命を捨てる覚悟はできているのだ。
 黒鍬衆を向こうに回しての困難な使命、何のかかわりもない福本を巻き込むこと、要としては心苦しかったのであるが、福本は、
「よくこの儂を思い出してくれた、この命、要殿にお預け致す」と、微笑みを浮かべて言うのであった。
 黒鍬衆が襲ってくるとすれば会津領に入る前か、宇都宮迄は何事も無く来た。
「まさか東照神君の眠る足元で、御庭番が刃傷沙汰は無いだろう」と福本が笑う。
 今市宿から会津西街道、険しい山道が始まる前にひと休みと、鬼怒川の温泉に浸かりながら、「明日だろうな」と、福本が呟いた。
 この先藤原宿を過ぎれば幾つかの集落は在るが、会津西街道は山王峠の麓まで山の中、まぁ、何処で襲ってきても不思議はないし、このすぐ先はもう五十里、会津領である。
 藤原宿から高原越えの急峻な山道をゆく、行き交う旅人さえ稀な寂しい街道である。
 春の装いを始めた江戸から、ここはまだ木の芽さえ固く閉じ、間近に聳える日光の連山は深々と雪を抱き、冬の気配を色濃く残し、吹く風も冷たい。
「おいおい、本当にこの道を会津公の行列が通るのか」と福本が心配するほどに険しい山道である。いや、この道は、米沢藩始め、北国の大名の幾つかが、費用節約のため利用していた。それほどに参勤交代の経費は各藩に重い負担となっていたのであろうし、幕府の狙いにも適ってはいた。
 少し広い草地に掛かった時、「来るぞっ」と福本が声を抑えて要を片手で制した。
「ここでは拙い、囲まれるぞ」と、要の話しを思い出したのか、福本が素早く周りを見渡し、好場所を探しながら必死に走る。
 「要殿、あそこだっ」と、走りながら福本が指差したのは、原生林の中を割って流れる沢の岸辺、後方がその沢への崖になり背後の敵を気にしなくて済み、左は原生林の巨木が側面を壁にしてくれる、守りに易く、また多人数を頼む敵にとっては一斉攻撃がやり難い好場所であった。
「二十人は超して居るなぁ……。要殿、お主かなり痛めつけたとみえるな、こいつらそれに懲りて人数を増やしてきたのではないのか」と、福本が要を責めるかのように言いながら不敵にも微笑んでいる。が、相変わらず慌てる様子はない。
 福本の言うように、要は先日の襲撃を具さに話していた。
「御庭番ですからね、死ぬことを怖れるような者達ではありません。それに、陣形を立て組織的に攻撃してきますし、個々の力も侮れぬ連中です、十分に気を付けてください」と福本に重ねて助言する。
「心得た、先手必勝、ここを背にして戸隠の時のように暴れまくってくれ」
 福本の言葉が終わらぬうちに、要はもう動いていた。
 一人また一人と叩き伏せてゆくが、相手は決して深追いしては来ず、これといった攻撃もしてこない、明らかに二人の疲れるのを待っているのだ。
 がその時、それに気づいたのであろう福本が、居合の構えを解き予期せぬ動きに出た。
 無謀にも、最前列になる数人の黒鍬衆に飛び込むと、横ざまに走りながらその陣形を崩すように斬りかかる。左八相からと思えば次は右八相、そして八相と、普段自らの剣を老い耄れの待ちの剣だよなんぞというには似合わぬ素早さで、右と思えばすぐに左にと体を移しながらの攻撃である。
 乱れた陣形に要の二次攻撃が効を上げる。が、多勢に無勢、次第にじりじりと囲む輪を狭められ、崖際に追い詰められてゆく。
 肩で息を継ぎながら、
「要殿、儂が突破口を作る、お主だけでも逃げてくれ」と福本が言う。
「何を申されるのですか、この件に福本殿を巻き込んだのは私です、逃げて戴きたいのは福本殿、貴方にです」
「馬鹿を言うな、要殿には母者も嫁御も居られるではないか、愛する者を哀しませてはいかん、逃げろ、いいな、決して諦めるなよ、逃げて逃げて逃げまくれ」
「いえ、要は逃げませぬ、朋と信じたお方を置き去りにして逃げるなんぞということは出来ませぬ」
「分からぬ男だのう、こんな先の短い老い耄れのことは気にするな、逃げろ、逃げて善光寺平に帰るのだ、産まれたところさえ知らぬ儂とは違う、要殿には帰る故郷があるのだよ、愛する者の待つ故郷があるのだよ、必ずや生きてそこへ帰らなければならぬのだよ、死んではならぬのだよ」と、涙ながらに言うではないか。
 何という男だ、が要の心が変わることはなかった、ただ黙して涙した。
「ははは、伊勢屋殿のお陰で、朋と呼べるに相応しい男にやっと廻り遭えたようだな、よしっ、こうなれば一点突破、この原生林を利用して走り下るぞ。儂のことは気にせずに自分を守れ、離れ離れになったら田島で会おうぞ」
「心得ました」
 正に突撃しようとしたその瞬間、
「要殿ぉっ」「滝村様ぁ」と、大声が森に木霊し、黒鍬衆の背後の一角が騒めく様に崩れた。
 何と、白刃を煌かせて斬り込んできたのは、あの曽根ではないか。そしてその後に「御無事ですかぁ」と嘉平が続く。
「曽根殿っ、嘉平親分っ」
「間に合ったぞっ、要殿、挨拶は後だっ」と、黒鍬衆の人垣の向こうから、ホッとした曽根の声が聞こえ、「うおっー」と雄たけびを挙げ、乱れた黒鍬衆の陣形を背後から更に襲い崩し、嘉平の礫が違わず黒鍬衆の顔面を襲い援護する。
「ははははは、天は吾を助けたもうたっ」と福本が叫びながら斬り込んでゆくと、要も横に展開し、四人での逆襲に出た。
 想いもせぬ突然の助勢、それも挟み撃ちだ、こうなっては黒鍬衆も統率を失い陣形はバラバラと崩れ去ってゆき、勢いづいた三人の一撃に、一人また一人と倒されてゆく。
 闘い終わって、辺りには気絶した者、蹲る者、が、流石に御庭番、逃げ出した者は一人とていないようであった。

「いやぁ、福本殿という凄腕の御方が助勢に加わったと嘉平親分から聞いたのだが、何せ相手が黒鍬衆だろ、折角廻り遭うことが出来た好き酒飲みの朋が減るのは寂しいでのう、何とも落ち着かぬ、夜も眠れぬ。間に合わぬかもとは思うたが、急ぎ願いを出して、俺も行くとごねる嘉平親分と共に一日遅れで追いかけてみたのよ」
「ありがとうございます」
「間に合ってよかった、ここまで来る間もずっと気を配ってはいたが、辺りに余人の気配は感じられなかった故、追ってくる黒鍬衆は恐らくこいつらが最後だろうな。戦いに長けた奴らであれば、この山中を決戦の場所と定めていたのであろう、死をも恐れぬこ奴らを相手によくぞ持ち堪えたなぁ、本当に間に合ってよかったぞ。奴らもあれではそう早くは立て直せまい、若松へ急げば次の攻撃は無理だ。でも気を付けて行かれるのだぞ」と、もう帰る素振りである。
「えっ、もう江戸へお戻りになられるのですか」
「ははは、いくら寺社方が暇とはいえ、急な届け出の上に、そう何日もは明けられぬでのう、申し訳ないが急ぎ戻らねばならぬ」
「あっしも奉行所に黙って参りやしたので、これで失礼致しやす」
「何と感謝してよいものか、言葉もございません」
「気にするな、また会える時もあろうて。福本殿、江戸へお戻りになられたら、本所の宿屋『菖蒲』へ某をお訪ね下され、嘉平親分も交えて飲み明かそうではござりませぬか」
「楽しみにしております、もうこれで最期、死ぬかも知れぬなと思うておりましたが、正に天の助け、まことに有難うござった」
「では」「それでは」
 余りにもあっさりと去り逝く曽根と嘉平に、二人は少し唖然としながらも、その後ろ姿にいつまでも低頭し続けるのであった。
「持つべきものは朋よのう。曽根殿も嘉平親分も、要殿の人柄に惚れ込んでいるのだよ」
「そんなことも無いのでしょうが、この未熟者を助けるために、わざわざ江戸からここまで急ぎ駆けつけてくださるとは、滝村要、この恩義生涯忘れは致しませぬ」
「好いなぁ、今夜もまた酒が旨いぞ」

 二人は曽根の助言を受け先を急ぐ。山王峠を越え、田島、大内と過ぎ、やがて残雪の磐梯山を背にした会津若松の平野と町並みが行く手に大きく広がってくる。
 若松の城の門前に立つと、丁重に中へ招じ入れられ、松平容敬への目通りもすぐに叶った。
 大方の事の次第は解っているようであった。
 一応の拝謁の礼を終え、遠山からの密書を渡し、要が印籠の包に手を掛けると、容敬は「部屋を変えようぞ」と、二人を庭の眺められる部屋へ誘った。
 三人だけになった部屋で、要が幾重にも包んだ印籠と根付を差し出す。
 容敬はその包を開け、更に印籠の中に納められた書付を見た。
 二枚あるらしく、見終わると、
「福本殿、それに滝村殿、この印籠の書付をご覧になられたのか」と、静かに訊いた。
「いえ、気になるのなら見ても構わぬだろうと遠山様は仰せられておりましたが、某どもには恐らくただの紙切れ、見ようとも見たいとも思いませぬゆえ」
「なるほどの、遠山殿はお主たちに全幅の信頼を抱きこれを託したということか。おおよその見当はついておられようが、今回のこと、まぁ有体に言えば、跡目争いの成れの果て、私欲とその資金欲しさに出入りの商人と結託をして事を勧めたのであろうな。ご存知であろうが、我が藩の物資のほとんどは領内の津川湊からこの阿賀川を下り新潟湊へ運ばれ、西廻船で大坂や江戸へと向かう。その廻船問屋と謀を廻らしたようでの、調べさせた帳簿にも怪しき点が数々あった……」
「……」
「この連判状と、廻船問屋浪速屋との約定書が引導を渡すことになろう、御本人には山奥に隠居して戴く。他は極々穏便に済ますつもりじゃ。が、その禍もこの容敬が至らぬゆえに招いたこと、儂さえしっかりしておればと悔やまれてならぬ」
「……」
 容敬の勧める酒を戴きながら余人を排して心根の端々を語り合う。一国の主と浪人ふたり、胸襟を開き語り合う人としての交わりに垣根はなかった。
「色々と苦労迷惑をお掛け致したの、そち達と話していると、今回のこと、金で贖うものではないような気も致すが、これは些少ではあるが、儂から、いや、救うてもろうたこの会津藩の全ての民達からの心じゃ、受け取ってくれ」と、容敬は丁重に礼を尽くすのであった。
 
 案内された東山の別荘で好き湯に浸かり、心尽くしの宴を二人で囲みながら、
「この御恩、決して、決して忘れは致しませぬ」と、要は深く低頭し福本に礼を言うのであった。
「御恩なんぞと何を言うか、忘れてしまえ、今回のことは皆忘れてしまえ。いいな、男と男の約束だぞ」
 明らかに福本は、高原の山中で黒鍬衆に襲われたあの時のことに触れられるのを怖れているのだ。
「いえ、あの時はもう嬉しくて、直に死ぬかもしれぬという土壇場なのに、あの優しきお言葉、滝村要、本当に我を忘れて泣きだしてしまいました」
「福本清三郎、一生の不覚。これで死ぬのだと覚悟を決めた心の乱れが、ついついつまらぬことを口走ってしまった」
「死ぬと覚悟を決めたのであれば、心落ち着きましょうに」と、悪戯っぽく笑みを浮かべ要が酒を勧める。
「ええい、何を言うか、だからぁ、無かったことにし忘れてくれと、これほどに頼んでおるではないか」
 おんや、福本清三郎、今度は泣き落としか。
「はい、努めて」と、要は微笑み返し、温かくも大事なものをその胸に包み込む。
「努めてではなく、ちゃんと忘れてくれよ、いいな。それからこのことは誰にも内緒だぞ」
「ははははは」「ははは」
「所で要殿、まこと失礼とは思うが、こいつを引き受けてはもらえぬか」と、福本が容敬に戴いたあの金子であろう包を差し出した。
「私のものはここに」と、要は懐を敲いたが、
「生まれ落ちた時からの浪人暮らし、家族という者を知らぬ儂に、金なんぞは無用のもの、あの時に断ろうと思うたのだが、それも余りに無粋、気位も高き御方であれば、機嫌を損ねるのは目に見えているし、それは出来ぬと諦めた。思わぬ長旅になって、要殿の帰りを首を長くして待っているであろう善光寺平の母御と嫁御に、儂からの土産ということにして納めてはくれぬか」
「……」
「お怒りか」
「いえ、ですが、私もあまりお金は要りませぬゆえ……」
「まさか会津の民の心を溝に捨てる訳にもゆかぬ、何とかならぬか」
「うーん、そういえば、近く善光寺さんの御開帳が御座いますれば、この金の包、二つそっくり寄進することに致しますか」
「それはいい、が、儂の名は要らぬ、要殿の名にしておいてくれ」
「ははは、私も名は要りませぬ、その辺りは何とかなるのでは」
「ははは、ではお任せ致す。あーあ、やっと身も心も軽くなったわ」
「私は善光寺平に辿り着くまで重とうて困りますが」
「ははははは。あっそうだ、儂への御利益は、地獄ゆきにしてくれと善光寺様にお願いしておいてくれ」
「ははは、どうして地獄なのですか」
「天国は退屈だろう、ならば地獄へゆかしてもらおうかとな。三途の川の渡し賃、六文だけあればそれでいい」
「ははは、一応お願いはしておきます」
「うん、頼むぞ」
「伊勢屋殿に、この度のことお世話になりました、滝村要、必ずやこの御恩にいつか報いたく候とお伝えくださいますか。それに、伊勢屋殿にも路銀の分、お返しせねばと、この礼状に添え……」
「ははは、要殿は律儀だのう。よし、口止めされておるが、伊勢屋殿からは十両お預かりして、まだそっくり残っておる故、そうだなぁ、二両でどうかな。十両はこのまま確かに伊勢屋殿にお返し致し、儂の帰りの路銀と飲み代で二両戴く、それでよければ、それは引き受けた。しかしなぁ、浪人暮らし、無ければ困っていた金がお荷物になろうとはなぁ」
「ははははは」「ははははは」

 奥州街道へ出て江戸へ向かうと言う福本と別れ。要は新潟へ出、直江津から善光寺平に向かおうと思っていた。
 別れの朝、
「何だかまた会えそうな予感がするのだが」
「はい、必ずや」
「そして四人でな」
「はい」と、二人は言葉少なに挨拶を交わすと西と東に別れていくのであった。

「そうですか、縁は異なもの味なものですよね。皆様お元気で何よりでした」
 皆迄は話さない要の心を香澄はしっかりと受け止めてくれる、その心の広さのようなものが要は好きなのである。
「これ、どうしましょうか」
「どうしましょうかって、御寄進なされるのでしょ、善光寺さんへ」
「はい、ですが、名前は要らないって」
「要様も要らないのでしょ」
「はい」
「だったら賽銭箱にお願いしたらいいのではと、香澄は思いますよ」
「そうかぁ、賽銭箱かぁ。でも、百両も入れるには刻もかかるし、人目にも付くじゃないですか」
「要さん、子宝祈願にでも託けたらいいんじゃじゃないの」と、奥から母が口を挟む。
「えっ、子宝ですか。それはこの間の時、戸隠山でお願い致しましたよ」
「何度お願いしてもいいんじゃありませんか、その方がご利益もございますよ、きっと。やはりそろそろ欲しいですよねぇ、香澄さん」
「あっ、はい、欲しいです」
「それ御覧なさい。香澄さん、指切りですよ、指切り」
「では要様、縁側へ」
 あーあ、また香澄と母に上手く乗せられている、どこの誰が百両も寄進し子宝祈願をするというのだ、その方がよほど目立つではないか。
「はい……」と、元気なく、また仕方なく応え、香澄の前に小指を差し出す要であった。
「好い子が早く沢山授かりますように、善光寺さん宜しくお願い致します。はい、指切り拳万、要様」と、要の心、香澄知らずである。
「要様、真面目にちゃんとお願いしてくださいね」と、上の空の要に香澄の檄が飛ぶ。
「あっ、はい、真面目にですか……、それに、好い子が沢山ですか……。福本殿が聞いたら大笑いされるだろうなぁ……」

 今日も善光寺平の蒼い空に白い雲がぽっかり浮かび、春風に乗りゆっくりと東の空へ流れてゆく。まぁその内御子も授かるであろう、何せ、戸隠神社にお頼みしたその上に、また善光寺さんにお頼みしようというのでありますから。
 蒼い空を見上げる要の心の片隅に、曽根と嘉平と三人で呑めなかったかったことに、ちょっぴりの悔いが寂しさを伴い小さく渦巻いていた。が、福本清三郎の、忘れろと言ったあの優しい心を、要は決して忘れはしない。

     善光寺平生業控(五)江戸から来た男 終わり
          其の六へ続く
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