第2話 狙われたオーケストラ

文字数 1,590文字

C市交響楽団の練習場にて

「アサミさん トランペット入団希望の山田さんです」

「よっ よろしくお願います…」

紹介された男は、ドギマギと小さい声を出した。
アサミは、一瞬で男を値踏みする特技があり、9割方当たっていた。

(ぱっとしないわね。30歳後半 独身でちょっと要領の悪いシステムエンジニアってところ。あんまり上手だったら嫌だなぁ)

アマオケあるあるで、自分のパートに入ってくるのは、自分よりちょっとだけ下手な異性の奏者が望ましいのである。

「じゃあ 今日の練習の譜面1STでいいよね」

自分よりやや年下と判断したアサミはフレンドリーに声をかけた。
軽騎兵序曲の楽譜を渡された山田は無表情である。この曲は、トランペット2本によるファンファーレで始まる。
指揮棒が降り、山田とアサミの音が響いた。2フレーズ目で、アサミはわざと音を出さず、山田の音を裸にした。

(この音色は!)

アサミの脳裏には、ある奏者の事が目に浮かんだ。しかし、柔らかくいい音色だと感じたのは、その一瞬だけで、その後の山田の演奏は、可もなく不可もなしのアマオケ奏者のそれになっていた。

山田の後にも、不思議と新入団員が各パートに続々と計10人入団し、春の演奏会に向けて、練習が活気を帯びていった。
少子高齢化の波が、アマオケ界にも及ぶ中のプラス10人は、なにより喜ばしい事であった。

(でも なにか おかしい)

アサミは、山田他の新しく入団した団員達に違和感を感じていた。個性がないのである。どの奏者も、そこそこ練習についていっているようで、派手に音を外すことはないが、お下劣な演奏で目立つといった奏者はいなかった。しかし、彼ら彼女らは、年齢も、住んでいる地域も、バラバラで、以前からの知り合いという様子は見せなかった。

春の演奏会の日がやってきた。

「山田クン 初めての本番、がんばってね。打ち上げもヨロシク」
 
アサミは舞台袖の出待ちで、緊張の面持ちの山田に声をかけた。

「はあ…」

相変わらずの山田の消極的な反応に、アサミはすこしむっとした。

(もう! こんな、草食系男子 ラッパにはいらないワ。I先輩が懐かしいな)

I先輩とは、もう5年も前に、音楽の方向性を巡って団内で孤立しオケを退団した人で、(俺様ラッパ)と異名がつけられた我儘放題な態度をに対して音色はとろけるようなドルチェの名物団員なのであった。アサミは、いつも彼の音にときめいていた。

(軽騎兵の最初の音だけ、あの音に聞こえたのは、やっぱり気のせいね)

演奏会の曲目は、メインのべートーヴェン交響曲第7番の終楽章に突入した。

(なに これ?) 

舞踏の権化と評されるこの楽章に入ってオケの様子が明らかに変わった。 
10人の新入団員の音が、突然超一流のプロのそれに変わったのであった。10人の奏者が指揮者を置き去りに、どんどんテンポを加速させ、残りの団員も、歯を食いしばってついていき、ハイテンションで曲はクライマックス。
万雷のブラボーと拍手喝采を浴びながら、アサミは山田を見ると、彼は不思議そうな顔で、楽器を見つめていた。
アンコールは、かの有名なG線上のアリア。指揮者の棒が降りると、ここで決定的な異変が発生する。
かの10人の団員があろうことか 笑点 のテーマソングを演奏しだした。これには、聴衆も一瞬ざわついたが、最後の「パフっ」の音で、大うけし、拍手喝采のうちに演奏会はお開きになった。
アサミは、なんとも言えない混乱の中、聴衆の中にI先輩らしき姿を見つけた。彼は、一瞬にやりと、自分に微笑かけたかに見えたが、次の瞬間、人ごみに紛れていなくなっていた。
次の日、ネットニュースの片隅に「AI楽器がオーケストラを乗っ取り」という記事が掲載された。
そして、次の週 10人の奏者は霧のように消えて、オーケストラとアサミには、平穏な日々が戻った。

(よかった。でも、なんかつまんない…………)  

おしまい
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